>>15 ボコッてどれくらいまでのことですか?
開いていただけて感謝です。
私が立っているところからほんの数メートルのところから鬱蒼とした森が始まっている。前世で山に暮していた私としては懐かしいはずで確かにそう感じたけれど__前世の森ではなかった肌をピリピリと刺激する空気が、この森にはあった。
私が森の中に足を踏み入れると、パシリと足元の草が鳴った。葉が太陽に光を遮っていて、辺りはまだ昼前だと言うのに薄暗い。初夏に差し掛かっているというのに少し肌寒く感じた。
もう一歩足を踏み出そうとして、地面から飛び出した木の根につまづいた。思わず手近な木にもたれかかる。けれど木の触れたとこが想像以上に冷たくて、はっと身を離した。
「リジー戻っておいで!一人で入るものじゃない」
兄様の言葉に私は振り向き、足早に馬車に近づいていく。そのまま兄様にぎゅっと抱きついて、大きく息を吐く。今まで自分が息を止めていたことに気づいて、ぞわりと鳥肌が立った。
「この森は相変わらず気味悪いですね」
「そうですね。魔獣が好むという理由もわかる気がします」
ウルシュがこわいこわいと肩を窄めて、それに王子を被り直したルークス様が相槌を打つ。
兄様が少ししゃがんで、小さく震える私と目線の高さを揃えた。
「どうする、リジー。ここが嫌なら引き返してもいいんだよ」
あくまで優しく提案してくれる兄様の言葉に、私は俯いた。
この森は何かおかしいと私の本能が危険信号を鳴らしている。それがきっと、ルークス様の言う通り魔獣がこの森を好む理由だろう。
だから私は顔を上げて、にっこりと兄様に笑いかけた。
「何をいうんです、にいさま。リジーは魔法の練習をしにここに来たんですよ。この森はきっと魔獣がたくさんいるから、リジーはとっても魔法がうまくなります!」
それに兄様は苦笑し、ウルシュは呆れたように頭をかいた。ルークス様は穏やかで優しげな笑みを浮かべているが、内心ではきっとあのいやーな感じでくつくつと笑っているに決まっている。
私は私に寄ってきてくれたソフィアと手を繋ぐ。
「ねぇソフィア。ソフィアは一緒にこの森に入ってくれる?」
私が尋ねると、ソフィアは少しきょとんとしたような顔をして、クスクスと笑った。ソフィアが笑うと優しげに若草色の瞳が細められてとても可愛い。
「ふふ、お嬢様はおかしなことを聞きますねぇ。私はお嬢様が行くところにどこまでもついて行きますよ」
そっと私を抱き上げて、お互いの額をこつんと合わせる。私の頬に触れたソフィアの髪がこしょばゆくて、私も笑みを浮かべた。
ふと誰かが私のことをソフィアから奪って、その誰かの腕の中に抱えられる。誰かと思って相手を見ると、ウルシュだった。
「ソフィア。ジロイド坊っちゃまやルークス様なら諦めもつくがお前にお嬢様とくっつかせる気は無い」
「まぁウルシュ。あなたより私の方がお嬢様に忠誠を誓ったのが早いはずなのだけど」
「ほんの数日だろう」
「数日でも早いのは私です。あなたこそお嬢様をお離しなさい」
ウルシュとソフィアは従姉弟同士で、仲が悪いわけではないんだけど時々バチバチと火花を散らすことがある。決して声を荒らげることも無く、今のように。
私はぴょんとウルシュの腕の中から飛び降りて地面に経つと、腕を高く突き上げた。
「いざ!東の森で魔法の練習をするぞー!」
・
「そもそも……魔法ってどうやって使うんだろ」
しばらく森を歩くと、あたりに木が生えていない開けた場所に出た。十数人の私たちが全員で手を繋いで丸を作ったとしても、それが余裕で五つは入りそうな程に広い場所。
そこで練習することを決めて、お付の人たちには少し離れたところで待っていてもらうことにした。ソフィアとウルシュはどちらかだけを残すと喧嘩になりかねないので、二人とも残ってもらうことにした。
その場所の中心で、私は頭を抱えていた。
あのお茶会の日も自分で魔法を使った記憶はないし、使い方が分からないのだ。そこら辺の水たまりをつんつんとしてみたけれど一向に凍る気配はない。
腕を組んだり自分の手を閉じたり開いたりしている私に、ふと名案が浮かんだ。
「ねぇルークス様。お城にいる聖騎士さんたちはどうやって魔法をつかうんですか?」
王宮には、普通の騎士達でさえ入れない。入れるのは王族たちと聖騎士たちと勇者だけ。魔道士は王宮ではなく教会で暮らすことが義務付けられているから、他の二つと同じ魔法を使う職だけど王宮には入れない。
それでも王宮に住んでいるはずのルークス様は、聖騎士か勇者が魔法を使っているのを見たことがあるんじゃないんだろうか。
そんな私の希望を、王子の仮面をそこら辺に置いてきたルークス様は腕を組んだ。
「どうって言われてもな……。でも彼らが使うのは、指先に小さな焔を灯したり地面を数センチボコッとさせたり?」
「でも魔力も四種で得意不得意があるからね。リジーが土や火の魔力が少ない可能性もあるからできないかもね」
いやそれって、やり方というよりやることでしょ?
思わないでもなかったが、確かに具体的なことが分かるだけありがたい。
それに兄様の言いたいことも分かる。存在する火、氷、土、水の魔力のそれぞれの量はやっぱり人によって違うし、魔力量はあってもそれを魔法として使えるかは別問題だ。
とりあえずやってみないとわかんないな。
そう思った私は、とりあえず土をボコッとさせてみることにした。
自分から少し離れたところをとりあえずじっと見つめてみる。なんとなく両手の掌をその場所に向けて、小さく呟いてみた。
「土、ボコってなあれ」
ボコッ
私の手が向いていた場所が、五センチ程度持ち上がる。
「おっ」「うわっ」「本当にボコッとなりましたね」「さすがお嬢様です!」
見慣れないであろう魔法の力に、周りの四人が声を上げる。自分もびっくりしたが、その反応に気を良くした私は手近な地面を五、六センチほどボコボコとさせて行く。
そして__
「えいっ!」
私から三メートルくらい離れた場所に向かって、今までより力を込めた。
地面が今までの倍近くまで持ち上がる。おおっと声が上がった次の瞬間、地面をヒビ割りながら、むくむくと高く地面が持ち上がっていく。
私がいた場所もその被害は及んで、足元がぐらついて、慌てて私がまだなんともない兄様たちのところへ逃げる。が、直ぐに兄様たちがいた所も持ち上がり始めて、私たちは遠くを目指してとりあえず走った。
みるみるうちに地面の『ボコッ』は大きさを増して、私たちの身長を抜かし__あたりに生える木よりも高くなった。
異変に気づいた他の使用人たちが焦ったようにこちらに近づいてくる。
「これは一体……!?」
「ああこれは、うちの『やらかす』お嬢様が、『やらかした』結果です」
それに応えたのはウルシュで、何してんだという目線を私に向けながら優しい声で応えていた。
「おい、うちの魔法を使うやつらでもこんなの見たことないぞ……」
思わずと言った様子で漏れたルークス様の本音が耳に届いて、私はゔっと言葉を詰まらせた。
「リジーはどれだけ規格外なんだろうね」
「お嬢様、流石ですねぇ」
兄様とソフィアの素直に賞賛される声に尚更居た堪れない気持ちになる。
「本当にすいません……」
今の魔法のせいで、広かったこの空間の三分の二がヒビ割れや山によって使えなくなってしまった。私が調子乗ったばかりに本当にすいません。
小さくなった私にため息をついて、ウルシュが私に近づいてくる。
……いつも思ってたけど、ウルシュ、ため息つくこと多いよね。ダメなお嬢様で本当に申し訳ないです。
「もういいですよ、お嬢様。それにお嬢様がその格好をして下さっていて良かったです。きっとドレスでは走りにくくて避難に間に合わなかったでしょうから」
すっと私を抱き上げて、ゴシゴシと頭を撫でてくれる。私が頭を撫でられるのが好きだって知っていてやってくれるんだから、本当に優しいと思う。
思わず涙ぐみそうになり、じぃっとウルシュを見つめると困ったように笑いながら、釘を刺された。
「ですが、もう二度と!こんな危ないことはなさいませんよう」
「……はい。気をつけます」
お疲れ様でした。
また開いていただけるように頑張ります。




