半刻早い机印は、兄の外套が夜門をくぐる前に返書を読めません
夜門の外側には、晩餐会の音が届かなかった。
代わりに聞こえるのは、馬の鼻息と、濡れた外套から落ちる水の音だった。帰着馬溜まりの細い庇の下で、馬丁の少年が革紐を握りしめている。
リオネル帰着予定馬。
外套受取札。
交替馬丁半刻待機賃。
三枚の札のうち、上の二枚だけに「済」の朱が押されていた。
「リオネル様の机印写しは、半刻前に使用済みです」
王子府の式典係が、内門からまだ同じ紙を掲げた。
「したがって返書は読了扱い、兄君の所在も事務上は帰着済みとしてよろしいかと」
馬丁の少年が、外套受取札を胸に抱えた。
「ですが、外套はまだ戻っていません。替え馬も、まだ汗を拭いていません」
その声は小さかった。けれど、帳簿には十分だった。
わたくしは夜門帰着簿を木机に開いた。墨の濃い一行を、指でなぞらず、隣へ新しい欄を引く。
机印使用時刻。
本人帰着時刻。
外套受取時刻。
馬丁交替時刻。
「机は、外套を着て門をくぐりません」
式典係の眉が跳ねた。
「何を当然のことを」
「当然なら、当然の欄に分けます。机印が半刻前に使われたことは、リオネル様が半刻前に返書を読んだ証拠ではありません。外套が戻らず、替え馬が休めず、馬丁の交替賃が閉じられていないなら、その帰着はまだ生活へ届いていません」
アレン様が返書筒を抱え直した。
「兄上の名を、先に読了へ使わない」
ミリア様は、夜門待機札の端に自分の名を書いた。
「わたくしも、兄の机印を理由に返事を済ませません。兄が帰ったか、外套を受け取った人が言えるまで待ちます」
馬丁の少年が息を吸った。
「では、待機賃は……」
「半刻分を保留ではなく、待機中として記録します」
わたくしは交替馬丁半刻待機賃の札へ、青い線を引いた。
未払いではない。
未完了でもない。
返書読了のために消してよい時間ではない。
シェリア様が濡れ外套掛けを庇の奥へ動かした。北方使節の従者が、そこへ自分の外套を一枚掛ける。
「戻る者の外套を待つ場所があるなら、返事を待つ者の場所も残ります」
門番が、帰着灯を一本、馬溜まり側へ移した。内門ではなく、外套掛けと替え馬のあいだに置く。
灯の下で、馬丁の少年は自分の名を書いた。
「セリム。替え馬担当。リオネル様の外套、未受取」
名前が入った瞬間、式典係の「帰着済み」は、ただの朱印になった。
わたくしは机印写しを青札で封じる。
机印使用半刻早。
本人帰着未照合。
外套未受取。
馬丁待機賃継続。
「この四つが揃うまで、返書は読了済みになりません」
そのとき、帰着簿の下段に貼られた薄い控えが、夜風でめくれた。
リオネル外套受取人欄。
そこには、兄の名ではなく、ローゼン商会臨時荷受人の略印が押されていた。




