73杯目 領主の決断
外に出るとすっかり暗くなっていた。
「ダンジョンから少し離れたら陣を敷こう。皆疲れているだろうし」
「お父様、お体は大丈夫なのですか?」
「ああ、ワシもホークも大丈夫だ。それにしても、まさか二人が来てくれるとはな……」
「ケイトもヒロルも立派になったな」
「ホーク兄様」
遠目に領主様たちのやり取りを見ているが、なんというか、美男美女で貴族で、世界が違うなぁ……
「さて、俺たちもテントを張るかね」
慣れたテント張りをしようとすると、うまく行かない。ふと手を見ると、カタカタと震えている。
「今頃、恐怖が蘇ってきたのか……」
目を閉じればあの瞬間が鮮やかに蘇る。俺は、また、死を間近に感じた。胃がぎゅっと握りしめられる。
「うっ……」
俺は近くの草むらに駆け寄り、全てをぶちまけた。
「大丈夫か、ゲンツ?」
声をかけてきてくれたのはギルドマスターだった。
「お前のお陰で命拾いをしたと聞いたぞ。ありがとうな」
「坊主だ何だと思っていたら、立派になったな」
「本当にありがとう」
三人から感謝を述べられ、溜まっていたものが湧き出すように涙が溢れ出した。皆、俺が泣き終わり、落ち着くまで、そっとしておいてくれた。
「落ち着いたか?」
「あれに立ち向かった、その勇気は凄いことだぞ」
「しかし、ミスリル冒険者か……それほどだったのか」
「はい、とんでもなかったです」
俺は戦いの様子を三人に詳しく話した。そうすることで俺の中でも色々なことが整理されていくことを感じた。一通り話し終わると、手の震えが止まっていることに気がついた。
「まさに奇跡だったな」
「そうじゃな」
「礼も言えなかったな」
「本当にあっという間に行ってしまいました」
「しかし、そんな存在がいるとはのぉ、気を失っておって惜しいことをしたわい」
「そうですね、見てみたかったものです」
「ミスリル冒険者が内地にいること自体珍しいからのぉ」
「未開の外地にいるんですよね、凄腕の冒険者たちは……」
「儂らじゃ行くことも願えぬ恐ろしい魔物が跋扈する世界」
「その代わり古代の見たこともない物で溢れているらしいですけどね」
「全ての冒険者の憧れじゃからのぉー」
テントを立てながら、人生の先輩方といろいろな話をした。食事も一緒に取り、夜遅くまで語り合った。この時間は、俺にとって非常に大事な財産になる。そう確信している。途中からは蒼き雷鳴のメンバーも一緒に、みんなで語り合った。ヒロルとケイトは流石に領主様と一緒に過ごしたが、とても貴重な時間を味わうことができた。
「さて、そろそろ寝るかの、老いた身体は辛いのぉ……」
「ふぅ、ではなゲンツ」
「ありがとう、ゲンツ君」
「おやすみなさい」
三人はボンッとコテージを取り出して休んだ。いいな、アレ。テントの良さもあるけど、快適なのは正義だ。
「はぁ……弱いな、俺」
「……強いですよ、ゲンツさんは。あたし、指一本動かせなかった」
「ほんとにねぇ……」
「心、折れてたっス」
「無理」
「神に祈るしかありませんでした、答えては下さりませんでしたが……」
「うーん、どうだろう。あの状態から生き残った事実こそ、神の救いだと思ってるよ」
「ゲンツさんは、本当にお強いのですね」
「結局ギルマスたちを救ったのは、あのときゲンツが動いたからだもんな」
「凄いことっす」
「でも、ちょっと危ういと思ってしまいました……」
「それは、俺も思っている。あの状況、絶対に殺される。そう決まっていたのに、身体が動いてしまった。頭ではもう、諦めていたのに、あのまま三人が殺されるのが、ただ許せなかった……」
皆を見回すと、俺と同じように何もできなかった自分への非難、悲しみ、そういったものが混じったような暗い表情をしていた。
「俺は強い人間なんかじゃない。なのに、何もせずに皆が殺されるのが、自分が死ぬことより、嫌だったんだな。弱い人間だ」
「違います。他者のために動ける者は、強い勇気を持っています」
「勇気か。実力を伴わない勇気ある行動は、ただの蛮勇だな」
自分の言葉が自分の心に突き刺さる。
「次同じことがあったとき、また動けるのだろうか……二度と奇跡は起こらないだろう。それでも動けるのか……強くなりたいなぁ……俺も、もっと人を救えるだけの力が欲しい」
みんな、俺の言葉を真剣に聞いてくれている。その表情にはある種の決意が秘められている気がした。
「……寝よう。たぶん明日からまた忙しくなるぞ」
「そうだな。おやすみ、ゲンツ」
「ああ……」
申し訳ないが、見張りなどは領主の兵の皆さんに甘えさせていただく。俺は寝袋に入り、いつの間にか泥のように眠ってしまっていた。
朝
「ゲンツ、少しいいか?」
朝テントの中で身体を拭いたり朝の準備をしているとケイトに声をかけられた。
「どうした?」
「父が呼んでいます」
予想はしていた。街に戻ってから復興後に、という淡い期待も有ったが、有能な人間ほど動きは早いということか。俺は、最低限の礼儀に反しない服装に着替え、身を整えてケイトについていく。
領主の居は流石貴族、即時展開型の魔道具による建物で、普通に家の中のようだ。
「エスタール様、ゲンツ殿をお連れいたしました」
ケイトが扉を開くと、テーブルと椅子が並ぶ部屋の奥に男性が座り、その横に二人の人物が立っていた。一人はヒロル、そしてもうひとりはヒロルやケイトにどことなく顔つきが似ている、あの方が兄のホーク様なのだろう。つまり、座られている方が我らが領主様、ケイネス=エスタール様。流石はケイトとヒロルの父親、こうして間近で拝見すると、イケオジである。
俺は貴族に対する礼を示す。
「よい、ゲンツといったな、楽にしてくれ。今は家族だけの非公式な場だ。まずは礼を言おう、我が娘ヒロルの命を救ってくれて、ありがとう」
「や、やめてください。あの時は過分な褒美に感謝の言葉まで頂いております」
「私からも、兄として可愛い妹を救ってくれた英雄に直接感謝を伝えられる事に喜びを覚えるよ、ありがとうゲンツ殿」
貴族二人が頭を下げている。いや、生きた心地がしないぞとヒロルやケイトの方を向くとクスクスと笑っている。俺はよほど慌てているらしい。
「お二方の感謝の言葉ありがたく頂戴いたします!」
なんとか、体裁を繕った。
「さて、時間もないし、さっそく本題に入ろう。ゲンツくん、……く、くっ、他に手はないのかホーク!?」
「無理だと思いますよ、無理すれば、たぶんケイトもヒロルも一生口を聞いてくれなくなりますよ……私だって、辛い……が、ゲンツ殿は、あの3名も推している人物、どこぞのバカ貴族に利用されるよりは、妹達の幸せを……」
な、何の話なんだ……俺はオロオロとする以外なかった……




