1話 『少女』は子どもでいられるのか?
赤い瞳の『少女』とある男の些細な物語
朝の空は暗く、雨上がりの大地は赤黒く滲んでいた。
2人の男は街外れで任務の途中、6歳ほどの少女を発見した。
少女は瀕死の状態だった。
騎士のヴァイヤンは少女のもとへ駆け寄り、白いマントを泥で汚しながらその場で跪いた。
ヴァイヤンは少女に視線を落とし、低く呟いた。
「子どもじゃないか……」
少女は1人、地面にうつ伏せで倒れていた。腹と太腿には、魔物に食い破られたような傷が残り、雨水と混じって血を流していた。呼吸は浅く、顔色も青白かった。
医師であり研究員でもあるサージュは、わずかに目を細めただけで、ヴァイヤンの隣に屈み、少女の首許に手を当てた。
周囲の高い木々は霧に覆われ始め、生きて動くものは不気味なほどいない。
「……息はある」
「処置できないのか?」
「ここではせいぜい止血程度だ。治療は城に戻るしかない」
男たちがいる場所から城までは、徒歩で行ける距離だった。
ヴァイヤンは迷いなく立ち上がった。
「走れば間に合う」
そう言うと、ヴァイヤンは着ていたマントを剣で切り裂き、清潔な部分の布だけをサージュへ手渡した。
サージュは少女の身体に応急処置だけを手早く施し、少女を抱えたヴァイヤンとともに城へと足早に戻った。
○ ○ ○
少女の腹と足には、傷も縫合の跡もすでに消え、サージュが縫合に使った糸だけが皮膚の上に残されていた。
サージュは医務室の前で足を止め、開かれた扉の端から中の様子を見ていた。
少女の存在が国に知られたとき、どうなるかは分からない。
その問いは、サージュの胸の中に深い影を落としていた。
少女はベッドの上に両足を伸ばして座り、木製の机に置かれた昼食のスープを夢中で口へと運んでいた。空腹を埋めることに専念し、柔らかな頬を小さく膨らませる姿は、どこまでも幼かった。
サージュの脳裏に、数時間前の記憶がよぎった。
――ありえない……だが、似ている。この子は……よそう。今はまだ、答えを出すべきではない。
サージュは呼吸を整え、医務室に入り、少女の様子を直接確かめた。
「美味しいかい?」
医務室には少女の他に誰もいない。
少女はスプーンを持つ手を止め、顔を上げると、赤い瞳でサージュを見つめて言った。
「だぁれ?」
「君の治療を担当したサージュだ。傷は問題なさそうだね」
言いながら、サージュは丸椅子を少女がいるベッドの隣に置き、ゆっくりと腰を下ろした。
少女はもの珍しそうに、まだサージュを見つめていた。
「おいしゃさん?」
「ああ」
少女はショートカットの黒髪に手ぐしを通し、スープの温かさを確かめるように、白い皿を小さな左手で包み込んだ。
「ご飯を持ってきてくれた女の人がね、教えてくれたの。わたし、森で倒れてて、あぶなかったんだって」
「そうだね、とても危ない状態だった。具合はどう? 痛みはあるかな?」
言われると、少女は上半身を左右にひねり、自分の身体を見渡した。
両手を何度か開閉し、頬を摘まみ、瞬きを繰り返した。
やがてそっと自身の太腿に触れると、不安そうな大きな瞳でサージュを見上げた。
「足が、動きづらい……」
「分かった。あとで松葉杖を持ってこよう。それ以外は大丈夫かな?」
「うん! ねぇ、なおったら、街に行ける?」
「森の外には、出たことがないのかい?」
「里の外は魔物がたくさんいて、ひとりはあぶないって……でも、行ってみたくて……」
腹と足の傷は綺麗に塞がっていた。腫れもない。
少女の足を見たサージュは、白衣の襟をわざとらしく整えた。
「そっか……それで1人だったんだね。ああ、うん。大丈夫、行けるよ」
「ちょうちょ探しに行ったり、おかし作ったりできる?」
想定外だったのか、サージュは一瞬だけ返答に詰まった。彼は首を傾げながらも、否定はしなかった。
「蝶……? もちろん、できるとも」
少女の肌は白かった。黒い髪がそれをいっそう際立たせ、やがて綺麗に並ぶ歯を見せた。
「やったぁ! 先生、ありがとう!」
「あ……えっと……」
サージュは眩しいものを見るように、黒縁眼鏡のブリッジを指先で押し上げ、視線を逸らした。彼にとって、子どもは苦手な部類の存在だったが――理由はそれだけではない。
国同士の争いは、5年にわたり続いていた。
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