表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
断罪直前の悪役令嬢、領地の税帳を読み上げただけで王子派閥が崩壊しました  作者: 花守りつ


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
31/50

候補者待機馬車の飼葉代は、北方の返事を食べて走れません

夜門の馬車灯は、二台ぶんに増えた。


けれど馬丁が足元へ置いた飼葉袋は、一つだけだった。袋の口は王子府の赤紐で結ばれ、底には湿った紙片が貼りついている。


――候補者待機馬車二名分。


――飼葉代、北方物資返答不要行より振替。


エレノアは袋を開けさせず、まず灯の影を見た。油皿二つ、外套二着、夜門札二枚。帰る条件はようやく二人分へ戻ったのに、その馬が食べる飼葉だけが、遠い北方の返事を飲み込んでいた。


「飼葉は馬の腹へ入るものです。返事の代わりに食べさせるものではありません」


侍従は顔をしかめた。


「北方物資は返答不要処理済みです。式典進行の安全を優先し、候補者の待機馬車へ振替えることは礼法監の裁量内で――」


「不要と書かれたのは、誰の返事ですか」


エレノアが問うと、夜門の石畳に雨音だけが残った。


馬丁は袋の底をそっと返した。濡れた紙片の下から、小さな封蝋つきの札が二枚落ちる。一枚には、北方第三見張り小屋。もう一枚には、凍傷薬箱、封緘確認待ち、と細い字があった。


セリムが夜門通過簿を開いた。


「第三見張り小屋への返書便、今夜の灯が一つ消されています。理由欄は、返答不要処理済み。けれど灯油札は未使用で、受領者名も空欄です」


イーダは温乳の空杯を両手で抱えたまま、ミリア様とシェリアを見た。


「候補者の帰る馬車が必要なのは本当です。でも、北方の夜番さんが返事を出せないままなら、その人の薬箱も、明日の交代も止まります」


シェリアは白手袋札を握りしめ、馬車の前へ一歩出た。


「私の帰り道で、北方の返事を食べないでください」


声は小さかった。だが、姿勢札に手首を縫い止められかけたときより、まっすぐだった。


ミリア様も青札を差し出す。


「私の待機馬車欄を、返答不要欄から切り離してください。私は帰りたいです。でも、誰かが返事をしないままになるなら、その飼葉はまだ受け取れません」


エレノアは税帳の余白へ、飼葉袋を横領額としてではなく、到着条件として分けた。


――候補者ミリア、帰還馬車必要。


――候補者シェリア、帰還馬車必要。


――飼葉袋一袋、出所未分離。


――北方第三見張り小屋返書札、未返答。


――凍傷薬箱封蝋、受領者未確認。


――夜門返書便灯油、一灯未使用。


「二人を帰すための馬車は守ります。けれど、その飼葉が別の誰かの返事を食べて走るなら、候補者の帰還条件もまだ完了していません」


侍従は赤い紐へ手を伸ばした。


「でしたら別会計から仮払いを――」


「仮払いの前に、目的語を戻します」


エレノアは飼葉袋を破らず、青い保留紐で結び直した。馬丁へは別の倉から未使用の飼葉を一抱え出すよう命じ、セリムには夜門通過簿を二列へ分けさせる。


片方は、候補者二名の帰還馬車。


もう片方は、北方第三見張り小屋への返書便。


イーダは温乳の盆の端に、凍傷薬箱の封蝋札を寝かせた。


「薬箱が誰の手に届くか分かるまで、温乳の受領印と一緒に閉じません」


ノラ・シェルは外套棚から青い糸を一本抜き、返書札の角へ結んだ。


「返事も外套と同じです。着る人、読む人、待っている人のところへ戻るまで、飾り紐にはしません」


馬丁は新しい飼葉を馬へ運びながら、濡れた封蝋を見つめた。


「北方の第三見張り小屋、うちの兄が去年までいました。返答不要なんて、あそこが一番嫌う言葉です」


その証言を、エレノアは青い明細の下へ添えた。犯人名ではなく、返事を待つ場所の名として。


夜門の二台の馬車灯が、ようやく別々の道を照らす。ミリア様とシェリアの帰る道。北方へ一通だけでも返事を戻す道。


二つは、同じ飼葉袋で閉じてはいけない。


そのとき、返書札の裏ににじんだ文字が浮いた。


――返答不要処理済み。北方側受領者、ガレン・リード代理欄。


セリムの筆が止まる。


以前、冬越し薬草酒の受領印に出た、死者の名だった。


しかも代理欄の時刻は、候補者待機馬車の飼葉受領時刻と同じだった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ