披露責任者控えは、候補者より先に搬入口へ帰れません
聖女院搬入口の扉は、晩餐の飾り布より先に開いていた。
侍従が差し出した白い封筒には、王子府の赤い封蝋と、聖女院の細い銀印が重なっている。荷馬溜まりの冷えた石床へ落ちた蝋くずが、セリムの温石の湯気のそばで固まった。
披露責任者控え。
候補者ミリア同席確認済。
聖女院搬入口受領、九刻一分。
エレノアは、封筒を受け取らず、まずミリア様の足元を見た。
ミリア様はまだ荷馬溜まりに立っている。手燭を持ち、リーネの青い読了分離欄と、セリムの温石貸与札を見届けている。
「候補者様は、どこを通って聖女院搬入口へ帰られましたの」
侍従は、息を整えながら眉を寄せた。
「帰られた、ではありません。控えが帰着したのです。候補者様の同席確認は、搬入口の受領印で足ります」
「足りません」
ミリア様が答えた。
今度の声は、荷馬溜まりだけでなく、開いた搬入口の奥にも届いた。奥では、聖女院の下働きらしい少女が、白布をかぶせた籠を抱えて立ち尽くしている。籠の札には、晩餐前清め布、と書かれていた。
「私はここにいます。セリムさんの温石貸与を見届けています。リーネさんの読了場所も、まだ閉じていません。私より先に帰った控えで、私の同席を済ませないでください」
エレノアは青筆を取り、封筒の上へ直接ではなく、横に置いた搬入口帳の空き欄へ線を引いた。
控え到着。
本人到着。
本人声確認。
閉じられる生活手順。
「披露責任者控えを、荷物として扱いますわ。封筒は届いた。けれど、候補者本人は届いていない。声も届いていない。では、この封筒で何を動かそうとしたのかを先に読みます」
侍従の顔が青くなる。
「それは聖女院の正式控えです。搬入口で受領した以上、晩餐前清め布の支給と、候補者控室への戻しが――」
少女の籠が小さく揺れた。
リーネが、籠札を読んだ。
「晩餐前清め布、候補者同席確認済みにつき支給。使用後、控室へ返却済み扱い……」
「まだ使っていません」
少女が思わず言った。すぐに口を押さえたが、ミリア様は彼女へ手燭を向ける。
「あなたの名で、言えますか」
「ノラ・シェルです。聖女院搬入口の布籠係です。候補者様のお顔は、まだ見ていません。布も渡していません。けれど受領済みだと、返却棚へ戻せと言われました」
セリムが、温石を抱えたまま一歩動いた。
「じゃあ、その籠が返却済みになると、ノラさんの帰り札は」
ノラはうつむいた。
「布を渡したことになるので、搬入口に残った理由がなくなります。次の籠を取りに、外の水場へ戻れと言われます。夜道です」
荷馬溜まりの空気が変わった。
封筒一枚が、候補者の声だけでなく、布籠係の帰り道まで閉じようとしていた。
エレノアは、青い保留紐を封筒には結ばず、ノラの籠札へ結んだ。
「控えは封じたまま保全。清め布は、本人未渡し。ノラさんの搬入口待機は、勤務中として残します。外の水場へ戻る必要はありません」
ノラの目が大きくなる。
「でも、返却棚が閉まると、籠の場所が」
「閉まりませんわ」
エレノアは搬入口帳の新しい欄へ書いた。
披露責任者控え、封筒到着のみ。
候補者ミリア本人、荷馬溜まり同席中。
本人声確認、未了。
晩餐前清め布、未渡し。
布籠係ノラ・シェル、搬入口待機。夜道帰還命令、保留。
ミリア様が、その下に自分の名を書いた。
候補者ミリア。
この封筒で、ノラ・シェルを返却済みにしない。
ノラは籠を抱え直した。泣くのではなく、両手で札を見える向きに直す。
「待機で、いいんですね。渡していない布を、返したことにしなくて」
「ええ。渡していないものは、返せません。帰っていない人を、帰着済みにできないのと同じです」
セリムが小さくうなずいた。温石の布を、今度は自分だけでなくノラの足元にも近づける。
「搬入口、冷えますから。俺の貸与札に、半刻だけ共同使用って書いてもいいですか」
夜番がすぐに木札を差し出した。
温石一個、荷馬溜まり貸与。
セリム・ラン足指処置後、ノラ・シェル搬入口待機足元へ半刻共同使用。
候補者ミリア見届け。
大きな断罪ではない。
けれど、封筒より先に生きた人が温まる順番が、そこに戻った。
マルク主任が、搬入口帳の端を押さえた。
「その扱いでは、披露責任者が空白になる。晩餐の進行責任を、誰が――」
「空白のまま守ります」
エレノアは、赤い封蝋の欠けた花弁を見た。
「責任者が読んでいないまま埋まるより、空白のほうが、まだ人を帰せますもの」
その時、聖女院の奥から、別の封筒を持った男が現れた。
封筒の裏には、さっきの銀印ではなく、薔薇略印が押されている。
披露責任者、代理読了済。
候補者本人声、後刻補完。
ミリア様が、青い欄から顔を上げた。
本人の声だけが、また後で届くものとして扱われていた。




