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魔法使いの旅には人がつきもの  作者: あましん てく
最終章 魔法使いの旅には人がつきもの
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10/15

1話 機械が出会ったのは少年のような存在だった

未来を変える一歩を踏み出す少年と少女の物語

 10月 午前10時11分


 二度寝から目を覚ました。夢の余韻だけが、まだ頭の奥に残っていた。

 無機質な自室のベッドで身体を丸めながら、ふと思い立った。


 ――外へ出よう。


 少年は灰色のパーカーと黒いズボンを身に着け、銀の腕時計を腕にはめた。

 全身鏡の前で足を止め、適当に前髪をいじった。鏡の中の自分を数秒だけ見つめると、何も言わず玄関を出た。


 3年ぶりの外は、冷たい風が肌を撫でた。引きこもり生活の中で、今が秋であることさえ忘れていたらしい。


 タワーマンションの1階受付には、ショートカットの若い女性が座っていた。

 少年が腕をかざすと、女性は腕時計の表示を確認し、小さく頷いた。


「確認できました。外出を許可します」


 自動ドアを潜ると、少年は両手をパーカーのポケットに突っ込んだ。


 ――上着を持ってくればよかった。しかし戻るのも面倒だ。


 少年はそのまま歩き始めた。



 ○ ○ ○



 10月 午前10時16分


 気づけば、最寄り駅まで歩いていた。

 周辺では最も大きな駅であり、多くの人が行き交う場所だった。


 ――電車に乗る気分ではない。


 足は自然と、馴染みのファミレスへ向かっていた。


 駅構内には、さまざまな飲食店が並んでいた。

 途中、柱のディスプレイが少年の目に入った。


 『未来が見える? 国内最古の神社の古井戸、観光スポット化 老若男女問わず大人気』


「……」


 その古井戸の存在は、少年も知っていた。

 井戸を覗けば未来が見える――インターネットから広まった都市伝説だった。今では全国から観光客が訪れる名所となっていた。

 しかし、本当に未来が見えたという者もいれば、ただの水しか見えなかったという者もいた。真偽は未だに謎のままだった。


 ニュースが切り替わった。


『最新型ヒューマノイド、行方不明から5ヶ月 開発者1名を起訴』


 5ヶ月前に撮影された研究施設の空撮映像と、施設を取り囲む警察官やパトカーの映像が流れた。

 数秒後には洗剤のCMへと切り替わった。

 少年はディスプレイから静かに目を離すと、再び歩き出した。



 ○ ○ ○


 

 10月 午前10時30分


 駅構内の中央コンコースの吹き抜けエリアでは、空中に巨大なホログラムのデジタル時計が浮かんでいた。


 そこは定番の待ち合わせ場所だった。今は火曜日の昼間だが、3、4人ほどが誰かを待っていた。

 少年は待ち合わせをしているわけではない。けれど、3分ほど前からデジタル時計の真下に立っていた。


 理由は、目の前に立つ少女にあった。


 少女は、腰まで伸びた灰色の髪をゆるく波打たせ、同じ色の大きな瞳をしていた。身長は150センチほど。少年と並んでも、殆ど変わらない。長袖の白いワンピース姿は小学生ほどに見えた。

 そんな少女が、少し震えた大きな声で話しかけてきた。


 その勢いは、告白の瞬間を思わせた。


「あの!!」


 咄嗟に振り向いた。2メートルもない距離で少女と目を合わせると、少年は黙り込んだ。


「……」


 汗は出ていない。それでも額だけが少し熱を帯びていた。


 ――外へ出るのは、少し早まったかもしれない。


 近くで待ち合わせをしていた男女が、一度だけ2人を見た。しかしすぐに興味を失ったように視線を外した。


 少女は頬を赤らめ、赤いランドセルの持ち手を強く握っていた。

 雑音の中で、少女は何かを発そうと口を開いた。その時だった。

 少女の腹から音が響いた。少年の鼓膜がその音を微かに捉えた。


「腹が減っているのか?」


 質問をしてしまった。


「うん……」


 少女は腹に手を当て、小さく頷いた。

 うっかり声をかけてしまった以上、少年は少女をひとりにすることもできなかった。


「……何か食べに行くか?」


 向かう先はファミレスだった。

 腹に手を当てたまま、迷いつつも少女は『うん』と頷いた。最初の勢いが嘘のように小さな声だった。


 2人は、デジタル時計のあるところから歩いて5分もしないファミレスへ入った。

 天井のスピーカーからは、トランペットをメインとしたBGMが流れていた。


 黒髪をひとつに結んだ、愛想のいい執事服姿の男性店員に4人席へ案内されると、2人は手作りの紙のメニュー表を広げ、それぞれ料理を選び始めた。



 ○ ○ ○



 10月 午前10時48分


「あの」


「うん?」


「……これ」


 少女はメニュー表の写真を指差して少年へ見せた。


「オムライスか。わかった」


「あの」


「そのボタンを押してくれ」


「え? あ……うん」


 少女は少し間を開けてからボタンを押した。


『ピーンポーン』


 機械音が鳴ると、少女は大きな瞳をぱちぱちと瞬かせた。

 少年が馴染みとしている飲食店は、少女には少々レトロだったらしい。


 店員が来るまでの間、少年は頬杖をつき、少女から目を逸らすように窓外を眺めた。


 ――つまらない。


 人通りは絶えない。それでも窓外に広がる景色は、薄暗い地下のように味気なかった。

 実際に、少年の視界に入る色彩も、殆ど1色しかなかった。


 2人を席へと案内した男性店員がお冷やのグラスを運んできた。テーブルに置かれると、少年は注文を済ませた。


「少々お待ちください」


 淀みない発音で男性店員は言い、完璧な一礼をしてからカツカツと足音を鳴らしながら厨房へと向かった。

 男性店員が遠ざかるのを見届けた少年は、少女へ視線を戻した。


「それで、何の用――」


 少年は無表情のまま固まった。

 少女は両手でグラスを抱え、喉を鳴らしながら、お冷やを一気に飲み干している最中だった。その姿は、よほど喉が渇いていたことを物語っていた。


「……」


 飲み終えた少女は、どこか満たされたような表情で少年を見つめた。

 少し首を傾げると、灰色の髪が頬に垂れた。天井から吊されたシャンデリアの光が、その髪を絹のように透かしていた。

 沈黙する少女を急かすでもなく、少年は再び頬杖をついた。今度は店内に目をやった。


 ――賑やかだ。


 左腕を一瞥(いちべつ)すると、腕時計は午前11時8分を指していた。2人が入店した時よりも店内の客は明らかに増えていた。


 客たちの笑い声が重なり、料理を運ぶ店員たちが忙しなく行き交っていた。

 少年はその光景を緑色の瞳に映し、僅かに口許を緩めた。


 効率化は、社会を便利にした。

 その代わり、奇妙なものは少しずつ人々の記憶から薄れていった。

 しかし、それを窮屈だと感じる者は、今では殆どいない。


 ――変わったな。


 料理が届くまでの間、2人は言葉を交わさなかった。話題がなかったのか、少女との接し方が分からなかったのか、それは少年にしか分からない。


 不意に少女が口を開いた。


「あの」


 数分前よりも、少女の声にはハリがあった。

 少年は頬杖を解き、ゆっくりと少女の方へ顔を向けた。


「何だ」


「名前を聞いても、いい……?」


 少女はしなやかな首を傾げながら少年へ尋ねた。


「ミティックだ。君は?」


「澪(みお)。結城 澪(ゆうき みお)」


 澪は名乗ると、小さく瞬きをして続けた。


「『ミティック』って、外国の童話に出てくる魔法使いと同じ名前だね」


 一瞬だけ、ミティックの眉がぴくりと震えた。


「……そうか。童話に出てくるのか?」


「うん! 甘い物が好きで、生活力はあまりないけど、人を傷つけるために魔法を使わない、とてもやさしい魔法使いなの。見た目も、その魔法使いにあなたがよく似ていたから……」


「どんな童話だ……それで、駅で僕に話しかけたのか?」


 少女は少し恥じらうように頷いた。


「あと、その……何となく、他の人とはちがう感じがしたの」


 少女は純粋だった。

 目の前に座る少年――ミティックこそ、その童話に登場する魔法使い本人であることなど、知る由(よし)もなかった。

【次の更新】

仕事をしながらのため、不定期になります

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