6.森の迷わされしもの
騎士と少女は出てきませんご注意ください。
「くそ、くそっ、なんで俺がこんな目に」
男は薄暗い森の中を疾走していた。その男は髭を無造作に伸ばし村人が着ていそうな服の上にボロボロの革の鎧を身に付け、腰には抜け身の剣が下げられている。
男はこの森に拠点を持つ盗賊団の一味であった。だがその盗賊団は今はもうない。
盗賊達はこれまでと同じように森の中に身を潜め町と町を繋げる道の監視していた時だ。そこに一台の馬車が通った。馬車には二人の夫婦が乗っており道を進んでいく。
それを見た盗賊達は一人が拠点へ連絡している間に準備を整え男達は馬車に襲い掛かる。襲撃は成功し、馬車を奪う。ここまではいつも通りであった。
馬車の持ち主である夫が盗賊たちに激しく抵抗したのである。馬車に積まれていた剣を抜き盗賊の内若い者へ襲い掛かる。よくあることだと他の盗賊達が思ったであろう。通常であれば押さえつけ縄などで縛れば終わりだ。
殺しはしない、この世界で恨みを買っちゃ取り返しのつかないことになる。
だが若い盗賊は何を血迷ったか襲い掛かってきた男を殺してしまった。盗賊達は困惑した。この世界での人殺しはご法度である。盗賊の頭は顔を真っ青にして若い男に怒鳴りつける。
「馬鹿野郎、なんてことをしてくたんだ!」
「お、俺は、ち違うんだ!こんなつもりは」
彼は頭を抱え地に濡れた剣と地に倒れた男の間を彷徨う。それを見た頭は盗賊達へ指示を飛ばす。
「ちっお前らさっさとずらかるぞ、早くしろ!」
盗賊達は手際よく撤収を終える。そしてその場に残ったのは女と死んだの夫の死体だけである。
彼女はおぼつかない足取りで倒れた夫にしがみつく。涙を流し優しかった彼との記憶を思い起こす。どれほど時間が経ったのか、しだいに彼を奪った盗賊に黒い感情が沸き上がる。盗賊達を殺したい。
だが非力な彼女では到底盗賊達を殺すことなどできない。すると彼女は懐にしまっていたシンプルながらも美しいナイフを取り出す。これは夫がコツコツ貯めたお金で彼女にプレゼントしたものであった。彼女はこのナイフでいつも料理を作り彼を支えていた。
彼女はナイフを抜くと夫を見る。涙は止まり確かな決意と夫への謝罪の気持ちがあった。
「ごめんね、けどすぐ行くから待っててね」
彼女は禁忌を犯す。盗賊達へ沸き上がる恨みの感情を秘め、夫と二度と会えなくなることに涙し、そして輪廻の輪から外れる事への決意を胸に、ナイフを己に突き立てる。
彼女は夫の上へゆっくりと倒れその命を散らすのであった。
闇が深くなる頃彼女の体から黒い煙が立ち上る。その煙は次第に形をなしていく。その姿は彼女の容姿と酷似していた。その物は彼女の負の感情に魂を犯された彼女自身である。
壊れたこの世界では絶対にやってはならぬ禁忌と呼ばれる事柄がいくつかある。その内の一つに強い負の感情を抱えたまま自害することもその一つである。
強い負の感情は死の間際に己の魂を蝕み現世へと繋ぐ鎖となる。この鎖を解くことは自分ではできず、その身に宿した感情に忠実となり輪廻の輪に戻ることはなく現世を彷徨い続ける亡霊となる。
一般では迷いしものと呼ばれる死霊が誕生した瞬間であった。
彼女は突き立てたナイフを彼女だった体から引き抜き盗賊達が逃げていった森へ進んでいく。
盗賊達はこの後新たな日の目を見ることなく肉塊になるまで切り付けられ全員が死んでいった。




