>>8 メインの入場です
ソフィアたちが朝早くから準備してくれたおかげで、私とナナが中庭に続くドアを開けると、相談したとおりに飾られた美しい中庭があった。
花壇の花たちは明るい色を中心に美しく輝き、芝生は元気よく空に向かって伸びる。四隅のお食事スペースには、白に金色で模様が入った上品な猫足テーブルがおかれ、その上には選りすぐりの軽食やお菓子達が並べられている。
それを見て顔を輝かせたナナを見て、私の口元が綻ぶ。遠くに控えているソフィアたちに、ありがとうの気持ちを込めて笑いかけた。
「リジーリジー!このおかしたち、とても可愛いらしいですねっ」
ナナが興奮で頬を赤くしながら入ってすぐのテーブルの上を指す。その指先を辿ると、私が気に入ったのと同じアイシングクッキーが山になって積まれていた。
そのことに気づき、私はナナと繋いでいた手を一度離し向かい合うようにしてナナの両手を私の手で包む。
「そうでしょう!あれはリジーが選んだクッキーなの。細かくて丁寧な絵柄が可愛いでしょう?」
ナナの紫色の瞳に映る私もナナと同じように顔を輝かせていて、ナナと同じように初めての同い年の友だちに気分が上がっているのか、と二十歳の私が苦笑した。それでも喜んで頷いてくれるナナの反応が嬉しくて、私はぎゅう、とナナに抱きついた。
「もうリジー、ご令嬢が困ってしまってるよ?」
ナナと同じタイミングで来ていた男の子たちを案内していたはずの兄様の声が聞こえて、ナナに体を密着させたまま首だけその方向に向ける。
そこにはやっぱり呆れた様子の兄様がいて、ナナに申し訳なさそうに謝っていた。
「僕は、貴女に抱きついている可愛い女の子の兄です。妹が何か変なことを言いませんでしたか。変なことを言い出す子ですけど、意地悪な意味はないんです。そこが可愛いんですけど」
いや兄様。私の事なんだと思ってるんですか。変なことを言い出す?そんなことないと思いますけど、私。……いや、そんなことあるわ。そうじゃなかったらドッジボールとか言い出しませんもんね、たしかに。
それ以外のことについては、聞かなかったことにします。兄様のことをじとーっとした目で見たくはないですから。うん。
突然現れた兄様に、暫くフリーズしていたナナだけど、私がゆっくりと抱きついていた体を離すとはっとしたように私の後ろに隠れた。後ろからナナのおどおどした雰囲気を感じる。
そうだよね、いきなりこんなイケメンが目の前に出てきたら怖いよね!しかも妹のことを大事にしすぎてる発言を急にしたらね!わかるよ、私も怖いよ!
私はナナを背中にかばいながら、むっとした顔で兄様に物申す。
「兄様ったら!ナナは私の友だちです。それに私が抱きついても嫌がったりしません。兄様の方こそ、リジーの友だちを怖がらせないでください」
想像以上に自分の声が刺々しくて、しまったと思う。が兄様は私の想像と真逆で嬉しそうに笑っただけだった。
「そっかぁ、ついにリジーにも友だちが。よかったねぇ。今までリジーの友だちはソフィアたちだけだったもんね」
私がそれに対してぐっと言葉に詰まると、兄様はさらに面白そうに笑う。
「えっと__君はカルデュ伯爵家のご令嬢かな?こんな妹だけど、仲良くしてあげてほしいな」
兄様ファンの女子だけじゃなくて見た女子が全員顔を赤くするような、イケメンフェイスを最大限に利用した笑み。計算し尽くしてその顔をするのなら納得でき__ないけどさ、それを無意識にやっている事のなんと罪深いことか。
将来兄様が本当に女たらしになる気がして、妹は気が気じゃありません。
そんな兄様の一撃にやられたのか、ナナがほんのりと頬を染めて私の後ろから前に出てくる。
「ジロイド様がリジーを大切に思っているお話、うかがっています。そんなジロイド様にリジーの友だちと認めてもらえて、私何があってもリジーのそばを離れませんっ」
あぁあぁ。私の初友が兄様と恋仲だなんて、私はどんな立場で二人に会えばいいんだろう。ほら、ナナったら兄様と少しでも会うために私のそばを離れないって。
初めての友達を兄様に取られたのが面白くなくて、私は前にいるナナの左腕を引っ張った。
「ナナ。兄様はかっこいいし、私はナナをちゃんと応援するけど、リジーのこと放ったらかしにしたらだめだよ」
その言葉にナナはぽかんとしたようだけど口元を手で隠しながらクスクスと笑った。
「大丈夫ですよ、リジー。確かに、ジロイド様はかっこいいし憧れる女性も多いと聞きますが、私はリジーだけですから」
さっきまでのおどおどした雰囲気は消え失せて、そこにいるのは一人のご令嬢。私にはその姿がとても眩しく見えた。『だけ』の言葉が嬉しくて、私はもう一度ナナにぎゅうをした。この行為が貴族らしくないと顔を顰められるのは分かっていたけど、子供の私はこれ以上ナナに気持ちを伝える術を知らない。
「ナナ、だーいすき!」
「リジー、苦しいです」
「兄にはそんな可愛いこと、言ってくれないのに」
「君がエリザベス嬢?」
だんだんと人が集まってきて、もうそろそろドッジボール一回戦をしようかという頃。私とナナと兄様の前に金髪で青色の瞳をした、とても見た目麗しい男の子と女の子が数人の取り巻きを連れて現れる。私は兄様が選んだパンを食べていたところだったから、慌てて口に押し込んだ。
八歳だと思われる男の子が発した質問に、口を開けられない私は頷いて答える。ついにこの時が来たか、と腹を括った。男の子の後ろにいる女の子が馬鹿にしたように私のことを笑ったけど、気付かないフリをすることにする。
「わたしの名前はルードシャンクス・ラント・ハイベリカム。あまり自分で言うのは好きではないが、この国の王子だ。__ほら、リアンヌも御挨拶」
促すように王子が目線を向けた先には、王子と同じ金髪を高い位置でツインテールにし、ドリル巻きにした女の子。偉そうに扇を持った腕を組み、ゴテゴテとした多くの宝石を使ったドレスを装備するその子は、私たちをゴミを見るような目で一瞥する。
「あら兄上。なんでわたくしがこんな人たちに挨拶などする必要があるの?わたくしは挨拶なんてしないわ。お前たち、さっさと跪きなさいな」
ナナがうっかりと本当に跪きそうになった私の手を強く握った。私はそれに慌ててしゃきっと立ち直す。
メイン攻略対象、ハイベリカム王国第一王子、ルードシャンクス・ラント・ハイベリカム。周りから大きな期待をかけられ、小さな頃から本当の自分を偽ってきた物語に出てくる典型的な王子様。本当は何に対しても毒舌で、『そのギャップがいい!』と一部熱狂的なファンを獲得した。【愛の王冠をその手に】では、唯一自分をさらけ出すことができたヒロインと共に将来を共にすることを決めてからも色々な妨害によって最も攻略が難しいキャラ。
このルードシャンクスルートには三つのエンドが存在し、ハッピーエンドでは婚約者であるエリザベスを暗殺し、ヒロインを次の婚約者に担ぎ上げてそのまま結婚。アンクリィアエンドではエリザベスを暗殺するところまでは上手くいっても身分差が問題になり結婚はできない。バッドエンドでは兄信者の王女リアンヌが、婚約者のエリザベスも兄と両思いのヒロインも殺すという、ただ一つのヒロインの死亡エンドだ。
まさかの自分を殺すかもしれない相手が二人とも現れるとは。思わず真顔になってこの場から駆け足で退場しそうになるが、どうにか引き止めた。
「これは王子殿下、王女殿下。お目にかかれて光栄でございます」
固まった私たちよりも一歩前に出て、兄様が優雅に一礼する。私とナナもギクシャクとそれに習うが、ルードシャンクスはともかくリアンヌの目には映らない。
「あらあなた。噂のジロイドという男ね?この辺りに顔のいい男子がいるらしいと王宮の者達が話しているのを何度も聞いたわ。珍しくその話は本当だったようね」
オースティン家が収める土地は、王宮がある王都からほど近い場所にある。たしかに兄様を愛する女達があれだけいれば、王宮にだって話は伝わるだろう。兄様のファンクラブがだんだんと大きくなっていく理由を知った気がして、私は一人納得した。
「あなたの顔は嫌いじゃないわ。わたくしの気に入りの友人にしてあげてもよくってよ」
この王女は何を言っているんだと私とナナは顔を見合わせる。こいつは兄様に自分を取り巻く連中の一人になれと言っているのか。顔がいいから。……ごめん兄様、今までイケメンで狡いなんて言ったりして。イケメンはイケメンで大変なんだね。
流石の兄様もこの対応には困った様で、何も言わずに曖昧に笑っている。それがなんだかうざったくて私はナナの手を振り払って大きく一歩、前に出た。
「王女様、お言葉ですが」
後ろでナナが私を呼ぶ声がしたが、そんなの気にしない。隣で兄様も、驚いたような顔で私を見ている。いつもクスクスと笑っている兄様を見返してやったような気がして、私は少しスッキリした。
一回ぎゃふんと言わせてやろうと、私は両手を強く握る。ヒロインとして【愛の王冠をその手に】をプレイしていた前世の私も、この王女には何十回も殺された。今こそ復讐の時じゃ!
私はにっこりと、六歳児の無邪気な笑顔を浮かべる。
「にいさまのお顔はカッコいいと、妹のリジーも思いますわ。だから、王女様がにいさまを好きになる気持ちも、リジー分かります。だってリジーもにいさまのことがだいだいだい好きですもの。
けれど、にいさまはリジーとたくさんお話してくださるとお約束をしたの。王女様のお友だちになったら、にいさまはリジーとの約束をきっと忘れてしまうわ。それはリジーが嫌だから、ごめんなさい王女様。兄様を王女様に差し上げることは、まだ出来ないようです」




