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断罪直前の悪役令嬢、領地の税帳を読み上げただけで王子派閥が崩壊しました  作者: 花守りつ


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36/50

薔薇木箱の底板は、空箱回収車の片輪だけを隠せません

薔薇木箱の底板を裏返すと、右側の縁だけに、黒い泥が厚く残っていた。


 けれど王子府式典倉庫の裏口に刻まれた空箱回収車の轍は、左右とも同じ幅で、乾いた白砂を踏んでいる。


「この車ではありません」


 馬丁のセリムが、泥のついた手袋を膝の上で握った。


「昨夜、箱を積み直した車は、左の蹄鉄が欠けていました。片輪だけ深く沈んだので、泥落としを頼まれたんです。でも、空箱回収車の名で出た支払い札には、その泥落とし賃がありません」


 ローゼン装飾商会の使いは、薔薇布の束を抱えたまま、早口で言った。


「箱は戻りました。回収車の車輪がどれでも、装飾品の処理は済んでいます。泥落としなど、王子府の裏口雑費でしょう」


 倉庫係が帳面を抱え直す。


「空箱回収済みなら、車の違いまでは……」


「違います」


 エレノアは底板の泥を、青い紙片の上へ落とした。


「空箱回収済みは、箱が運ばれたと言うための言葉です。泥を落とした人、蹄鉄を見た人、裏口の灯をつけた人の支払いまで済んだ証拠にはなりません」


 ミリアは、兄の名札に手を伸ばしかけて、そこで止まった。


「兄が帰る前に動いた車は、兄の行ではありません」


 彼女はリオネル帰着予定の札を動かさず、その下に新しい細い札を置いた。


『兄帰着前移動車。片輪泥。別列保留』


 シェリアは裏口の通行札を門番へ返さず、馬丁の前へ差し出した。


「責めるためではありません。あなたが何時に帰れたか、どの灯を使ったかを書いてください。温麦粥の券も、ここへ残します」


 セリムは一度だけ瞬きをした。それから、泥で汚れた指を拭き、自分の名で時刻を書いた。


「二十二刻三分。裏口灯、一つ。蹄鉄確認、左前。帰宅は遅れました」


 エレノアは倉庫係へ向き直る。


「空箱回収車の札で、この支払いを閉じないでください。箱が空かどうかより先に、働いた人がまだ夜を終えていません」


 倉庫係は判を持ち上げ、赤い処理済み欄へ押さなかった。


「泥落とし賃、蹄鉄確認代、裏口灯油、温麦粥券。四つ、未完了で残します」


 小さなことだった。けれど、豪華な薔薇飾りより重い四つだった。ミリアは兄を庇わなかった。兄の前に動いた車と、働いた馬丁の夜を、別の行に分けただけだ。


 その時、セリムが通行札の裏を見て、声を低くした。


「この片輪の蹄鉄番号……空箱回収車ではありません。倉庫裏の廃材置き場へ戻る車の番号です」


 通行札の端には、まだ濡れた字で、一行だけ追記されていた。


『装飾廃材、売却済み』

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