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第1-3話:【朗報】元追放令嬢の王妃、効率化が極まりすぎて国家予算を秒で片付ける。――なお、隣国からは不穏な気配がする模様。

 カシム王子が不敬な言葉を吐いて謁見の間を去ってから、わずか三日後のことだった。


 私の予測――いや、前世のプロジェクト管理の経験から導き出された「最悪のシナリオ」は、予想を上回る速度で現実のものとなった。


 その日の午後、王城のバルコニーに立っていた私の目に飛び込んできたのは、北の国境付近から立ち昇る、不吉な紫色の噴煙だった。


 それは火山の噴火でも、単なる火事でもない。

 制御を失った魔力が大気中の水分と反応し、強引に物質化しようとして引き起こされる「魔力熱暴走マジック・メルトダウン」の兆候だ。


「……始まったわね」


 私は手にしていたハーブティーを置き、背後に控えていた側近に指示を飛ばした。


「国境付近の全住民に対し、避難勧告を発令。同時に『生活改善ギルドライフ・ハック・ギルド』の防護班を派遣し、大気中の魔力濃度を中和する『中和結界石クリーニング・フィルター』を展開させて」


「承知いたしました、王妃様!」


 側近が走り去るのと入れ替わりに、カイザーが厳しい表情で現れた。


「エリザベス、ガザリアの国境工業地帯で大規模な爆発が起きた。連中、例の劣悪なコピー機具を無理やり連結して、強引に『大規模浄化塔(グランド・クリーナー)』を稼働させたらしい」


「……救いようのない無能ですわね。私の設計思想を何も理解していない」


 私の「生活改善魔法(ライフ・ハック)」は、地味な魔力を効率よく循環させることに特化している。


 それを力任せに高出力で回そうとすれば、基盤となる術式が耐えきれず、歪みが生じるのは当然の結果だ。

 前世で言えば、家庭用PCの基板に、無理やり超高電圧をかけてサーバーを運用しようとするようなもの。


 だが、事態はそれだけでは終わらなかった。

 爆発から数時間後、ガザリア側から全大陸に向けた「緊急魔導通信」が発信されたのだ。


 通信の画面に映し出されたのは、煤だらけになりながらも、憎々しげにこちらを指差すカシム王子の姿だった。


『聞け、諸国の民よ! 我が国を襲ったこの悲劇は、アウグスト王国の王妃、エリザベスによる卑劣な謀略である! 彼女が公開した術式には、意図的に「毒」が仕込まれていた!』


『彼女は技術提供を装い、我が国のインフラを内部から破壊したのだ!』


 あまりに短絡的、かつ強引な責任転嫁。

 会議室でその通信を見ていた老貴族たちは、「なんですって!?」「我が国への宣戦布告か!」と色めき立った。


 だが、私は椅子に深く腰掛けたまま、ふうと溜息をついた。


「お掃除が一段落したと思ったら、今度は不法投棄のクレーム対応かしら。……本当に、非効率な男」


「エリザベス、怒らないのか?」


 カイザーが心配そうに私を覗き込む。

 私は彼に向かって、いたずらっぽく微笑んで見せた。


「怒る価値もありませんわ。カイザー、あちらの『自爆』は、私の計算の範疇です。……そして、私が何の手も打たずに技術を公開したと、本当に思っていますか?」


 私は立ち上がり、会議室の中央にある巨大な魔導水晶を起動させた。

 そこに映し出されたのは、複雑な数式の羅列と、リアルタイムで動く赤いログの記録だった。


     *


 翌日。

 カシム王子は、あろうことか「国際魔導連盟」の調査員を伴い、我が国の国境付近へと乗り込んできた。


 汚染の責任を正式に認めさせ、多額の賠償金と、さらに「最新の修正プログラム(本物の技術)」を無償で奪い取るという、彼なりの「大逆転劇」を目論んでいるのだろう。


 国境に設置された緊急会談の天幕。

 カシムは、調査員たちの前で大仰に嘆いて見せた。


「見てください、この惨状を! 我が国の誇る工業地帯が、彼女の術式のせいで汚染されてしまった! これはテロ行為だ!」


「エリザベス王妃、貴女には国際法に基づき、全技術の開示と、国家予算の半分に及ぶ賠償を請求する!」


 調査員たちは、困惑した様子で私を見た。

 ガザリアの被害は確かに甚大だ。

 このままでは我が国が「悪意ある技術提供」をしたと疑われかねない。


 私はゆっくりと歩み出て、カシム王子の目の前に、一本の小さな「記録用魔石(ストレージ・ログ)」を置いた。


「カシム殿下。貴方は一つ、致命的な勘違いをされていますわ」


「勘違いだと!? 証拠は上がっているんだ、貴様の術式が暴走したという証拠が!」


「ええ、暴走したのは『私の術式』ではありません。貴方たちが『勝手に書き換えた術式』です」


 私が魔石に指を触れると、天幕の中に巨大なホログラムが展開された。

 そこに映し出されたのは、ガザリアの浄化塔が爆発する直前の、内部術式の稼働データだった。


「な、なんだこれは……」


「私が公開している初期型術式には、全て『所有権証明(デジタル・署名)』と、稼働ログの自動転送機能が組み込まれています」


「貴方たちが、どこをどう弄り、どの安全装置を削除したか……。この魔石には、秒単位ですべて記録されているのですよ」


 調査員たちが、身を乗り出してデータを凝視する。

 画面には、赤い文字で警告が点滅していた。


『警告:安全リミッター(セーフティ・ロック)が外部から強制解除されました』

『警告:許容魔力負荷を三〇〇パーセント超過』

『警告:特定個人の認証コードによる術式の改ざんを確認――コード名:カシム・ガザリア』


「これは……」


 調査員の一人が、絶句してカシムを見た。


「カシム殿下、貴方ご自身の手で、安全装置を解除し、過負荷をかけていらっしゃいますね? これは設計上のミスではなく、明らかな『過失運用』……いえ、自業自得というべきものです」


「ば、馬鹿な! そんなログ、偽造に決まっている! こんな地味な魔法に、そんな高度な記録機能があるはずが……!」


 カシムの顔が、みるみるうちに土気色に変わっていく。

 私はさらに追撃の手を緩めない。


「さらに申し上げれば。貴国が盗用したこの術式は、あらかじめ『使用期限(ライセンス・アウト)』が設定されていました」


「正規のメンテナンスを受けず、不当な改ざんを行った場合、自動的に魔力が霧散するように設計されていたのです。……それを強引に繋ぎ止めて爆発させたのは、貴国の魔導師たちの無知ゆえではありませんか?」


「ぐっ、あ……」


「カシム殿下。貴方は『女の小細工』と仰いましたが……。その小細工一つ、まともに扱えなかったのはどなたかしら?」


 私は冷徹な視線で、崩れ落ちるカシムを見下ろした。


 天幕の外では、我が国の防護班が、鮮やかな手際で汚染を中和していく。

 エリザベスの管理下にある魔法は、決して暴走などしない。


 それを証明するように、中和された空気からは、清々しいハーブの香りが漂っていた。


「さて、国際魔導連盟の皆様。この『事故』の原因が、ガザリアの不当な改ざんと運用ミスにあることは、このログが証明しております」


「つきましては、我が国の名誉を毀損し、国境付近の環境を破壊したガザリアに対し、私からも『正当な』請求をさせていただいてもよろしいかしら?」


 私は、震えるカシムの前に、昨日よりもさらに項目の増えた「損害賠償請求書(インボイス)」を突きつけた。


「ライセンス料、環境復旧費用、そして今回の精神的苦痛に対する賠償。……ガザリアの国庫が空になる程度では、とても足りないかもしれませんわね」


「……ぁ、ああ……」


 カシム王子は、もはや言葉を発することもできず、ただ地面に手をついて絶望に震えていた。

 調査員たちが「これはガザリアの全面的な責任だ」と囁き合う声が聞こえる。


 転機は訪れた。

 だがそれは、ガザリアにとっての破滅であり、私にとっては、この大陸の経済規格を一本化するための、最初の一歩に過ぎなかった。


「さあ、カイザー。後始末を始めましょう。……非効率な国を、根底から『リノベーション』してあげる時間ですわ」


 私は、絶望に沈む隣国の王子には目もくれず、勝利を確信した夫の腕をとり、誇り高くその場を後にした。

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