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第1話-2:【朗報】元追放令嬢の王妃、効率化が極まりすぎて国家予算を秒で片付ける。――なお、隣国からは不穏な気配がする模様。

「ガザリアの使節団、ですか。随分と急な訪問ですこと」


 会議室を出て、私は隣を歩くカイザーに語りかけた。


 廊下の窓から見える王城の正門付近には、確かに派手な金装飾が施された馬車が列をなしている。

 商業大国を自称するだけあって、見せびらかすような成金趣味が透けて見えた。


「ああ。連中はここ数年、我が国の急速な発展を苦々しく思っていたからな」


「特に君が普及させた生活改善魔法(ライフ・ハック)の特許利権……あれが奴らの商売を圧迫している」


 カイザーの声には、隠しきれない不快感が混じっている。


 それもそのはずだ。

 ガザリアは「商業大国」とは名ばかり。

 実態は他国の技術を買い叩き、あるいは盗用して、粗悪なコピー品を売り捌く「知的財産(アイ・ピー)の海賊」のような国なのだ。


「共有財産、ね。前世でもよく聞いた言葉だわ。自分たちが努力せず、他人の成果を横取りしたい時の常套句」


 私は脳内で、ガザリアに関する「ビジネス・レポート」を展開する。


 彼らが狙っているのは、私が開発した「|高効率魔石浄化システム《マギ・クリーン》」の基幹技術だろう。

 これがあれば、彼らが現在高値で売りつけている旧式の魔道具は一掃されてしまう。


「エリザベス、無理に応じる必要はない。外交の盾は私が引き受ける。君はただ、王妃として凛としていればいい」


「いいえ、カイザー。これは私の戦場です。経済と技術の論理で彼らをねじ伏せるのが、一番効率的ですから」


 私は立ち走り、カイザーの胸元に手を置いて微笑んだ。

 彼は少しだけ眉を下げ、愛おしそうに私の手の上に自分の手を重ねる。


「……君のその、自信に満ちた瞳には敵わないな。分かった、私は君の『最強の用心棒』として、横に控えよう」


「心強いですわ、陛下」


 私たちは、謁見の間へと向かった。

 扉が開かれた瞬間、場違いなほど香水の匂いが漂ってくる。


「おお、これはこれは! アウグスト王、そして……ああ、貴女が噂の『追放令嬢』、エリザベス王妃陛下ですかな?」


 謁見の間の中心に立っていたのは、宝石を指にこれでもかと嵌めた、恰幅のいい若い男だった。


 ガザリア第一王子、カシム。


 彼は私の顔を見るなり、あからさまに品定めするような視線を向けた。

 その瞳には敬意など微塵もなく、ただ「金の卵を産む珍しい鳥」を見るような下卑た欲が渦巻いている。


「初めまして、カシム殿下。我が国へようこそ。……と言いたいところですが、事前の通告なしでの入国は、国際法上の儀礼に反するのではなくて?」


 私の静かな問いかけに、カシム王子は鼻で笑った。


「いやはや、堅苦しいことは抜きにしましょう。我々は急いでいるのです」


「現在、ガザリアでは深刻な魔力汚染事故が多発しておりましてな。民が苦しんでいるのです。慈悲深いと評判の『聖女』様なら、この窮状を放っておけませんでしょう?」


 芝居がかった仕草で、彼は胸に手を当てる。

 だが、その口元は歪んだ笑みを浮かべていた。


「汚染事故? それはお気の毒に。ですが、それは貴国の管理体制の問題では?」


「おっと、冷たいですな! そこで提案なのですが……貴女が独占している『生活改善魔法』の全技術、これを我が国に無償で譲渡していただきたい」


「いや、人類の共有財産として開放すべきだ、と我が国の賢者たちも申しております。そうすれば、世界から汚染の恐怖は消える。素晴らしい功績だと思いませんか?」


 カシムの言葉に、謁見の間にいた我が国の文官たちがざわめいた。

 あまりに厚顔無恥。あまりに一方的。


 だが、カシムはさらに言葉を重ねる。


「もし拒否されるのであれば、我々は貴国を『技術の独占による人道支援妨害』として、国際商業ギルドに提訴せねばなりません」


「そうなれば、貴国の輸出入は差し止められ、せっかくの繁栄も水の泡。……賢明な王妃様なら、どちらが『効率的』か、分かりますよね?」


 彼は、私の過去を知っていることを誇示するように、わざと「効率的」という言葉を使った。


 かつての私なら、この威圧に怯えていたかもしれない。

 あるいは、慈悲の心から技術を差し出してしまったかもしれない。


 だが、今の私は「数字」で世界を見ている。


「カシム殿下、一つお伺いしてもよろしいかしら?」


 私は一歩、カシムの方へ歩み寄った。

 カイザーが静かに私の背後に立ち、その威圧感だけで護衛兵たちを気圧す。


「な、なんですかな?」


「貴方がおっしゃる『魔力汚染事故』。その原因は、我が国の技術を盗用して作った、劣悪なコピー魔石の暴走ではありませんか?」


 カシムの顔が、一瞬で強張った。

 図星、というわけね。


 前世の業界でもよくあった。

 マニュアルも読まずにソースコードだけをコピーし、根幹の安全装置を「コストカット」のために削除して自滅する。


「な、何を根拠に……!」


「根拠ならありますわ。貴国が周辺諸国に売り捌いている『魔法式簡易冷却機』。あれに使用されている術式は、私が三年前、下町で実験的に公開した初期型の不完全なものです」


「安全装置が未実装のそれを無理やり高出力で回せば、魔力が逆流するのは自明の理です」


 私は、カシムの目の前に、光の術式を展開した。

 そこには、ガザリア製品がいかに危険な設計であるかが、赤色の警告表示と共に映し出されている。


「無償提供、という言葉は美しいですが……要するに、自分たちが引き起こした不祥事の尻拭いを、私にタダでやらせようとしているだけ。違いますか?」


「……くっ、黙れ! 元はと言えば、貴様が技術を出し惜しみするからだ! そんな地味な魔法、女の小細工だろう!」


「本来は我ら大国が管理し、正しく運用すべきものなのだ!」


 カシムが声を荒らげる。

 余裕がなくなってきた証拠だ。

 私はふうと溜息をつき、憐れみの視線を彼に向けた。


「殿下。技術とは、単なる『知識』ではありません。それを維持し、改善し続ける『運用体制(オペレーション)』そのものです」


「仮に私が今ここで全技術を差し上げたとしても、貴国にはそれを扱う人材も、倫理観も欠けている。……それでは、第二、第三の事故が起きるだけですわ」


「な……馬鹿にしているのか!?」


「いいえ、客観的な分析です。ですから、提案があります」


 私は冷徹な微笑を浮かべた。

 ここからが、私の「ビジネス・カウンター」の始まりだ。


「技術の無償提供はいたしません。ですが、我が国の『生活改善ギルド』の監督下に入り、正規のライセンス契約(利用許諾)を結ぶのであれば、安全な技術を提供し、事故の収束を支援しましょう」


「ライセンス契約だと……?」


「ええ。売上の四割を技術使用料として。そして過去の盗用に対する賠償金として、ガザリアの関税自主権の一部を向こう二十年間、我が国に譲渡していただきます」


 場が静まり返った。

 それは、実質的な経済支配の宣告に等しい。

 カシム王子は顔を真っ赤にし、プルプルと震えている。


「ふ、ふざけるな! そんな条件、飲めるわけがないだろう! 我が国には最強の魔導師団がいるのだ! 力ずくでも……!」


「力ずく、ですか」


 その時、これまで沈黙を守っていたカイザーが、一歩前に出た。

 彼の周囲の空気が、物理的に凍りつく。

 「氷の国王」の冷気が、謁見の間全体を支配した。


「私の妻、そして我が国の至宝であるエリザベスに対し、今、何と言った? 聞き捨てならないな」


「ひ、ひぃっ……!」


 カシムは、カイザーの放つ圧倒的な殺気に腰を抜かし、無様に床にへたり込んだ。

 護衛兵たちも、剣の柄に手をかけることすらできず、その場に跪いている。


「カシム殿下。貴方は大きな勘違いをされている」


「エリザベスは、我が国を豊かにした功労者であると同時に、私の愛する唯一の女性だ。彼女を脅すということは、私と、そしてこの国の軍事力全てを敵に回すということだ」


「……その覚悟があるのか?」


 カイザーの冷徹な宣告が、重く響く。

 カシムは震えながら、縋るような視線で私を見た。

 私は、優雅にスカートの裾をつまみ、一礼する。


「殿下、本日のところはお引き取りください。……もっとも、貴国に戻る頃には、さらに事故の被害が拡大しているかもしれませんが」


「もし、本当に国を守りたいのであれば、明日の朝までに、先ほどの契約書にサインをして持ってきてくださいね」


 私は、虚空から一枚の書類を取り出し、カシムの目の前に落とした。

 それは、あらかじめ用意していた「降伏勧告状(ライセンス契約書)」だった。


「さあ、お帰りはこちらですわ。……お掃除の時間は、これで終わりです」


 カシム王子は命からがら謁見の間を逃げ出していった。

 彼らの後に残ったのは、強すぎる香水の残香と、圧倒的な勝利の余韻だけだった。


「……完璧だったな、エリザベス」


 カイザーが殺気を解き、私の肩を抱いた。

 その顔には、誇らしげな笑みが浮かんでいる。


「ありがとうございます、カイザー。でも、これで終わりではありませんわ。彼はきっと、自分たちだけでなんとかしようとして、さらなる致命的なミスを犯すはずです」


「フッ、君の予測は外れたことがないからな。……ガザリアが自滅するまで、どれくらいかかると見ている?」


「そうですね。彼らの『プライド』という名の非効率な壁が崩れるまで……おそらく、一週間もかからないでしょう」


 私は、窓の外を眺めた。

 遠く隣国の空には、制御を失った魔法エネルギーが、不吉な紫色の雲となって広がっているのが見えた。


 救いの手は、一度だけ差し出した。

 それを振り払ったのは、彼ら自身だ。


「さあ、仕事に戻りましょうか。次は、自滅した彼らをどう『効率的に』吸収するか、プランを練らなくてはなりませんわ」


 私はカイザーの手を取り、執務室へと歩き出した。

 新章の戦いは、まだ始まったばかり。

 だが、その勝敗は、すでに私の計算式の中で決まっていた。


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