礼法監の姿勢読了印は、二人分の外套を夜門へ返しません
内覧室の扉を出ると、夜門前の外套棚に名札が二つ並んでいた。
ミリア様。
シェリア様。
けれど掛けられている外套は、一着だけだった。濡れた石畳の上には片方の外靴だけが温め布に包まれ、馬車灯の油皿は一台分しか火を含んでいない。
王子府の侍従は、先ほど椅子の裏から落ちた赤い紙片を胸元へ押し込もうとした。
「候補者二名、姿勢読了済み。礼法上は式典側待機です。帰還手続きは後ほどまとめます」
エレノアは紙片を奪わず、外套棚の空いた鉤を指した。
「姿勢読了印は、夜道を歩く肩を温めません。二人分と書いたなら、外套も、外靴も、帰る灯も二人分です」
シェリアは白手袋札を胸に抱いたまま、棚の前で立ち止まっていた。彼女の外套の裾には、扉外で待っていた雨粒がまだ残っている。
ミリア様は自分の青札を見下ろし、それからシェリアの横へ並んだ。
「私の影で、シェリア様の帰り道まで済みにしないでください」
その声は、さっきまでの怯えではなく、誰かを同じ夜の側へ引き戻す声だった。
イーダが配膳盆を持って走ってきた。温乳の札は一枚にまとめられ、受領済みの赤線が引かれている。
「二名候補者控室分、とあります。でも杯は一つです。飲んだ方の喉も、飲んでいない方の喉も、同じ受領にはできません」
ノラ・シェルは外套棚の鉤に残った糸くずをつまんだ。
「こちらの鉤、袖口の香油が違います。シェリア様の外套は、まだ本人へ戻っていません。控室用に掛け替えた跡だけです」
セリムは夜門通過簿と馬車灯を照合した。油皿の縁に、煤のついていない半分がある。
「灯は一台、外靴札も一枚、馬丁の飼葉札も一頭分です。二人を読了済みにしたのに、帰れる数は一人分しかありません」
赤い礼法語が、外套棚と温乳と馬車灯の前で薄くなっていく。
エレノアは税帳の余白へ青い明細を置いた。
――候補者ミリア、外套返却未確認。
――候補者シェリア、外靴未着用。
――温乳二名分、受取未完了。
――夜門通過札、一枚不足。
――馬車灯一台、二名帰還条件を満たさず。
「姿勢読了済みは、帰着済みではありません。座ったことにする紙で、帰る肩と足と喉を消してはいけません」
シェリアは震える手で夜門札を受け取った。
「まだ座っていません。まだ帰っていません。夕食も、受け取っていません」
三つの文を書き終えると、彼女は初めてミリア様を見た。
ミリア様はうなずき、自分の札にも同じ行を写した。ただし名前は並べない。二つの別々の空欄へ、それぞれの筆跡で書いた。
イーダは温乳を二つの杯へ分け、受領済み赤線の横に「未配膳」と青く添えた。ノラは空いた鉤へシェリアの外套を戻し、袖口を本人の肩に合わせてから名札を掛け直した。セリムは夜門札を二枚へ切り直し、馬車灯の油を足すまで通過欄を閉じなかった。
王子府の侍従が低く言った。
「礼法監の承認を待たずに、門手続きを変えるおつもりですか」
「変えていません」
エレノアは赤い紙片を青札の下へ隠さず、夜門通過簿の横へ並べた。
「承認が本物なら、誰の外套を返し、誰の足を門から帰し、誰の温乳を受け取らせたのかを読めるはずです。読めない承認は、生活影響明細が未添付です」
夜門の灯が、二つに分けられた杯の縁を照らした。
敵同士の候補者ではなく、まだ帰っていない二人の名前が、同じ棚の前で別々に守られている。
そのとき、馬丁が飼葉袋の下から折れた請求書を差し出した。
「……これ、候補者待機馬車の分として渡されました。でも支払欄が変なんです」
紙には、細い赤字で書かれていた。
――候補者待機馬車二名分。
――飼葉代、北方物資返答不要行より振替。
――承認者、王子府礼法監。
エレノアは、外套棚の空いた鉤をもう一度見た。
候補者の帰り道まで、北方から返ってこなかった声で買われていた。




