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3話 正しさは誰かを救えるのか?

赤い瞳の『少女』とある男の些細な物語

 その日の夜、敵軍が城下町へ侵入した。

 城内には、隣国からの攻撃による轟音が響いていた。隣国もまた、『魔法使いを素材として兵器に転用する方法』に辿り着いたらしかった。


「なに?! 外からすごい音……」


 少女は松葉杖を突き、白いワンピースをふわりと揺らしながら城の通路にある窓へ向かった。


「いけません! 外は今――」


 一緒にいたメイドの忠告も虚しく、少女は躊躇なく窓外を覗き込んだ。

 燃える街、倒れゆく人々、花火のように空を飛び交う爆弾……。

 少女は両目を見開いたまま、呆然と立ち尽くしていた。

 数時間前まで少女と食事を共にした貴族の女性は、小さく息を吐いた。


(ここ)も時間の問題ね……あなたたちも早く逃げて――」


 そこに、髪を振り乱したサージュが少女たちの前に駆け込んできた。


「見つけた……」


 サージュは片手を壁に当て、小さく呟いた。彼は肩を大きく上下させ、息を切らしながら叫んだ。


「早く……! ここから逃げるんだ……!」


「先生……でも、街が……」


「ああ、分かっているよ……けれど、今は君の……安全が先だ。あなた方も、早く避難を」


 サージュは呼吸を整えながら、少女がいる方へ1歩、また1歩と踏み出し、手を伸ばした。瞬間――隣国の攻撃が城を直撃し、凄まじい爆鳴とともに天井が崩れ落ちた。

 メイドは咄嗟に貴族の女性をサージュの方へ突き飛ばし、そのまま瓦礫に呑まれた。

 サージュと少女の間には巨大な瓦礫の山が築かれた。彼は飛んできた貴族の女性を反射的に抱き留め、壁に頭と背中を打ったが意識はあった。しかし、かけていた眼鏡は地面の端でゴミの一部となり、左腕には飛散したガラスの破片が刺さっていた。白衣の袖には、じんわりと赤が広がっていた。

 一方の少女は、自身を守ることで精一杯だった。見えない壁に守られ、怪我は免れたものの松葉杖からバランスを崩して地面に尻餅をついていた。


「いたっ……道が……先生?! みんな! 大丈夫?!」


 サージュは、抱き留めた貴族の女性を丁寧に自身から離して立ち上がった。


「……大丈夫だよ。今、瓦礫を退かすから」


 サージュは意識こそあったものの、吹き飛ばされた拍子に頭部から出血していた。腕に刺さったガラスは、無理に引き抜けば傷が悪化し、更に出血が増えるかもしれないことから刺さったままだった。

 痛みがないはずがない。

 それでもサージュは敢えて無事を装い、必死に瓦礫を退けようと歯を食いしばった。

 貴族の女性は、瓦礫の方を一瞥(いちべつ)してからサージュに話しかけた。


「ドクター」


「なんだ」


「諦めなさい」


「……どうして?」


「ここにいてもきっと、いずれ全員が死んでしまうわ。あなたも分かっているでしょう?」


 サージュは貴族の女性の質問に答えなかった。

 貴族の女性はそれ以上は何も言わず、無言でその場を後にした。


 ほどなくして、少女がいる方から近づく複数の重い足音がした。


「『素材』だ。回収しろ」


 それは人間を呼ぶ者の声ではなく、道具を分類するための声だった。

 ぞろぞろと現れたのは、黒い鎧を纏った大柄な男と、4人の騎士だった。彼らはヴァイヤンが指揮をする騎士団とは別の、王直属の部隊だった。


「まだ、子ども……」


 騎士の1人が、大柄な男と少女を見比べるように視線を動かしながら声を落とした。左足だけ、わずかに退いた。


 魔法使いは決して弱い種族ではない。彼らは生まれつき多くの魔力を宿し、人間より遥かに長命な種族だった。

 大人の魔法使いであれば、人間が束になっても敵わない。

 ただ、子どもの魔法使いは人間でも捕らえやすかった。


「だれ……? かいしゅう? どこへ行くの? ……やめて! 何するの?! 先生! 先生!!」


 少女は、暗がりで何が起きているのか分からないまま、それでも恐怖だけは感じ取っていた。

 サージュの脳裏をよぎっていた、あらゆる言い訳が消し飛んだ。


 ――足が完治してからでも遅くないのではないか? そう思っていた自分ごと。


「待て……待てぇ!!! 連れて行くなぁ!! 返せ!!」


 叫び声が自身の喉を裂く中で、サージュは突きつけられた。

 これは救えなかったのではない――救うための判断を、最後まで渋り続けた結果だ。


 瓦礫の向こう側から聞こえる少女の悲鳴は、引きずられていくように遠ざかり、やがて夜の騒乱(そうらん)にかき消されていった。

 サージュの伸ばした手は、ただ冷たい石に触れ、自身の爪から血を滲ませることしかできなかった。



 ○ ○ ○



 2週間後――国同士の争いは終わった。


 そこに勝利の歓喜はない。あるのは、皮肉なほどの快晴と、壊滅した城下町、そして半壊した城だけだった。生き残った人間の数は1000人もいないかもしれない。


 魔法使いが『素材』として利用されるのは、少女が初めてではない。それが当然の戦果として記録されてきた過去の人間の歴史があった。

 それでもサージュは、人気のないラボに立った。彼は、少女や他の魔法使いたちを地獄へ送るきっかけとなった研究資料(知恵)の束に、無表情で油を撒いていた。

 マッチを擦ると、罪滅ぼしの火が全てを包み込んだ。サージュは燃え盛る炎を見つめながら、パイを食べた日に少女が口にしていた言葉を脳裏に浮かべていた。


 ――また焼いたら先生に届けに行くね!


 爆ぜる音が立つラボの扉を静かに閉め、サージュは武器庫へ向かった。



 ○ ○ ○



 同じ頃、静寂な玉座の間ではヴァイヤンが、王であり父と対面していた。

 王は赤いマントから王冠まで全ての正装を身に付けたまま、玉座の前に立っていた。その顔色は青白く、生気を失ったようだった。


 先に口を開いたのは王の方だった。


「ようやっとか。争いも何も、全て……しまいだ」


「父上」


 ヴァイヤンは少し間を開けて続けた。


「……私は何度も忠告しました。しかし結局、あなたは過ちを改めませんでした」


「ヴァイヤン」


「何でしょう」

 

 微かに光を宿した茶色い瞳は、実の息子であるヴァイヤンを見つめた。

 王は数秒を、まるで途方もない時間のように無言で言葉を探し、選び――1度だけゆっくりと瞬きをした。


「すまなかった」


 ヴァイヤンは一瞬、目を見開き、驚いたようだった。

 謝罪で片付けられるほど犠牲は少なくない。

 ヴァイヤンは上唇を震わせ、薄らと離し、短く話した。


「こちらこそ、力になれずに悪かった」


 ヴァイヤンの中で次に取る行動への決意は固かった。彼は腰の剣を抜くと、王の前へ立ち――その首を切った。

 王は、最期まで抵抗しなかった。

 実の父であり、人の道を外れた王の身体は倒れ、その首から流れる血は青い絨毯へ黒い波紋を広げていた。

 鉄の香りが漂う玉座の前でヴァイヤンは、独り立ち尽くしていた。彼は血濡れの剣を床に置くと跪き、お辞儀をするように両手で王冠を拾い上げた。

 少女を連れ去った部隊の人間たちには家族がいた。けれどそれは、少女を含めた多くの魔法使いも同じだった。

 自ら戦場へ(おもむ)き散った者、平和に暮らしながら散った者、過去の後悔を希望へ変えられなかった者……全てはいずれ目の前の椅子に座る者が背負うべき業だった。

 ヴァイヤンは重い王冠を握り、立ち上がった。



 ○ ○ ○



 同日の昼頃、サージュは瓦礫をかき分けながら道を進み、『少女』を探していた。

 武器庫は倒壊し、モノが散乱していた。

 2週間前に王の部隊に連れて行かれた少女は、かつての柔らかな純白の肌や、黒い(つや)やかな髪なんてない。形を変えた武器となり、識別をすることは不可能な状態だった。しかし、彼は違った。


「見つけた……」


 幼子を抱きかかえるようにサージュは細長い銃を腹に包み込んだ。


 ――どうしてそう思ったのか、自分でも分からない。


 けれどサージュには、それが少女に見えたのだ。

 サージュは細長い銃を抱えたまま、ほんの僅かに口許を緩めると、半壊した城へと続く乾いた大地を革靴で踏みしめた。


 倒壊した武器庫の片隅では、白い1枚の羽が落ちていた。

 それは誰にも拾われることなく、瓦礫の中へ沈みながら、快晴の光に白く照らされていた。

【次の更新】

仕事をしながらのため、不定期になります

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