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断罪直前の悪役令嬢、領地の税帳を読み上げただけで王子派閥が崩壊しました  作者: 花守りつ


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2/10

王子派閥の会計


王子派閥の帳簿は、笑うほど素直でした


「エレノア・グレイシア。貴様の悪事は、すべて白日の下にさらされた」


 卒業舞踏会の中央で、王太子レオンハルトは高らかに宣言した。


 彼の隣では、聖女ミリアが涙ぐんだ瞳で胸元を押さえている。周囲の令息令嬢たちは、予定された断罪劇を見逃すまいと息を潜めていた。


 エレノアは、薄い笑みを浮かべた。


「すべて、ですか」


「そうだ。お前は領民から重税を取り立て、聖女救済基金への寄付を妨げ、王家への忠誠を欠いた」


「三点ですね」


「何?」


「では、順番に処理いたしましょう」


 エレノアは侍女へ目を向けた。


 侍女は心得たように、分厚い革表紙の帳簿を三冊、銀盆に載せて運んでくる。舞踏会に帳簿。宝石より重いその現実に、広間の空気が少し冷えた。


「第一。重税について」


 エレノアは一冊目を開いた。


「グレイシア領の税率は、王国平均より二割低いです。こちら、過去三年の収穫量、災害補填、医療費免除、孤児院支援の内訳です」


「数字など、いくらでも偽造できる!」


「もちろんです。ですから、王国監査院へ同じ写しを先月提出済みです」


 ざわめきが起こる。


 監査院長の老伯爵が、会場の隅で咳払いをした。


「写しは確認済みだ。少なくとも、グレイシア領に不正な増税はない」


 レオンハルトの眉が動く。


 聖女ミリアが、かすかに唇を噛んだ。


「第二。聖女救済基金への寄付妨害について」


 エレノアは二冊目を開く。


「これは面白いですわ。殿下、基金へ寄付された金貨は、この半年で二万枚。うち実際に救済へ使われた額は、三千百二十枚」


「残りは運営費だ!」


「運営費の内訳を読み上げます。新馬車二台、南都別荘の改装、香油、宝石、舞踏会用ドレス七着、そして王子派閥の私的会合費」


 広間の熱が、一瞬で変わった。


 笑いをこらえる令嬢。顔を青くする子爵。視線を逸らす神官。


 エレノアは頁をめくる。


「支払承認印は、ミリア様のものですね」


「わ、私は知らなくて……皆様が、聖女として必要だと」


「承認印は、知らない支出には押してはいけません」


 当たり前のことを、エレノアは丁寧に告げた。


 その当たり前が、王子派閥には痛いらしい。


「第三。王家への忠誠を欠いた件」


 エレノアは三冊目を開かず、王太子を見た。


「殿下。忠誠とは、王家の財布の穴を見ないふりすることですか」


「黙れ!」


「それとも、領民の冬支度費を削って、聖女様の香油を買うことですか」


「黙れと言っている!」


 レオンハルトの手が、剣の柄へかかる。


 その瞬間、会場の扉が開いた。


 入ってきたのは、王国財務卿と、白い制服の監査官たちだった。


「殿下。剣を抜く前に、こちらへ署名を」


 財務卿は淡々と羊皮紙を差し出す。


「王子府特別会計の閲覧許可です。拒否なさる場合、王命により一時凍結となります」


「父上が?」


「はい」


 レオンハルトの顔から、血の気が引いた。


 エレノアは、そこで初めて三冊目を開いた。


「殿下の帳簿は、笑うほど素直でした。隠す気がないのか、隠し方を知らないのか、判断に迷います」


 どこかで、令嬢が小さく吹き出した。


「貴様、最初から仕組んでいたのか」


「いいえ。仕組んだのは殿下です。私は、仕組みを記録しただけ」


 聖女ミリアが前に出る。


「エレノア様。あなたは冷たい方です。困っている人を助けるためには、多少の融通が必要なのです」


「融通とは、困っている人に届くはずの金貨で香油を買うことではありません」


「私は聖女です!」


「ええ。ですから帳簿も清らかであるべきでした」


 ミリアの目に、本物の涙が浮かんだ。だが今度は、誰もすぐには同情しない。


 エレノアは会場を見渡した。


「本日、私は婚約破棄を受け入れます。王家との縁が切れるなら、領地改革に集中できますので」


「勝手に決めるな!」


「殿下が先ほど、皆様の前でおっしゃいました。私の悪事はすべて白日の下にさらされた、と。では、事実が白日の下に出た以上、この婚約は政治的価値を失いました」


 財務卿が頷く。


「王命を待つまでもなく、婚約契約の再審査は避けられませんな」


 レオンハルトは言葉を失った。


 エレノアは帳簿を閉じる。


 断罪は終わった。


 けれど、彼女の仕事はここからだ。


 会場の外では、グレイシア領から来た商人たちが待っている。冬の備蓄計画、港の修繕、孤児院の新しい会計方式。恋に使う時間は、もうない。


 その時、一人の青年が拍手をした。


 銀灰色の髪。北方辺境伯の嫡男、ユアン・ノルド。


「見事な帳簿でした、グレイシア嬢」


 彼は微笑む。


「もしよろしければ、我が辺境伯領の軍糧会計も見ていただきたい。王都より寒いが、数字は嘘をつきません」


 エレノアは少しだけ目を細めた。


 新しい道は、舞踏会の床ではなく、数字の先に開いている。


「条件があります」


「何なりと」


「領民の食費を削る予算は、最初に燃やします」


 ユアンは楽しそうに笑った。


「では、燃えない帳簿を用意しましょう」


 その頃、監査官の一人が王子府の仮帳簿をめくり、顔色を変えていた。


「財務卿。この支出先、存在しない商会です」


 エレノアは振り返る。


 王子の浪費だけではない。


 誰かが、王子派閥を隠れ蓑にして国家予算を吸っている。


 次に読む帳簿は、王都そのものの裏口へつながっていた。

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