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断罪直前の悪役令嬢、領地の税帳を読み上げただけで王子派閥が崩壊しました  作者: 花守りつ


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14/50

薔薇略印は、何人の冬を閉じましたか

王子府式典倉庫の扉が、外から強く叩かれた。


「候補者披露の乾杯準備が遅れています。薔薇飾りも酒瓶も、ただちに大広間へ戻してください」


 使者の声は、奥帳簿室の筆音よりも高い。

 エレノアは返事を急がず、木箱から外した薔薇紐を机の端へ置いた。


 赤い済印。

 青い保留札。

 そして、一番下の起案者欄に押された小さな薔薇の略印。


 ミリア様はその印から目を逸らせないでいた。


「……兄の机にある印です。花弁の右下が欠けています。リオネル兄様は、急いで押すといつも少し左へ傾くのです」


 彼女の声は告発ではなかった。

 家族の名前を、初めて帳簿の上で読んでしまった人の声だった。


「ミリア様」


 エレノアは静かに言う。


「今は、お兄様が悪いかどうかではなく、この印が何を閉じたかを読みます。人を先に断じると、棚がまた空欄になります」


 財務卿の補佐官が、補完済みの控えを三枚並べた。


 一枚目。

 北方冬越し薬草酒、四瓶。

 本人確認名、ガレン・リード。

 現場受領印、空白。


 二枚目。

 西尾根狼煙台、凍傷油、二壺。

 本人確認名、ハンナ・ウェル。

 現場受領印、空白。


 三枚目。

 第二見張り小屋、乾燥肉、六包。

 本人確認名、オットー・ベル。

 現場受領印、空白。


「三名とも、帰還後の棚に置かれるはずだった品です」


 ユアンが台帳を開く。


「ハンナは冬前に指を二本失って退役した。凍傷油を受け取る側じゃない。いま油を待っているのは、西尾根の見張り見習い二人だ」


 彼は二壺の欄に、見習いの名を書いた小札を添えた。


「オットーは第二見張り小屋の料理番だが、本人は昨日から王都へ来ていない。乾燥肉六包は、小屋の帰還鍋に入る。六人分の夜明け前だ」


 エレノアは、三枚の控えを縦にずらした。

 薔薇略印は、どれも同じ角度で押されている。


「では、印が閉じたのは、名前ではありません」


 彼女は青い筆で、控えの横に数字を書いた。


 凍傷油、二壺。

 乾燥肉、六包。

 薬草酒、四瓶。


「二人の指と、六人の帰還鍋と、四つの夜番帰りです」


 倉庫の外で、また扉が叩かれた。


「大広間では、殿下が候補者様をお待ちです。北方慰問の名がなければ、今夜の披露は――」


「今夜の披露が閉じる前に、北方の夜を閉じた帳簿を開きます」


 エレノアは扉へ向けて声を通した。


「薔薇飾りは、北方慰問ではありません。現場受領印のない物資を、式典名へ移した印です」


 使者が言葉に詰まる。

 その隙に、ミリア様が一歩前へ出た。


「わたしは、兄の印を守るために北方の棚を閉じません」


 彼女はまだ震えている。

 けれど、今度はリボンではなく、控えの端を自分の指で押さえた。


「ただ、兄をここで断罪するだけにもしたくありません。兄が読んだのか、読まされただけなのか。どの棚を閉じたのか。わたしにも読ませてください」


 エレノアは頷いた。


「では、候補者本人確認欄に記します。ミリア・アシュベリー、薔薇略印の使用範囲を未読。本人の希望により、北方物資三件の生活到達を先に確認する」


 補佐官が書き留める。

 赤い済印の上ではなく、横へ。

 済印を消さない。消せば、誰が閉じたのか分からなくなる。


 青い保留札が三枚、木箱の上に並んだ。


 凍傷油二壺、西尾根狼煙台へ差戻し。

 乾燥肉六包、第二見張り小屋帰還鍋へ差戻し。

 薬草酒四瓶、古い渡し小屋凍傷棚へ差戻し。


 ユアンの部下が、薔薇紐の代わりに荒縄をかける。

 式典用の白い札ではなく、北方便の泥のついた札だ。


「今から走れば、狼煙台の夜明け前には油が着く」


 ユアンが短く言った。


「乾燥肉も、第二見張り小屋の鍋に間に合う。六人分の腹が、薔薇より先だ」


 ミリア様は、その言葉を聞いて小さく息を吐いた。


「六人分の腹が、薔薇より先……」


「候補者披露の言葉としては、少し飾りが足りませんわね」


 エレノアがそう言うと、ミリア様の目に、ほんの少しだけ涙とは違う光が戻った。


「でも、わたしには、そのほうが読めます」


 外の使者が、低く言い直した。


「では、殿下には何と」


「候補者披露乾杯は、北方物資三件の生活到達確認まで保留。理由は、薔薇略印の起案者欄と現場受領印空白の不一致です」


 エレノアは三枚目の控えを持ち上げた。


 その裏に、もう一つ番号があった。

 候補者支度費、写し番号二十七。

 北方軍糧、写し番号二十七。


 同じ番号の横に、小さく別の部署名が残っている。


 王子府ではない。


 アシュベリー公爵家でもない。


「補佐官」


 エレノアは青い札をもう一枚取った。


「次は、写し番号二十七の原本を。薔薇略印を押した机ではなく、その印を使わせた部署を読みます」

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