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3話

 もちろん、シェルは諦めなかった。それどころか、リネアルが言った言葉を完全に勘違いして解釈した。


 社交的な人間になるにはパーティー。パーティーに行けばリリーに会える。


 という塵のような解釈をしてしまったのだ。

 そこからシェルは狂ったようにパーティーに出た。これに関しては、ローチェも大口を開けて笑っていた。リネアルは更に頭が痛くなった。


「それにしても義弟くん、リリーのこと大好きだねー」


 昼下がりのお茶会。ローチェはずっと笑っていた。


「ローチェ、私は困ってるんだよ?!もういっそのことシェルくんに、リリーが私って言った方がいいのかな……」

「それはやめよう!義弟くん、卒倒しちゃう!」


 ローチェは、リネアルが黙っていた方が面白いと考えたので必死に止めた。こんなに笑ったのは、昔飼っていた犬が泥だらけになったときくらいだ。


「明後日はリネアルのお父様の誕生日パーティーでしょ?色んな人が来るだろうし、義弟くんも楽しみにしてるだろうね」


 ローチェはティースプーンで紅茶をくるくるとかき混ぜる。リネアルは紅茶に浮かんだ赤い花びらを見つめていた。


「あ、じゃあ!」


 ローチェはいいことを思いついたようににやりと笑った。だが、ローチェがこういう風に笑うときはろくなことが起きない。リネアルは小さくため息をついた。


「私がさ、そのパーティーで義弟くんを誘惑するのよ!それで義弟くんが私に靡かなかったら、リネアルも少しくらいは義弟くんに会ってあげても」

「なんで私がシェルくんを受け止める側なの?!シェルくんが諦める側でしょ?!」

「ちっ、バレたか」


 淑女らしくない言葉遣いをしたローチェをリネアルはただただ睨む。

 そして楽しい楽しいお茶会も終わり、あっという間に父親の誕生日パーティーになった。


 そしてリネアルは、現在進行で焦っている。状況を説明しよう。

 リネアルはパーティーに疲れ、柱の影で休んでいた。すると柱の前にあるソファに、二人の男性が座った。片方はシェル。そしてもう片方は、


「まさか王太子が来てくれるとは思わなかったよ」

「シェルの父親のパーティーだ。行かないわけないだろ?」


 シェルと楽しそうに喋っているのはこの国の王太子、サーヴィンだった。

 シェルはリネアルに言われた言葉を信じ、数撃ちゃ当たる戦法でパーティーに参加。そこでサーヴィンと仲良くなり、大親友にまで発展していたのだ。


「シェルはまだあの少女を探しているのか?」


 サーヴィンは半分呆れながらシェルに聞いた。


「俺もなんで探しているかはわからないんだ。けど、彼女の微笑む顔を見ると、どうしても嬉しくなってしまう自分がいて」


 シェルの前で微笑んだ記憶のないリネアルは、盗み聞きをしながら首を捻っていた。


「じゃあ、僕が探してあげようか?その、リリーって少女。貴族なんだろ?」


 王太子であるサーヴィンに探されたら一溜りもない。一瞬でリリーという貴族の少女が存在しないことが明るみに出てしまう。それは避けたい。

 リネアルが何とかして二人の間に割り込もうと言葉を探していると、先にシェルが口を開いた。


「いや、結構だ。俺は自分の力で、リリーを探したいから」

「……変なやつだな、シェルって」

「褒め言葉として受け取っておくよ」


 シェルは立ち上がり、片手に持っていた空のグラスをサーヴィンに見せた。


「飲み物を貰ってくるよ。それと、リリーを探してくる」


 シェルは去り、リネアルも安堵し小さく息を吐いた。だが安心したのも束の間。リネアルの頭上に影が伸びた。


「……やっぱり人がいたんだ。殺意はなかったから放っておいたけど……君、誰?」


 サーヴィンの氷のような視線に、リネアルの呼吸が止まる。だが、王太子であるサーヴィンの質問を無視してはいけない。


「……え、エヴィスタイン侯爵家の娘、リネアル・エヴィスタイン、でごさいます」


 リネアルは震える体を抑えながら、丁寧にカーテシーをした。

 王族の話を盗み聞くなんて、不敬罪どころの話ではない。最悪、爵位が落とされる。


「……あ、シェルの義姉か、顔を上げてくれ」


サーヴィンは柱に寄りかかり、小さくため息をついた。


「すまない、高圧的な態度を取ってしまって。最近狙われることが多くて、少し気を張っていてたんだ」


 サーヴィンは王位継承権第一位であることから、命を狙われやすい。噂だとは思っていたが、まさか本当のことだったとは。

 リネアルはサーヴィンのことを気の毒に思いつつも、震える体を抑えることに精一杯だった。


「……僕が、そんなに怖い?」


 サーヴィンもリネアルが震えているのに気づき、申し訳なさそうに眉を寄せた。


「そ、そのようなことは!……申し訳ありません」

「いや、いいんだ。怖がられるのには慣れている」


 リネアルが怖がるのにも理由がある。サーヴィンは気性が荒く、気に入らない使用人に暴力をふるっているという噂があるのだ。

 リネアルはその噂を信じてはいないが、噂通りだったらどうしようと、内心怯えているのだ。


「……そうだな……じゃあ君の震えを止めて上げよう!」


 サーヴィンはリネアルに一歩近づき、にやりと笑った。ローチェに似ているな、とリネアルが考えたときには、もうサーヴィンは口を開いていた。


「君、リリーでしょ」


 サーヴィンが予言した通り、リネアルの震えは止まった。だが、違う恐怖が今度は押し寄せてきた。

 どこでバレた。なぜ知った。なぜわかった。

 とりあえずリネアルは、サーヴィンにそのことを黙ってもらうように伝えなければと考えた。


「だ、誰にも秘密で、お願いします!お願いします……」


 だが、サーヴィンもリネアルに目を丸くした。まるでリネアルの言葉を予想していなかったかのように。


「あ、君がリリーなの?あ、ごめん。話を聞いていたことは知っていたから、少しからかおうと……ごめん」


 リネアルは絶句。サーヴィンも気まずそうに頬を掻く。


「……どうかこのことはご内密に……」

「いやいやいや、え、なんで君がリリーなの?え、シェルの義姉、だよね?え?」


 サーヴィンは困惑。

 リネアルは早とちりした数秒前の自分を殴りたくなっていた。頭が痛くなる。最近は頭が痛くなっているばかりだ。


「……とりあえず、面白いからシェルには黙っておくよ。面白いからね」


 サーヴィンはなぜか二回言い、リネアルを見た。リネアルは気まずく、サーヴィンから視線を外した。この時間が早く終わってほしいと心から願っていた。


「……何をしているんだ……?」


 両手に飲み物が入ったグラスを持ち、シェルは二人を見つめていた。はたから見れば鼠を追い詰めた猫だ。


「君のお義姉さんと話していたんだ」

「……仲良かったんだ」


 シェルは片方のグラスをサーヴィンに渡そうとしたが、サーヴィンはそれを拒んだ。


「もう僕は行くよ。リネアル、シェルと仲良くね」


 サーヴィンはリネアルにウインクをし、颯爽とその場から去っていった。

 シェルはサーヴィンから拒まれたグラスを、今度はリネアルに向けた。リネアルも喉が乾いていたので、ありがたく受け取る。


「……王太子殿下と、仲が良いんですね」


 リネアルの言葉に、シェルは頷く。


「まあ、一応。ところでリネアルさんは、こんなところで二人で何をしていたんですか?もしかして……」


 シェルが最悪の考えをしていそうなので、リネアルは全力で否定した。なんとかしてこの話題を変えなければと思い、リネアルは口を開く。


「リリーさんのこと、まだ探しているんですか?」

「もちろん。リネアルさんはリリーのこと、知りませんか?」

「し、しりませんね……」


 目を泳がせながらグラスを傾けるリネアルを、シェルは見つめていた。どこかでリリーと同じものを感じるが、気のせいだと思い自身のグラスに視線を移した。


「……リリーさんのこと、どこがお好きなんですか?」


 リネアルの思いも寄らない発言に、シェルは目を丸くした。それから、しっかりと考える素振りを見せた。


「まず、顔が本当に好みです。それから俺に触れる指先が丁寧で」


 シェルに触れたのではなく、シェルの服の襟に触れたんですけどね?!と言う口をぐっと抑え、リネアルは話を聞きる続ける。


「青い、深い海のような瞳で俺を見つめてくれるんです。小鳥のさえずりのような声ですし。黒曜石のような黒い綺麗な髪の毛は、思わず触れてしまいたくなります」


 ここまで言って逆になぜリリーがリネアルだと気付けないのだろう。実はシェルはリリーではなく別の何かを見ているのでは?恐ろしい。


「……そういえばリネアルさんも、リリーと特徴が似ていますね」


 その言葉に、リネアルは身構える。ついにわかったか?!と。逆にここまで来たらわかってほしい。


「羨ましいです。俺も、リリーとお揃いのものがほしい」


 自分の髪を触りながら言うシェルに、リネアルはなぜか惹かれてしまった。なぜだかは自分でもわからない。


「……これは秘密なんですが」


 シェルは気まずそうに頬を掻いた。


「実はリリーが、俺の昔好きだった人に似ているんです。だから、惹かれてしまうのかもしれません」


 新事実。これは早速ローチェに言わなければ。

 そんな呑気なことをリネアルは考えていたが、なぜか胸の深く、誰にも触れない部分が痛んだ。


「……好きな人、いたんですか?」


 痛みに気づかないふりをして、リネアルは口を開いた。目の前に立つシェルは、幸せそうにグラスを見つめた。

 赤い、燃えるような色をした果実酒。遠い国から輸入した、今流行りの貴族の飲み物。


「いました。でも叶わない恋だったんです、最初から。彼女も俺と同じ、赤い瞳だった」


 そしてシェルはグラスを傾け、一気に飲み干す。まるで、誰かに向けた想いを消し去ってしまうみたいに。


「……俺はもう行きます。今のこと、リリーに会っても黙っておいてくださいね」


 シェルは立ち去る。リネアルのことを一度も見ずに。

 残されたリネアルは、グラスの中いっぱいに入った赤を見つめていた。それからシェルのように、豪快に飲み干す。


「……苦い」


 流行っているにしては苦い。そういえばこれはお酒の飲めない大人が飲むものと、父親が言っていた気がする。


「苦いなぁ……」


 少なくとも、今飲むものではなかった。

 リネアルは痛みに気づかないふりをする。


 気のせい、きっと気のせい。

 二年、気づかないふりをすればいいだけ。

 そしたらこの痛さも、きっと消えるはずだ。

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