表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
断罪直前の悪役令嬢、領地の税帳を読み上げただけで王子派閥が崩壊しました  作者: 花守りつ


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

1/7

断罪より先に、帳簿を開きます






「エレノア・ヴァイス! 今この場で、君との婚約を破棄する!」


 卒業舞踏会の楽団が、最後の一音を外した。

 大広間の視線が一斉に私へ集まる。赤い絨毯の先には、第一王子レオン殿下。隣には涙を浮かべた聖女マリア様。


 予定通りだった。


「君は聖女を虐げ、民から税を搾り取り、己の贅沢のために領地を疲弊させた。悪役令嬢の名にふさわしい所業だ!」


 悪役令嬢。

 その響きに、周囲の令嬢たちが息をのむ。

 私は扇を閉じ、静かに礼をした。


「承知いたしました。では、婚約破棄の前に一点だけ確認を」

「言い訳か」

「いいえ。帳簿です」


 侍女が銀盆に載せて運んできたのは、三冊の分厚い税帳だった。会場がざわめく。舞踏会に帳簿を持ち込む令嬢など、確かに品がない。けれど、断罪の場に涙だけで来るほど私は暇ではなかった。


「これはヴァイス領の過去三年分の収支、王都救貧院への寄付、聖女基金への納付記録です。殿下は私が民を苦しめたと仰いましたね」

「そうだ」

「では、どの項目ですか」


 レオン殿下の眉が動いた。


「項目?」

「はい。税率、徴収日、免除対象、備蓄放出、医療費補助、孤児院支援。民を苦しめたというなら、数字で示せるはずです」


 私は一冊目を開いた。

 紙面に並ぶ数字は、私にとって剣より馴染んだ武器だ。飢饉の年、父が倒れた年、王都から追加徴税が来た年。泣きながら削った予算も、夜明けまで組み替えた救済策も、すべてここに残っている。


「まず、昨年の小麦税。王家通達では一割増でしたが、ヴァイス領では領主負担で据え置きました。差額は私の宝飾費から充当。次に聖女基金。納付額は規定の二倍。しかし王都救貧院へ届いた額は、記録上その三割」


 マリア様の肩が跳ねた。


「聖女基金の管理責任者は、殿下の側近であるラザール侯爵子息ですね」

「そ、それは手続き上の遅れで」


 私は二冊目を開く。


「遅れにしては、同日に侯爵家の馬車購入費が増えています。金額も一致します」


 ざわめきが、波から嵐へ変わった。

 殿下の顔色が赤から白へ落ちていく。


「さらに、私が聖女様を虐げたという件。こちらは聖女様から当家へ請求されたドレス代、宝石代、護衛費です。合計は救貧院の冬支度費の四倍。私は支払いを拒みました。理由は、基金規約に私的装飾費が含まれないためです」


「うそ……」と誰かが言った。

 嘘なら、どれほど楽だっただろう。


 レオン殿下は剣に手をかけた。


「黙れ! 数字で人の心は測れない!」

「測れません。ですが、横領は測れます」


 その瞬間、大広間の扉が開いた。

 王国監査院の紺色の制服が、列をなして入ってくる。先頭の老監査官は私に一礼し、殿下へ向き直った。


「エレノア嬢より三日前に告発状を受理しております。第一王子派閥の聖女基金流用について、関係者の同行を願います」


 舞踏会は終わった。

 私の恋も、たぶん終わった。


 けれど私は、泣かなかった。

 帳簿を閉じる音が、断罪の鐘よりずっと清々しく響いたから。


 監査官に連れていかれるラザール子息が、私を睨みつけた。


「女のくせに帳簿など振り回して、可愛げがない」

「横領する男性よりは、領民に好かれます」


 言い返すと、近くにいた下級貴族の令嬢が小さく吹き出した。そこから笑いは広がらず、代わりに別のものが広がった。安堵だ。誰もが薄々知っていた不正を、ようやく口にしてよい空気。


 マリア様は涙を拭いながら後ずさる。


「私は、ただ皆が喜ぶと思って……」

「喜ばせるためのお金が、誰の食卓から消えたか。次はそこを学んでください」


 厳しすぎる言葉かもしれない。けれど、飢えた子どもに出す粥を削って買った宝石に、優しい名前をつけることはできない。


 老監査官が殿下へ令状を示した。

 王子は最後まで私を見なかった。


 それでいい。

 もう、見てもらうために数字を整える必要はない。


 舞踏会の窓の外では、夜明け前の星が白み始めていた。

 私は税帳を抱え直す。

 明日から忙しくなる。領地へ戻り、凍った水車を直し、救貧院の冬支度を間に合わせなければ。


 婚約者はいなくなった。

 けれど、守るべき民は残っている。




評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ