第2-1話:【朗報】大陸統一規格を作りました。不便な魔導具はリサイクルに出しましょう。――旧勢力の妨害? ログはすべて取っていますわ。
第2話をお読みいただきありがとうございます! 今回のテーマは「標準化競争」です。魔法という神秘の世界に、ITインフラの概念を持ち込んだらどうなるのか? エリザベスの冷徹かつ合理的な論破をお楽しみください!
「――さて、お掃除の後は、整理整頓の時間ですわね」
ガザリアの騒乱が収束し、王都に静寂が戻ったある日の午後。
私は執務室の壁面に投影された「大陸魔力分布図」を見上げ、一人小さく呟いた。
画面に映し出されているのは、周辺諸国の魔導機具の普及率、そして使用されている「魔石の規格」の分布だ。
かつてガザリアが引き起こした事故の原因は、一言で言えば「パクリ技術による過失運用」だった。
けれど、その根底にはもっと深刻な、構造的な問題が潜んでいる。
それは、この大陸の魔法技術が「バベルの塔」状態であるということ。
ある国では円形の魔石を使い、隣の国では多角形の魔石を使う。
ある地方では高周波の魔力を推奨し、別の地方では低周波を尊ぶ。
現代日本の言葉で言えば、電化製品のコンセントの形も電圧も、国ごとにバラバラなようなものだ。
「非効率の極みですわ。これでは、どんなに優れた生活魔法を開発しても、普及のスピードが落ちてしまう」
前世のIT業界でも、似たような光景を嫌というほど見てきた。
各社が自社の利益を守るために独自の規格を乱立させ、結果としてユーザーが不利益を被る。
かつて「ガラパゴス化」と揶揄された状況が、魔法という形で蔓延っていた。
私は手元の羽ペンを回しながら、脳内の「|国家リノベーション計画」を更新する。
ガザリアを事実上の保護国とした今、我が国の影響力はかつてないほど高まっている。
ならば、このタイミングで一気に勝負をかけるべきだ。
「失礼します、エリザベス。また難しい顔をして数字を睨んでいるな」
扉が開かれ、カイザーが入ってきた。
手には、私の好みの温度に調整されたハーブティーのトレイがある。
国王自らが王妃にお茶を運ぶという光景だが、効率と愛情を両立させる彼にとっては、これもまた合理的な日常なのだろう。
「ありがとうございます、カイザー。……見てください、この非効率な地図を。大陸全体で、接続端子の規格に至っては五十を超えていますわ」
カイザーはトレイを置き、私の隣で分布図を眺めた。
「……確かに、これでは物流も滞るな。ガザリアの事故も、我が国のシステムを無理やり自国の規格に変換しようとしたから起きたことだ」
「ええ。ですから、私は決意しました。この大陸の魔法インフラを、一つの『標準規格』で統一します」
「規格の統一、か。それはまた、途方もない大事業だな」
カイザーは驚きつつも、その瞳には私への全幅の信頼が宿っている。
「どうやって進めるつもりだ?」
「まずは、組織の設立です。我が国の『生活改善ギルド』を母体とした、多国間組織。……名前は『|大陸生活改善機構《ライフ・イノベーション・オーガニゼーション》』、略して『LIO』ですわ」
私は空中に入会案内と、統一規格の技術仕様書を投影した。
「LIOに加盟した国には、最新の生活魔法のライセンスを格安で提供します。その代わり、国内の全ての魔導インフラを、私が設計した『標準規格』に移行していただく」
「人参をぶら下げて、主導権を握るわけか。実に君らしい」
カイザーがクスリと笑った。
「だが、反発も大きいだろう。特に、自分たちの独自技術を誇りにしている連中はな」
「分かっておりますわ。……特に、北の『アヴァロン』あたりが」
私は地図の最北端、白く輝く都市を指差した。
魔導伝統都市。
この大陸における「魔法の権威」を自認する、古色蒼然とした魔導師たちの聖地だ。
彼らにとって、私が進める「生活のための効率化」は、伝統を汚す卑俗な行為に映るに違いない。
「アヴァロンの『魔導三賢者』か。あそこは古い。彼らの術式は複雑怪奇で、メンテナンスには一級の魔導師が常駐せねばならん。コストもかかるし、何より拡張性がない」
「ええ。現代で言えば、一部の天才しか触れないような、ドキュメントなしのレガシー・システムですわ」
「そんなものを後生大事に抱えていては、民の生活はいつまで経っても楽になりません」
私はハーブティーを一口飲み、その香りに心を落ち着かせた。
「神秘は大切ですが、インフラに神秘は不要です。必要なのは、誰が使っても安全で、誰が直しても元通りに動く、圧倒的な『安定性』と『互換性』」
「LIOの設立宣言、明日には全大陸へ配信いたします」
「分かった。外交面での根回しは私が引き受ける。……君は存分に、世界の設計図を描き換えてくれ」
*
翌日。
LIOの設立と「大陸統一規格案」の発表は、またたく間に大陸中を駆け巡った。
ガザリアの救済を目の当たりにした周辺諸国の王族たちは、エリザベスが提供する「安全で安価なインフラ」という魅力的な人参に、次々と食いつき始めた。
だが、私の予測通り、北の空からは冷たい風が吹き始めた。
一週間後。
王宮の謁見の間に、一枚の書状が届けられた。
差出人は、アヴァロン。
銀色の封蝋には、知識の象徴である「閉ざされた本」の紋章が押されている。
私はカイザーと共に、その書状を広げた。
『貴殿が提唱する「規格化」なるものは、魔法という高潔な文化に対する冒涜である。魂のない魔法を広めることは、世界の調和を乱す災厄なり』
『よって我らは貴殿の「LIO」への加盟を拒否し、独自に「聖なる魔導網」を周辺国へ提供することをここに宣言する』
書状には、呪文のような難解な言葉が並び、読んでいるだけで頭が痛くなりそうな選民思想が漂っていた。
「……予想通りの反応ですわね。魂、ですか。前世でもいましたわ。自社の古いコードに『愛着がある』と言って、システムの刷新を邪魔するシニアエンジニアが」
私はその書状を机に放り投げた。
「彼らは、自分たちの権威がなくなるのが怖ろしいだけ。専門家が独占していた知識が、誰にでも扱える『標準』になるのが耐えられないのですわ」
「だがエリザベス、アヴァロンの影響力は無視できない。彼らが周辺諸国に『独自のインフラ』を普及させ始めれば、大陸の規格は完全に二分されることになるぞ」
カイザーの懸念はもっともだ。
シェア争いは、先に陣地を確保した方が強い。
北方諸国がアヴァロンの「高コストだが伝統ある魔法」を選んでしまえば、将来的な統合には莫大なコストと労力が必要になる。
「ええ。……ですが、これは『規格競争』という名の、一つのテストですわ」
私は不敵に微笑んだ。
「神秘と伝統を売りにする『アヴァロン・システム』と、利便性と合理性を追求する『エリザベス・スタンダード』。……どちらが人々の笑顔を作り、時代に取り残されるか。答えは、もう出ていますわ」
私はペンを走らせ、LIOの第一回技術諮問委員会の招集を命じた。
「彼らには、徹底的に『コスト』と『保守運用』の現実を突きつけてあげましょう」
「魔法は芸術ではなく、生活です。その理屈が分からない賢者様たちには、一度、自分たちが作ったシステムの重みに押し潰されていただくのが一番ですわ」
「君の『徹底的な合理性』が、また一つ古い時代を終わらせるわけか。……楽しみだ」
カイザーが私の背後に立ち、その肩に手を置いた。
「さあ、お掃除の次は、リフォームの時間だ。エリザベス、君の思う通りに進め。私は常に君の隣にいる」
「ええ、陛下。……世界をリノベーションしてあげましょう」
北の賢者たちが、自分たちの「伝統」という名の牙城がいかに脆い地盤の上に築かれているか。
それを思い知る日は、そう遠くないはずだ。
大陸を巻き込む「魔法規格統一戦争」。
その幕は、一本のハーブティーの香りと共に、静かに、しかし決然と上がった。




