>>12 波乱の予感です
王宮……?
思わず私は首をかしげる。私の記憶では、王都の中心にある王族様たちが住んでいるお城だったはずだ。
公爵である父様はお仕事で、離宮に行くことは少なくない。が、王宮はとても神聖な場所とされ、余程の事がない限り騎士たちを除いた王族以外の人間が足を踏み入れることはできない決まりなはずなのだけど。まぁ、王族が会いたいと言えばそれで問題解決ではあるが。
えっ待って。今大切なことに気づいてしまったよ。
王宮は、王族直々に声がかからないととてもじゃないが足を踏み入れることは出来ない。そこに、父様が行っている。
いやぁぁ!父様ったらなんかやらかしたー!
すぅっと顔から血の気が引いていく。
王宮に呼び出されるレベルってどれぐらいなんだろう。王様の瞼に目を描いたとか?リンゴを六つ盗んだとか?
しかし青ざめた私とは反対に、大きな音を立てて部屋のドアが開き、何人かがベッドに向かって走ってくる。まだ小さな二つの影を押しのけて、最も大きな体を持つ人物が走ってきた勢いのまま私をぎゅうっと抱きしめる。
「リジー、無事に目覚めて本当によかった!大丈夫かい?」
心配気な顔をしながらも喜色を隠せないように大きな暖かい両手で確かめるようにぺたぺたと私の体を触る。
……今のは言い方が悪かったかな。変態みたいだ。
自分よりテンションの高い人を見ると人は冷静になるというのは、どうやら本当らしい。さっきまで父様に負けず劣らずの勢いで突っ込んできていた二人の小さな人物は、ゆっくりと歩いてベッドに近づく。
「あ、王子様」
思わずベッドから降りようとした私を手で制しながら、王子はほっとしたような戸惑ったような不思議な表情をしていた。
「ご令嬢が倒れられたと聞いて、宮も大騒ぎでした。無事に目が覚められてとても嬉しく思います」
お茶会のときとは全然違う話し方や雰囲気に私は少し狼狽える。お茶会のとき、もう少し雑な感じでしたよね。あ、これはお外用のお顔ですか、そういうことですか。
「ありがとうございます」と頭を下げて、王子の隣にいる、目を真っ赤に泣き腫らしたソフィアにおずおずと笑顔を向けた。
「おかえりなさい、ソフィア」
私が声をかけるとソフィアは父様を突き飛ばす勢いでこちらに突進してきて、声を上げて泣きながら私の左手を両手で包むように握る。そんなに心配させてしまっていたのかと申し訳なく思いつつ、迷いながらも右手でソフィアの頭を撫でた。
「リジー。まずは君が無事に目覚めてくれたことをとても嬉しく思う。本当によかった。」
少し落ち着いたソフィアをウルシュが私から引き剥がし、先にいた兄様やウルシュに加え、王子や父様、ソフィアが持ってこられた椅子に腰掛けた頃。父様が改まって私と向き合う。その真剣な様子に思わず私の喉がゴクリとなり、布団の上に無造作に置かれた手にも自然と力が籠る。
「ごしんぱいをおかけして、もうしわけありませんでした」
ぺこりと頭を下げると、どこからか安心したような溜息が聞こえた。
「ところで、リジーはあの茶会での出来事をどこまで覚えている?」
父様の質問に、私はさっき同じことを聞かれた時の答えと同じように返す。
「お茶会に大きないぬのような魔獣が出てきたところまでです」
そこからはもうあやふやで、白いモヤがかかったように思い出せないのだ。最後にウルシュと話した記憶はあるが、魔獣が出てからウルシュと話すまでの間が空白になってしまっている。
私のその反応に、父様は目線を下に落とし、小さく息を吐く。暫くして私と目線を合わせた父様は、ゆっくり説明してくれる。
「茶会に魔物が乱入し、何故か他の人や物には目もくれず、王女殿下だけを狙ったんだ。殿下に声をかけるが、殿下の体は恐怖で上手く動かない。魔獣が大きく口を開いた時に__」
けれど最後に言葉を切ると、言いにくそうに言葉を濁した。私が首を傾げると、王子があとを引き継いだ。
「急に現れた魔法陣によって氷の壁が作られて、魔獣は退散したんだよ」
そのお話に私はほー、と感心して何度も頷く。
たしかにこの世界には『魔力』という力が存在する。その力を持つ人はそんなに多くないが半分ほどで、珍しいものでは無い。がその大半はもっているだけで、今回のように体を巡る『魔力』を大気中に放出し、『魔法』として形に残るものを作ることが出来る人数は少ないのだ。
魔力の種類は攻撃に使われることが多い火・氷・土、傷を癒したり出来る水の四種類があり、その中でもやはり水の魔法の使い手は重宝されるのだという。
__ちなみに、【愛の王冠をその手に】のヒロインちゃんも魔法が使えて、得意魔法は水だった。多いよね、そういう癒し系ヒロイン。
頭の中で話がだいぶ脱線したが、そもそもの疑問が浮かび、私はそのまま口に出す。
「けど、なんでそれをリジーに言うんですか?」
ゲームの中でエリザベスは、魔術を使えないどころか、持っている魔力量もとてつもなく少なかった。ほとんど持って無いに等しい。つまり転生した私も魔法には無関係で、なんにも関わりがない。
私の質問に、皆が言いにくそうに目線を逸らし……
「っぐ、おじょうさまがっ、使ったんですよぅ、そのまほゔっ」
唯一答えてくれたのは嗚咽を漏らし続けているソフィアだけ。それも嗚咽のせいで、「お嬢様が使ったんですよ、その魔法」って感じに聞こえちゃってる。そんなわけないのに。それが何だかおかしくて、私はケラケラと笑った。
「まぁソフィア、いい加減に泣き止まないと私が誤解してしまうわ。私が使ったと言っているように聞こえるわ」
しかし、ありえないと笑う私の言葉を兄様が肯定する。
「合ってるよ、リジー。あの魔法はリジーが使っているように見えたんだ。兄だけじゃなくてあの場にいた誰もがね。」
その言葉に私の顔が笑ったまま強ばる。どうしよう、話がおかしな方向に転がっていく。たらりと嫌な汗が流れる。
「そうだ。それでやっと話の本題に入るのだが。
魔法を使ったお前を、多くの人が目撃した。その案件で私は王に求められるままに王宮に上がっていた。」
父様の話に身構えたのは私だけじゃなく、私の側についていたせいで報告をまだ受けていない兄様とウルシュも耳をすませる。
懐から封筒を取り出して、父様が立ち上がる。厳かに手紙を読み上げていく。
「これは王命だ。
__エリザベス・オースティンは十日以内に魔法適性テストを受けること。それに受かった場合にも然るべき行動をとること」
『魔法適性テスト』。
魔法の使用が確認された者が受けるテストであり、そこで魔法適性が認められれば高位の『聖騎士』や『魔道士』、『勇者』を目指す道が切り開かれる。……逆の意味でいえば、魔法を使えなければそれらの職には絶対になれないということだ。
【愛の王冠をその手に】でヒロインも受けるテストで、適性を認められるには少なくとも二種類の魔力を使った魔法が使えること。適性が認められているのは王国民の二割程度らしいが、実際には一割強くらいだと言われている。
それに、『受かった場合の然るべき行動』。
これは、力のあるものは学ぶべきだという考えの元、王国内にある学園に強制的に入学させられる。
ちなみに、ゲームのヒロインは適性を認められ入学した学園の先で、沢山の男とイチャイチャするのである。
王様の命令に、私は頭を抱えたくなった。わざわざゲームの舞台になる学園になんて行くつもり無かったのに。死にに行くつもりだって全くないのに。
もうほんと、私の穏やかで誰にも殺されることの無い生活が、だんだんと遠ざかっていくような気がしてたまりません。
私はもう嫌だと上から布団を被り、周りと完全にシャットアウトする。やっと回復したソフィアが、一緒にテスト頑張りましょう!と意気込んでいるのを感じて、私は深く息を着いた。




