>>10 危険の匂いがぷんぷんします
開いていただけて感謝です
咄嗟にテーブルの下に潜ったものの、やはり上にあるであろうお菓子の誘惑に、私は負けた。そろそろとテーブルの上を手でなぞり、テーブクロスから出してバスケットに入ったひとつを掴もうとする。が、指先がかするたけで掴めない。だんだんと腰が上がっていき、ついにはゴン!と頭を打つ始末。思わず手を引っ込めて、涙目になりながら頭を抑える。ああ、たんこぶが出来ている気がする。いや、これは絶対に出来るやつだ。
無言で歯を食いしばっていると、すぐそばから呆れたような溜息をが聞こえた。
「お嬢様……。もう少しご令嬢らしい服装と行動をお心掛けください。わたしやソフィアたちの寿命が縮まります……」
誰だよ !?とおもって振り返れば、次は側頭部をテーブルの足で強打。一瞬目の前がシャットアウトして、戻った時には星がチカチカと光っていた。
「いったぁ……!!」
うずくまった私に、さっきと同一人物と思わしき人がもう一度ため息をつく。「少々お待ちください」、って言ってテーブルの下から出ていったけど、それを言ったところで痛さで動けない私には特に意味が無い。
必死に打った二箇所をさすっていると、テーブルに誰かが潜り込んでくる。
「ほらお嬢様、氷です。これで冷やしてください」
「__ありが、とう」
氷を渡してくれるけど、口を開く度にガンガンと打った箇所が痛む。大きな袋に入った氷を私は二箇所ともに当てた。
そこで少し冷静になって、世話を焼いてくれた人の方を見る。そこにいるのはテーブルの下でも分かる黒髪と今は黒く見える瞳を持つ今朝会ったばかりの、
「ウルシュ」
その登場に驚いた私は、ぽかんと口を開けた。それにきまり悪そうに頬をかいたウルシュは、少し間を開けてから私のポニーテールを括るゴムに視線を合わせて口を開く。
「さっきケントたちがお嬢様を探していると言われて、わたしも探していたんです。そうしたら横を通り過ぎようとしたテーブルのテーブルクロスの下から手がのびてケーキを取ろうとしていて。
ケントが教えてくれたんです、お嬢様はケーキかお好きだと」
それに私はうっと言葉に詰まる。やっぱり隠れている状態でケーキに手を出すのはやめておくべきだったか。
でも、と私は心の中で言い訳する。
ケーキ美味しいんだもん!種類が何種類もあるから飽きないし、可愛いし!女のロマンなんだよー!
そんな私をみて、ウルシュが再びため息をつく。もしかして顔に出ていたか、と私が俯くのと同時にウルシュが私にプチケーキが乗っていたバスケットを手渡してくれる。
「お好きなんでしょう。さっき氷を取ってくる時に調理台に置かれているのを拝借してきました」
思わず嬉嬉として受け取った私に苦笑しながら、ウルシュは地面に腰を下ろす。体育座りをしてほおずえをつく執事服の美少年は、テーブルの下でも十分絵になるなぁとケーキを頬張りながら私は思う。
それでもウルシュに注意を向けたのもそれだけで、そのあとは手中のバスケットの中身に釘付けだ。
いやもう、その中には可愛いお菓子が夢のように詰まってる。
これはもう、夢の宝石箱や~!
一つ取り出しては食べる前の見た目のお楽しみも楽しみながら、あっという間にバスケットの中身が減っていく。
私のお腹は一杯になるどころか、次はどんなケーキが出てくるんだろうという希望でいっぱい。これがお菓子の力だよね。全世界の子供たちを魅了するお菓子の力だよ。
そして隣のウルシュの存在に気づいたのは、もうそろそろ三回戦始めるかー、という男の子の声が聞こえた時。ハッとして顔を上げた私は、目の前にウルシュの顔があって飛び上がるくらい驚いた。
それでもあっ、とドッジボールを思い出して悩んだ末にまだ少しケーキの残ったバスケットをウルシュに渡す。
「これ__。すこしだけど、まだのこっているわ。リジーはドッジボールで活躍しなきゃいけないから、もう食べられないから全部ウルシュにあげる。これからよろしくねっていう挨拶のしるし!」
驚いたようなウルシュの顔が面白くて、つい私はけらけらと笑った。
本当は今すぐ口に詰め込んで全部食べたいけど、今日一日で取ったカロリーのことを考えると、もう食べられない。食べちゃいけない。女子の体重管理は国家問題だ。
「ありがとうございます」
戸惑ったように受け取って、信じられないものを見るような目で見られて、私は少しむっとした顔をつくる。
「リジーがケーキをあげたのが信じられないの?リジーだって、たくさんあったケーキを独り占めするほど食いしん坊ではありません」
それに僅かに頬を緩めたウルシュに少し安心して、つい怒られたくないという幼い本音がぽろりと漏れた。
「だから、だからね。
リジーが隠れてたくさんケーキを食べたことは、誰にも言わないで。とうさまにバレたら、きっと怒られてしまうわ」
私のお願いに、ウルシュは緊張の糸が切れたように__優しく、おもしろ気に笑った。濃い緑色であるはずの、黒く見える瞳が私の目をまっすぐと見て、頷く。
「わかりました、エリザベスお嬢様。エリザベス様の執事として、そのお願いおききしましょう」
……うん、なんか。想像より大きい話になってしまったけど、この調子ならきっとウルシュは口外しないだろう。
「ありがとう」
・
広い中庭では、ドッジボールが五回戦目を迎えている。バチンバチンとゴムが誰かの肉を打つ音と、ザッと靴が地面を擦る音が絶え間なく聞こえる。それをどこか心地よく感じつつ、私はもう五十回目になる相手にボールを叩きつけた。
それを僅かに躱しきれず、ボールの餌食になったのはワンピースのような簡素なドレスを着た女の子。私が参加したことによって、徐々にだけど女の子の参加者も増えてきていた。
日も徐々に沈み、薄暗くなる。試合が終わり、飲み物を飲んでいた私のところに兄様が寄ってくる。兄様とは一回戦を始める前に話したのが最後で、服の事を言われるのかと少し身構えた。
「リジー」
けれど私の予想に反して、兄様は笑いを噛み殺しながら私のポニーテールにした髪を撫でる。
「その格好、とてもよく似合ってる。僕が一緒にいた令息たちも、そこら辺の着飾って高みの見物の女の子たちよりリジーの方がいいと言っていたよ」
僕はあまり面白くないけどね、と続けた兄様の言葉に、私はグサリと心のハートにガラスが刺さった気がした。そうだよね、自分の妹はやっぱり悪目立ちしない方がいいよね。そしたら令息たちに嫌味言われずにすんだもんね。
「すいません……」
項垂れて謝った私に、兄様は笑う。それから再び私の髪を撫でて兄様は言う。
「もうそろそろお開きにしようと思うんだけど__これ以上遅くなるとボールも見にくくなるし、帰りの馬車の危険性が高まる」
それに私は頷く。ボールが見えないということは、顔面クリティカルヒットの可能性が上がるということ。高位貴族が参加しているこの茶会ではやっぱり安全面が重視されるため、これ以上ドッジボールを続けるのは難しいだろう。
それにこの辺りではそんな心配はないとはいえ、遠いところから来てくれている人達は帰り道で盗賊なんかのごろつきに絡まれることもある。それがどうしても夜に多いから、やっぱりもうそろそろ終わりにしないといけないのだ。
「そうですね。おきゃくさまが盗賊に襲われてしまっては困りますもの」
それに兄様は頷くが、それにと私の考えを補足する。
「夜は魔物が出てくる時間だからね。この辺りも出ることがあるし」
その言葉に私の耳が反応する。
魔物。そういえば確かに、【愛の王冠をその手に】には出てきたような気がする。人の負の感情や人工的に作られたり、元々普通の生き物が持つことの無い魔力を持って生まれた生き物。見た目は動物と同じような姿をしたものから、液体のようにドロドロとしたものまで特に決まっていない。
『魔法』や『魔力』が存在するこの国では、頻繁に現れる害獣だ。魔獣から国を守るために、対抗する力を持つ人が就ける『聖騎士』や『魔道士』、更には『勇者』なんて職もある。
確かに騎士達がいたとしても、魔獣にはあまり意味が無いだろうなぁ。
私がそう思って頷いた時。
「ひっ……__!!」
私たちの隣にいた五歳くらいの男の子が青い顔を引き攣らせて腰を抜かしたように座り込む。つい彼が指さした方向に顔を向けた私と兄様は、同時に息を呑む。
「あ、あ……」
恐怖で喉が凍りついて、上手く声が出てこない。
私たちが見た先には、薄くなった中庭の隅。庭師たちが一生懸命整えてくれた多くのハコネウツギ。その間から覗いた……金に輝く、一対の瞳があった。
エリザベスは、とっても鈍いんです。




