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日曜日の朝。
「おはよう、起きなさい」
明るい声と一緒にカーテンが引かれた。
「今日はデートでしょ」
浮かれているほどの、母さんの声。
布団の中で目を開けていた僕に気づくと、ぎくりとしたみたいだったけど、すぐに、
「昨日はごめんなさいね、お母さん、いらいらしてたのね」
そうか。
いらいらしてた。
そんなもんで済んじゃうんだ。
「朝はトースト? ごはん?」
カーテンをまとめながら機嫌よく尋ねてくるのに、
「いらない」
僕はそっけなくつぶやいた。
「……そう]
母さんはぴくっと肩を強ばらせた。
「お父さんは何か言ってた?」
「……昨日も遅かったのよ」
知ってるでしょ、とことばじゃない声が続いた。
「そのうちに、お父さんとお話しなさい……進路のこととか」
僕が応えないでいると、母さんは、まるで部屋に爆弾があると急に気づいたように、パタパタと足音をたてて出て行った。
リカとの待ち合わせは九時。時計は今、八時十分。
僕はカーテンの向こうに広がる空を見た。
まばゆいほど青い空、きらきらと細かな光の粒子が飛び交っているみたいだ。
僕が悩んでも苦しんでも、世界はいつもと同じような朝を迎えている、まるで僕なんていないみたいに。世界と僕は関係ないみたいに。
何だか、もう、何もかもどうでもいいような気がしてきた。
布団をもう一度引き上げて眠ってしまおうかとぼうっとしていると、都おばあちゃんが部屋に入ってきた。
「今日、出掛けるんだってね」
なぜか、都おばあちゃんは機嫌がいい。
「ちょっとね、お小遣いをあげようと思って」
「いいよ」
僕は急いで跳ね起きた。
都おばあちゃんはとんでもなく責められたみたいに一歩体を引いて、
「年金から少しずつ貯めたんだよ」
しょんぼりしたように言った。
「うん…」
「何もしてやれないだろ、だからね、せめてお小遣いでもね」
「ありがと、でもさ」
僕は繰り返し慣れたことばを口にした。
「それ、大事なお金なんだし、おばあちゃんが好きなものでも買ったら」
「孫に小遣いをやれるぐらいの甲斐性もないっていうのかい?」
「え? いや…」
「人の好意は受け取るもんだよ」
都おばあちゃんは僕の手に数枚の札を握らせた。
「お母さんには言ってあるから」
それが嘘なのはわかっている。何度も繰り返されたことだから。
僕はため息をついた。
「ありがとう、おばあちゃん」
「はいはい」
部屋を出て行くおばあちゃんを見送り、急いで服を着替えた。青のチェックのオーバーシャツにグレイのストレートパンツ、リカに合わせたくて買った服。
待ち合わせまで、もう三十分ほど。
階段を降りていくと、テーブルの上にミニトーストとコーヒーがあった。そのまま通り過ぎようとすると、流しの前に立っていた母さんが、
「一口ぐらいは食べていけるわよ、時間はあるでしょ」
いらないっていうのは、時間のことだけじゃなくて、食べたくないってことなんだ。
そう説明しかけて、都おばあちゃんにもらった『お小遣い』を思い出した。
「都おばあちゃんから五千円もらったから」
「まあ」
案の定、母さんは眉をしかめた。
「お小遣い、足りなかったの」
まるで、僕がねだったみたいに決めつけた。
「要らないって言った」
「そんな言い方はないでしょう、おばあちゃんだって、心配してくれてるのよ」
ああ、これもいつものゲームだ。
僕はうんざりして口をつぐんだ。
どう応えても、結局は僕の配慮が足りなかったということになる。母さんのことばはいつも完全で完璧だから、間違っているのは僕に違いないというわけだ。
「もういいよ」
「もういいって何なのよ」
吐き出すようにつぶやくと、逃がすまいとするみたいに母さんが唇をゆがめた。ひくひくし始めているこめかみに、体の内側から力が抜き取られていく。
きっと、僕が何を言っても、母さんには聞こえない。また、この間みたいに、開店休業状態でおかしいのは僕ということになるだけなんだろう。
僕も話せない、母さんも聞く気がないのに、どうして話したいんだろう。
「だからいいんだよ」
「和樹、人と話しているのに、その言い方はないでしょう」
母さん、人と話す気なら、その聞き方をナントカしなよ。
そう言うのさえうざったい。
いきなり睨みつけたせいか、母さんは口を閉じた。
「お父さんに話してもらうわ」
僕が何も言わないでいると、切り札のように低い声で付け加えた。
絶対おまえが間違ってるって思い知らせてやる。
そんな呪いの声が二重録音のように母さんの声に重なって、僕は背中を向けた。




