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断罪直前の悪役令嬢、領地の税帳を読み上げただけで王子派閥が崩壊しました  作者: 花守りつ


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標準返答三音は、封蝋を割る前の返事ではありません

晩餐会場の脇に、北方返書席が三つ並べられていた。


アレン様の席札。ミリア様の席札。シェリア様の席札。


その前に置かれた小さな銀管から、同じ高さの音が三つ鳴る。


「はい」


「従います」


「異議なし」


声譜係の青年は、ほっとした顔で帳面へ筆を落とそうとした。


「標準返答三音、時刻二十刻前に確認。これで配膳前声合わせ済みへ――」


「待ってください」


わたくしは、まだ冷たい封蝋に指を添えた。北方の紋章は割れていない。返書の中身を読んだ者は、まだ一人もいない。


その隣の蜂蜜水は、声譜係の机側に置かれていた。返答する人の喉ではなく、代わりに音を出す人の喉を守る位置だった。


「この三音で確認できるのは、管が鳴った時刻と音程だけです。誰が返書を読み、誰が自分の喉で返したかまでは確認できません」


青年は驚いたように口を開けたが、すぐに自分の帳面を見下ろした。


「……確かに、私の確認欄は『音程』『時刻』『管番号』だけです」


「では、その範囲で書いてください。返答済み、ではなく、本人練習音。返答未了」


わたくしが言うと、ミリア様が小さく息を吸った。


彼女は三音管を見つめたまま、「はい」と言いかけていた。言えば、声譜係の帳面はきれいに閉じる。晩餐会の支度は一つ進む。けれど、その「はい」は北方返書を読んだ返事ではない。


「……これは、練習の音です」


ミリア様は、自分の席札を引き寄せた。


「まだ読んでいません。返答欄ではなく、保留欄へ置いてください」


その声は震えていたが、三音管の音よりもずっと本人の声だった。


声譜係は黙ってうなずき、蜂蜜水の小杯をミリア様の席へ移した。


「喉を使う方の席ですね」


アレン様が封蝋へ手を伸ばし、けれど割る前に筆を取った。


「北方への返答は、読んでからでなければ僕の声ではない」


彼は返書席札の読了欄に、そう自分の名で書いた。


シェリア様は三枚の席札を見比べ、端に置かれていた夜門帰路札へ手を伸ばす。


「返答保留でも、北方使節の温石を閉じないで。返事を待つ側の夜まで、済みにしてはいけません」


北方使節の一人が、厚い手袋を脱がずに立っていた。返書が遅れれば、彼らは夜門の外で待つ。凍る指で、返事を受け取るために。


わたくしは温石の札を一枚、三音管の横ではなく使節席の火鉢の前へ戻した。


「標準返答三音は、晩餐会の都合で人の返事を短くするためのものではありません。読了、返答、保留。三つは別の欄です」


声譜係は、先ほどの行を二本線で消さず、横に青い保留印を押した。


消せば、最初から誤りがなかったことになる。残せば、三音管が返答済みへ編入されかけた証拠になる。


「本人練習音。返答未了。北方温石、返答待機中は閉じない」


青年が読み上げると、ミリア様はようやく蜂蜜水を一口飲んだ。


小さな甘さで喉を守ってから、彼女は自分の席札にもう一行を書き足す。


「私は、読んでから返事をします」


それだけの文が、三つの音より重かった。


アレン様の封蝋は、まだ割られていない。だからこそ、まだ誰の返事も盗まれていない。


わたくしは三音管を布で包み、底の刻印を見た。


そこには小さく、こう写されていた。


`王子府式典返答標準表。リオネル机印写しで代読可。`


「……代読可、ですか」


シェリア様が低くつぶやく。


わたくしは青い保留印の隣へ、もう一枚の札を置いた。


「次は、代読という言葉が、誰の封蝋と蜂蜜水と温石を動かすのかを読みます。犯人名より先に、動かされる夜を数えましょう」

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