>>14 東の森へ向かいます
開いていただけて感謝です。
ガタゴトと馬車が揺れる。
狭くはないが広くはない馬車の中で、中にいるのは私と王子と兄様とウルシュ。
馬車の外からは騎士達の乗る馬の駆けるカポカポという音が聞こえてきて、私もそっちが良かったなぁと内心でため息をついた。
乱入してきた王子は何故か私と同じ馬車に乗ることを求めてきて、それならばと身分の高い私たちが護衛兼、執事見習いのウルシュと同じ馬車に押し込められたのである。
さっきまで完璧なキラキラ王子って感じだった王子は馬車が走り出すなり行儀悪く椅子に座り、服の首まできつく閉めているボタンを数個外していた。その様子に兄様とウルシュは目を見張るが、私の意見としては人を脅すような人なのだからこれくらい当然だと思った。
「エリザベス、オレはお前以外の令嬢がそんな格好をしているのを見たことがないんだが」
王子がくつくつと、やっぱり背筋がぞくりとするような笑みを浮かべる。それが私のことを完全に面白がっている声だったから、思わず私は言い返した。
「動きやすいんですもん」
「ちょっとリジー!」
「お嬢様!」
それに兄様とウルシュは慌てたように私に黙るよう合図してくるが、それを止めたのは王子だった。
「いいんだ。__逆にこれくらいの方が話していて面白い。他の人は皆、オレと距離をおこうとする」
少し寂しそうに笑う王子に何だか胸がズキンと傷んで、私はそれを軽口で誤魔化すことにした。
「だそうですよ兄様、ウルシュ。王子にはお友だちがいないのでリジーたちがお友だちになってあげましょ」
「ほんとお前は、この国の王子を捕まえて何を言うんだ」
「リジーは王子を捕まえてないし、王子がリジーを捕まえたんです」
このやり取りに、兄様とウルシュはギクリと顔を青くしたが、王子の機嫌が損なわれないことに安堵したように肩の力を抜いた。
「自己紹介した方が良さそうですね。
エリザベスの兄のジロイド・オースティンです」
「執事見習いのウルシュです」
王子が二人を見つめ、それから優しく笑う。あの心臓に負担がかかるような笑顔じゃなくて、九歳らしいあどけない笑顔。
「オレはルードシャンクス。長いから全部言わないけど一応この国の王子だ。
__名前で呼んでくれたら、嬉しい」
控えめに言った最後の願いに、私は首を傾げる。
「名前って……。王子ってルードシャンクスですよね?さすがにちょっと長いかな。
略称だとルード?シャンクスなんかは?ルークスとか?」
「リジーは受け入れるのが早いね」
「遠慮がないともいいますがね」
兄様とウルシュの言葉を聞こえないふりをして、私は何がいいか本人の意思を仰ぐことにする。
すると王子は少し耳を赤くしながら思案するように顎に手をそえる。ブツブツと何回か呟いた後、ぱっと本当に花の咲いたような笑みを浮かべた。
「ルークスがいい。エリザベスもジロイドもウルシュも、オレのことはルークスって呼んでくれ」
それに私たちは頷く。二人も王子直々の願いだから、おっかなびっくり受け入れたようだった。
とりあえず話が一段落したところで、私はルークス様に体を向けた。
「ところでルークス様。今日はなぜリジーたちのお屋敷にいらしたのですか?」
私が聞くと、ルークス様はニヤリと笑__今度は兄様とウルシュもなにか感じたようだ__った。
「いや?今日目を覚ましたら何か面白いことが起こるきがしてな。最近のオレにとって面白いことといったらエリザベス関係だろ?
だから事実を確かめに行っただけさ」
「まぁたしかにリジーはとんでもないことをやらかすが」
「まぁたしかにお嬢様は色々規格外ですが」
三人の言葉に、私はショックを受ける。
いやね、私が何をしたというのです。大人しくお淑やかに暮らしていましてよ!
……たしかにちょっとドッジボールしたり、Tシャツとロングパンツを履いたりはしたけども。
私はわざとらしく唇をとがらせた。
「三人とも酷いです。それを聞くと今までリジーが公爵令嬢らしくないみたいに聞こえるわ」
「その通りだろう」
息を吸う間も与えずに、ルークス様が言い返してくる。それに思わずゔっと言葉に詰まり、私は背もたれにもたれかかった。
「ところで、今日東の森へ行くのは魔法の練習のためだと言っていたが?」
私がくらったダメージをお構い無しに、ルークス様が話をどんどん進めていく。答えを催促されて、私は仕方なく答えることにした。
「ええ、そうです。学園で魔法を学ぶために、魔法適性テストで認められなくてはいけないんです」
私の言葉に驚いたように、王子が思わずと言った様子で目を見開いて身を乗り出してくる。
「お前は学園で魔法を学びたいのか?」
確かめるように聞かれたそれに、私は少し回復し、大きく首を縦に振った。
「あたりまえじゃないですか。まほうの授業をうけることができたら自分の身をまもることにもなりますし、とてもかっこいいですもの。
それがどうかしましたか?」
私が首を傾げると、乗り出していた身を元に戻してルークスが私から目線を逸らした。
「学園での魔法の授業は爵位関係なくクラス分けされるし貴族だからという特別待遇がないからな。多くの貴族の子供たちは行きたがらないのだと城のものが頭を抱えていたから驚いたんだ」
「まぁ。リジーをそこら辺の貴族の子息と同じにしないでください。リジーはそんな理由でまほうの授業をすてるもったいないことはいたしませんわ」
それにじっと私の目を見つめて__ルークス様ははぁっと息を吐いた。
「ルークス様。人の顔を見てため息をついてはいけないと誰かに教わりませんでした?」
「オレは王子だから誰にも何も言われなかったな」
「リジーはこんな人が次の王様だなんてとっても不安です」
「オレもこんな女が有力貴族の夫人になるかもしれないなんて信じられないよ」
再び言い返そうとした私を隣にいる兄様が窘める。ぽんと頭に乗せられた兄様の手が優しくて、私は思わず目を瞑る。
もちろん、「まるでネコですね」なんて執事の声は私には聞こえない。
「エリザベスの考えが周りに広がったんなら……自分の身分だけにみっともなくしがみついて、我が物顔で生活する腐り切った貴族たちも目を当てられるくらいにはなるだろうか」
私は目を閉じたまま、そんなルークス様の呟きを私は聞く。それに少し考えるように間を置いてから、兄様が口を開く。
「今も全てがそうという訳ではないのだから、王族のルークス様がその考えを持ち続けていたらきっと今よりも良くなると思う」
うっすらと目を開けるとルークス様も兄様も悲しそうな悔しそうな、なんとも言えない顔をしていた。
「ほらほら、いくら王族で第一王子といってもまだ九つなんですから。もう少し気軽に行きましょう」
ウルシュがしかたないなぁと言う風に軽く笑い、私と兄様を引き剥がす。
「わっ!」
「お嬢様とジロイド坊っちゃまは直ぐに離れましょう。ルークス様が妬いておられます」
せっかくの兄妹タイムを邪魔されたからか、兄様はウルシュとルークス様を睨んでいる。私もせっかく兄様に頭を撫でてもらえていたんだから、もう少し撫でていて欲しかったなぁと心で思った。
「お嬢様!東の森に到着致しました!」
私が名残惜しげに自分の頭を撫でた時、ソフィアが馬車のドアを叩いた。
それに慌てて私が立ち上がり、一番ドアの近くにいたウルシュがドアを開けてくれる。馬車を駆け下りて足を地面に着けて私は息を肺いっぱいに吸った。
山や田んぼばかりの田舎に住んでいた前世以来の、この澄んだ空気。
私は本能に従って__叫んだ。
「木しかないー!!」
お疲れ様でした。




