リオネル私室の返却済み表札は、本人の椅子を閉じません
王子府式典倉庫の奥に、私室机の返却棚があった。
薔薇飾りの木箱と同じ赤い封紐で、細い表札が一枚、棚板へ結ばれている。
――リオネル・アシュベリー私室机、九刻前返却済み。
けれど棚の前に置かれた椅子には、外套の皺も、泥のついた靴跡もなかった。夜門から戻った者が最初に置くはずの手袋皿も空で、机の引き出しに入るはずの鍵束だけが、冷たい銀皿の上で鳴った。
「机が返ったなら、リオネル様の確認も済みです」
式典倉庫の書記が、表札へ指を伸ばした。
「本人は後ほどお戻りになります。支度費原本の閲覧と、北方返書便の積載は、机返却をもって完了扱いに――」
「机は、椅子に座って返事を読みません」
エレノアは表札を外さず、棚の下へ夜門の帰着札を並べた。
一枚目、リオネル本人帰着欄。空白。
二枚目、私室椅子使用確認。空白。
三枚目、北方返書便の封蝋読了者。空白。
三つの空白がそろうと、返却済みという赤い文字だけが、急に薄く見えた。
ミリア様が兄の鍵束を見つめる。責めるための目ではない。帰っていない人の机だけが先に働かされていると、ようやく読めた目だった。
「兄の机で、兄が読んだことにされるのですね」
「まだ、兄上が何をしたかは書きません」
エレノアは税帳の余白へ、青い線を引いた。
「先に書くのは、リオネル様が帰って座り、自分の手で北方の返事を読むまで、この机印を生活影響確認に使えない、ということです」
セリムが夜門から持ってきた仮寝毛布札を差し出した。
「馬丁二名、待機賃金の半刻延長を希望しています。机返却済みにされると、待機理由が消えます」
「消しません」
ミリア様は震える指で、自分の名を書いた。
――兄リオネル未帰着。机返却済みを本人読了済みに編入しない。馬丁待機賃金、北方返書便灯油、仮寝毛布は保留継続。
書き終えると、倉庫の外で馬が鼻を鳴らした。夜門から走ってきた馬丁が、濡れた帽子を抱えて膝をつく。
「リオネル様の馬車ではありません。ですが、私室机の脚に巻かれていた古い荷札が、馬房に落ちていました」
荷札には、王子府式典倉庫ではなく、ローゼン装飾商会の名があった。
そして小さな追記が、黒いインクで一行だけ残っている。
――私室机、夜間貸与。返却先、本人椅子ではなく薔薇木箱内。




