表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
断罪直前の悪役令嬢、領地の税帳を読み上げただけで王子派閥が崩壊しました  作者: 花守りつ


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
28/50

王子府内覧室の標準影は、ミリアの袖が椅子に触れる前に済みにできません

王子府内覧室の椅子は、冷たかった。


 磨かれた背もたれにも、座面の縁にも、人が少し前まで座っていた温みはない。けれど卓上の控え紙には、きれいな赤字でこう書かれている。


 標準声・標準影、内覧室にて確認済み。

 候補者ミリア、着座姿勢適合。


 ミリア様は扉の外で、自分の袖を見下ろした。支度室の薄布は、まだ肩から落ちないようにノラが仮紐で留めたままだ。袖口には内覧室の椅子布に触れた毛羽も、香油の匂いもない。


「私の袖は、まだあの椅子に触れていません」


 声は震えたが、彼女は逃げなかった。エレノアが差し出した青い余白へ、自分の名で書く。


 候補者ミリア。

 袖、内覧室椅子未到着。

 標準影で着座済みにしない。


 イーダは銀盆の水杯を持って、椅子横の小卓へ近づいた。水の縁はまっすぐで、誰かが指を添えた跡がない。


「候補者様が座れば、杯を持つ時にここへ指の曇りが残ります。これはまだ、本人未着杯です」


 彼女は空杯棚ではなく、小卓の下へ青札を貼った。


 水杯一、本人未着。洗い場返却不可。


 ノラは外布の端を、内覧室の鏡へ向けた。鏡面には戸口の白い冷気だけが映り、室内灯の金色はどこにもない。


「この影は、外の廊下の明かりです。内覧室の灯で候補者様の影が映ったものではありません」


 セリムが油皿に指を近づけ、すぐに首を振った。


「冷たいです。火を入れた後の匂いもしません。点灯済み欄には移せません」


 エレノアは赤い控え紙を破らず、椅子の前に置いたまま青欄を四つに分けた。


 袖、椅子未到着。

 水杯、本人未着。

 鏡影、廊下反射。

 油皿、未点灯。


「標準影とは、本人が座る前に椅子を温める便利な影ではありませんわ」


 王子府の侍従が唇を歪める。


「内覧の標準姿勢は、候補者全員に同じ礼を保たせるためのものです。お一人の袖や杯で、進行を止められては――」


「同じ礼を保つなら、同じ痛みも本人に読ませるべきです」


 ミリア様が、初めて侍従のほうを見た。


「私は、まだその椅子に座ると決めていません。私の影だけを先に座らせないでください」


 その一言で、イーダが水杯を守る手に力を入れ、ノラが外布を畳まず、セリムが油皿の未点灯札をもう一度見える向きに直した。


 大きな断罪ではない。


 冷たい椅子が冷たいまま、空でない杯が空杯にされず、映っていない影が映ったことにされなかっただけだ。


 けれど扉の外に立つ候補者が、自分の袖がまだ届いていないと言える場所は、そこで守られた。


 エレノアは控え紙の裏を返した。鏡台の脚に挟まっていた古い赤札が、紙の端に貼りついている。


 標準候補者姿勢、二名分転写可。

 第一候補未着時、第二候補影で補完。


 ミリア様の影だけではない。


 この内覧室は、誰かの姿勢を、別の誰かの影で埋めるために使われていた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ