孤児院宛て薬箱の略印は、まだ飲んでいない夜薬を受領済みにできません
ローゼン商会の臨時荷受棚の奥に、小さな木箱が一つ残っていた。
薔薇の布で巻かれ、晩餐会用の香草飾りと同じ棚札をつけられている。けれど、蓋の隙間から見えた綿は、飾りではなかった。瓶が割れないよう詰める、薬箱の綿だ。
「孤児院宛て薬箱、荷受済み。式典贈答品へ編入可」
ローゼン商会の帳場係は、先ほどと同じ短い略印を指で押さえた。
「救済基金からの品も、今夜は王子府の名でまとめてお渡しします。孤児院へは後日、感謝状と一緒に」
後日。
その言葉で、荷受棚の前に立っていた小さな使いの少女が、喉を鳴らした。濡れた頭巾の下から、割れた木札を差し出す。
「夜薬の受け取りに来ました。弟が、夜になると咳で眠れなくて」
札には、孤児院薬棚、夜一瓶、とだけ書かれている。受領印はない。代わりに、棚札の端へ同じ略印が押されていた。
わたくしは木箱を持ち上げなかった。まず、棚板へ三つの線を引く。
薬箱がここへ置かれた時刻。
孤児院の薬棚へ届いた時刻。
夜薬を飲む子の名。
「略印で確認できるのは、一つ目です。木箱がここへ置かれたことだけ」
帳場係が唇を固くした。
「同じ品です。贈答品として渡せば、孤児院にも名誉が――」
「薬は、拍手で飲めません」
言ってから、わたくしは木箱の封を見た。封蝋は割れていない。冷たい棚に置かれていたせいで、瓶の中の薬は少し白く曇っている。
ミリア様が一歩前へ出た。
彼女は王子府の贈答札をはがすのではなく、その横へ自分の席札を置いた。
「わたくしの名で、飲んでいない薬を受領済みにしないでください」
それから少女の木札を受け取り、ゆっくりと読み上げる。
「孤児院薬棚。夜一瓶。弟さんのお名前は」
「ノアです」
少女の声は、晩餐会場の音より小さい。けれど、薬箱には十分だった。
シェリア様が濡れ外套掛けに結んだ白い紐をほどき、今度は木箱の取っ手へ結び直した。
「これは贈答棚ではありません。夜薬が届くまでの保留紐です」
アレン様は返書筒を抱えたまま、門番へ目を向けた。
「夜門を半刻だけ開けておけますか。北方返書便の馬車灯は、薬箱の小箱も照らせる」
門番は馬車灯の油札を確認し、うなずいた。
「半刻分なら、まだ帰路に回せます」
帳場係が声を荒げた。
「式典の贈答一覧が合わなくなります」
「合わないのは一覧ではありません」
わたくしは略印札の下へ、青い保留印を押す。
薬箱到達未完了。
夜薬本人未服用。
贈答編入不可。
「薬箱の到着条件です」
少女は木箱を両手で抱えた。重くて少しよろけると、セリムが外套未受取札を懐へしまい、代わりに箱の底を支えた。
「僕は待機賃をまだ受け取っていません。だから、半刻分はこの箱を運ぶ仕事にします。賃札は、孤児院の門で閉じてください」
ミリア様が、その賃札にも自分の名で証人線を引いた。
「薬がノア様の口へ届くまで、わたくしは贈答済みにしません」
木箱が夜門へ運ばれる。晩餐会の拍手はまだ遠い。けれど、門の外で馬車灯が一本、孤児院へ向かって細く伸びた。
そのとき、箱の底板に貼られた古い紙片が、油灯に照らされて浮かび上がった。
孤児院夜薬、受領済み。
署名欄には、まだ到着していないはずのノアの名が、子供の字ではない筆跡で書かれていた。




