>>7 パーティーの受付嬢をはじめました
「ちょっとソフィア!ウルシュ!お嬢様はまだなの!?」
私とソフィアがいちゃいちゃと楽しんでいた時に、本日三人目のお客様が私の部屋のドアを開け放つ。そこにいるのは私が産まれる前からメイド頭を務めているという四十代後半のメイド。思わずぎょっとした私に対し、ソフィアはあわあわとした様子で私を下に下ろした。
「すいません!私ったら!」
それにため息をついたウルシュもメイド頭に人睨みされる。
そのまま私に顔を向けると、愛想笑いを浮かべることも無く無表情に言い放った。実は私が密かに彼女を気に入っている理由はこんな所だったりする。
「お嬢様。あと半刻程でお客様がお見えになります。お早いご準備を」
その言葉に私は固まり、ばっと駆け出した。入口からは見えない場所に付けられた時計を確認して青ざめる。
「ソフィア!時間のあるメイドたちにも手伝って貰えるようにお願いしてちょうだい!」
そしていつも廊下前に待機してくれているメイドに声をかける。
「みんな!ごめんなさい時間が無いの!」
するとみんな、何故か微笑ましいものを見るような目で私を見るから、子供扱いされているようで私は悔しくなった。けれど今はそんなことを言ってる余裕もない。メイドの一人が持ってきてくれたドレスを一瞥して、ケバケバキャハキャハのドレスでないことを確認。少し手馴れてきた夜用ドレスを脱ぎだそうとして__気づいた。
「ウルシュ!さっさと出ていってください!」
私の声に、慌てたように黒色の髪がドアの向こうに消えたのを確認して、リボンをはらりとといた。
「リジー、寝坊したんだって?」
髪をまとめる時間が無く、癖のないことをいい事に撫で付けてカチューシャのように真っ赤なリボンで飾っただけの髪が背中で揺れる。長袖の袖口と裾ががふわりと膨らむ膝丈の薄ピンクのドレスに、真っ赤なロングブーツ。
いつも私が来ているドレスよりもさらに動きやすさを重視したため、公爵令嬢が身につけるドレスとしては難ありかもしれないが、ロングブーツや下ろした髪で露出は最小限。父様も合格点だと頷いてくれた。
そんな私の窶れた様子をクスクスと笑いながら、大広間で私を待っていた兄様は言う。
容姿の素材はそっくりなはずなのに、こんなに輝く兄と私の差はなんなのだろう。乙女ゲーの世界だから、イケメンに優しいのか。そうなのか。
内心ではきーっとハンカチを噛み締めたが、表情にはそんなことを出さない。
つん、とそっぽを向いて目を瞑って、言ってやる。
「時間がかかる乙女の準備を、こんな短い時間で終わらせたリジーをほめていただきたいです、にいさま」
自分の声に悔しさが滲んでいるのを感じてまた悔しく思う。うっすらと目を開けて兄様を伺うと、まだ口元を抑えて苦しんでいるようだった。それが面白くなくてむすっとしていると、兄様がこちらに寄ってきてぽんぽんと頭を撫でてくれる。
「そうだね、リジーは偉いね。だけど君はどんな格好でも可愛いんだからわざわざ支度なんてしなくて良かったのに」
思ってないだろうと私の非難の眼差しを受けても、兄様は「かわいいなぁ」とデレデレと笑うだけ。せっかくのイケメン顔もそんな表情をしてはもったいな……くならないというのは、この世の中、不公平ではないか。
これじゃあ話が出来ないと、私は目を回した。
「こらお前達、仲がいいのはいい事だが、もうすぐお客様が来るんだ。王家の方もいらっしゃるから、ちゃんと挨拶するように。
それになんだジロイド。その緩み切った顔は。もっとシャキッとならないのか?」
父様、これが兄妹の仲睦まじい様子に見えますか。内心はそう毒づいたけど、私はするりと兄様のそばを離れて頷いた。
「おはようございます、とうさま。」
そう言うと父様も、兄様と同じようなデレっとした表情をうかべる。
「リジーが今日も可愛くて、父は幸せだよ」
いや可愛いって言って貰えることはとても嬉しいんです、父様。だけどね?毎日のようにそんなことを言われたんでは呆れるしかないのです。
しかも、さっき自分が注意した兄様と同じ表情をしている自覚はおありですか?
そんな時に、けたたましくラッパの音が鳴る。
それを聞いた瞬間に表情が引き締まった父様を見て、なんだかんだで父様って凄いんだよなぁ、と思った。
そんなことを考えているうちに、玄関から繋がる大広間の扉が開く。入ってきたのは十数人の小綺麗な服を着た貴族達。今日の私たちの仕事は、まずはやってきた貴族達への挨拶からだ。
私も気合を入れ直して、にっこりと六歳の女の子らしく笑ってみせた。
「ようこそおいでくださいました、皆様。私はこのオースティン家の主人です。」
最初に父様が外行きの顔で挨拶し、イケメンを周囲にアピールするかの如くキラキラオーラを振りまいた兄様がそれに続く。私は兄様の次の、三人目だ。
「いらっしゃいませ、お客様。僕はこのオースティン家の長男で、ジロイド・オースティンと申します。お越しいただけてとても嬉しく思います」
「いらっしゃいませ、おきゃくさま。私はオースティン家の長女、エリザベス・オースティンです。楽しんでいってくださいね」
滑らかな御礼も忘れずにこなす。私が言い終わると満足げに、父様が私たちに「中庭に連れて行ってあげなさい」と言うから、私は笑顔をキープしたまま恰幅の良い男の人の後ろに隠れていた女の子に手を差し出した。
「一緒に行きましょう?」
恐る恐る私の手を掴んだ女の子は、私がぎゅっと手を握ると嬉しそうに微笑んだ。
「お名前はなんておっしゃるの?」
紫色の豊かな髪を一つにまとめてサイドでアップにし、黒い生地で裾に金色の糸で刺繍が施されたワンピースのような身軽そうなドレスで白い肌を包んでいる。髪と同じ紫色の瞳は不安げにゆらゆらと揺れているが、可愛い子だなぁと素直に思った。
兄様は男の子数人を連れて、だいぶ先の方を歩いている。それを眺めながら、右隣の女の子に聞いてみた。
私の問いに、緊張したように唾をゴクリと飲み込んだ女の子は、一度歩みを止めて私に向き直る。
「わ、私はっ、カルデュ伯爵家の三女でろくさい!カナーニャ・カルデュと言いますっ。」
カナーニャ様はそう言って、普段爵位持ちの人間がすることの無い真っ直ぐ頭を下げる御礼をする。
突然のことに思わずぽかんと口を開けて固まると、自分の失敗に気づいたカナーニャが顔をりんごの如く真っ赤に染めてドレスのサイドをグシャグシャと握りしめる。
本人は無意識でやっているであろうその癖が、日本で暮らしていた時の私と同じで、思わず笑った。
急に笑った私を次はカナーニャ様がぽかんと眺めるが、自分の失敗を笑われていると思ったのかだんだんと俯いていく。
それに私は慌てて声をかけた。
「あ、ちがうのカナーニャ様。リジーはあなたの失敗を笑ったわけじゃないの。あのね、あなたのドレスを握りしめるくせ、なのかな。それが昔のリジーと同じで。つい、しんきんかんが湧いてしまったんです。ごめんなさい」
私の言葉にゆっくりと顔を上げたカナーニャ様は驚いたように口をぱくぱくとさせていた。
「え、その__エリザベス様と同じ癖。わたしが。」
カナーニャ様が驚いたように呟くその言葉に首をかしげながらも、私は頷く。
「ええ、そうです」
私が答えたことによって正気に戻ったのか、赤い顔をさらに赤くして、カナーニャ様は囁くように言う。
「すいません、取り乱してしまって。
__私、人とお話しすのが苦手で今までもなかなかお友だちが作れなくて。私と歳の近い人達がたくさん参加するこのお茶会でもしかしたら、と期待していたんです。そうしたら私なんかがお話し出来るわけがないと諦めていたエリザベス様が話しかけてくださった上に、自分と癖が同じだとおっしゃてくれて。つい、浮かれてしまいました」
確かに、少し話しただけでもわかるくらいにカナーニャ様は人と話すのが苦手だし、きっと人見知りも激しいと思う。
____友達が欲しくて、このお茶会に参加したのか。
「ならカナーニャ様。ご迷惑じゃなかったらだけどリジーとお友だちになってもらえないですか?実は私もお友だちはいないのです」
私を殺すかもしれない人達は多くいるんですけど。
私の申し出に、カナーニャ様は零れ落ちそうなほどに目を見開く。そしてたっぷり間を置いてから蚊の鳴くような声でわたしに聞く。
「よろしいのですか?」
え、そんな驚くことかなぁ?当然の流れじゃない?友達が欲しくて参加した人と、主催者が友達になるの。だって楽しんでいってくださいって言ったわけだし、私。お客様が友達が欲しいなら、私が率先してなるべきだと思うけど……。
それに私だって友達が欲しかったし、カナーニャ様悪い人じゃなさそうだし。カナーニャ様なら仲良くなれる気がする。……なんとなくだけど。
私が笑って頷くと、カナーニャ様も釣られるように笑った。花の咲くような笑み、おどおどとしていても美しかったカナーニャ様だけど、笑うとそれも三倍だ。
「じゃあカナーニャ様、私のことはリジーと呼んでほしいな。その代わり、カナーニャ様のことはナナと呼んでもいいでもいい?」
私がカナーニャ様にお願いすると、彼女は笑って許してくれる。
「もちろんです、リジー。」
この後ナナの父上が、公爵家の令嬢をことを娘が愛称の呼び捨てで呼んでいると白目を向いて倒れることになるのだが、今の私たちはそんなこと全く知らない。
開いていただけて感謝です。
お疲れ様でした。
部活から帰って開いてみたらブックマーク登録が増えててびっくりしました 笑
ありがとうございます!