71杯目 本当の絶望
何が起きたのか全くわからなかった。
凄まじい合わせ技が敵を完全に寸断した。
真っ二つになって敵が崩れ落ちたら、3人がゆっくりと倒れていった。
そして、その前には先程の巨大な敵が、ちょうど人間と同じくらいのサイズで立っていた。
「産まれたての殻を壊してくれてありがとう。
ふむ、なかなか良い力であった。
主も満足しいる。
後はその肉体と魂を供物として捧げるがいい」
次の瞬間、その存在はわずかに力を開放しただけだろう。
たったそれだけで、俺達の魂は締め上げられ、領主の率いた騎士たちはバタバタと気を失って倒れてしまう。
俺達も、ギリギリで意識は保っていたが……心は、へし折られた。
「む、無理だ……あんな、アレはなんだ……」
「魔力の、桁が、違いすぎる……」
俺も、気がつけば両膝をついて、猪突にもたれかかりぎりぎり倒れるのを防いでいるざまだ。肌がビリビリと震える。涙が溢れそうだ。ションベンも漏らしそうだ。
怖い
捕食者の間に晒された小動物の気持ちを味わっているようだ。
過去の死の経験が、冗談の様に感じてしまう。
完全な死の予感。
運命とさえ感じてしまう。
目の端に何かが横切ったと思ったら、背後の壁に何かが叩きつけられた。
「ほう、人の形を保つか、なかなか頑丈だ」
「あ、あんたー!!」
ソレがフォルスさんであると気がつくのにしばしの時間がかかった。
目線を戻すと、腹を腕により突き抜かれたフェイナさんと、踏みつけられたギルマスの姿。
「あ、あああ、あああああ……」
サルーンの悲痛な叫び、いや泣き叫ぶ声が聞こえた。
俺の心も、もう、砕け散りそうだ……
恐怖によって手足が動かない。
呼吸も忘れる。苦しい、このまま、死んだほうが楽なんじゃ。
パーーーーーーンッ!
甲高い柏手。たった一度のその音が、へし折れていた心を繋ぎ止めた。
「大丈夫」
どこまでも冷静で、そして優しい一言が、まるで耳元で囁かれたように錯覚する。
「フェィナ、ウイニード、後輩にあまりカッコ悪い姿を見せられないよ」
ゆらゆらと可視化された魔力がフォルスさんの身体を包みこんでいた。
膨大な魔力を感じる。
「このくらいの傷、かすり傷さ……」
フェイナさんの肉体も光り輝いている、腹の傷が筋肉で止血されていた。
「やれやれ、ヤキが回ったもんだ。追い込まれねば至れぬとはな」
ウイニード、ギルマスも同じ様に輝いている。
溢れ出る生命力が身体を被っていた。
「ほう、凄まじい餌の匂いがする。
褒めて遣わす。母に捧げる供物を練り上げたのだな」
「ぬかせっ!!」
3人の動きが、変わった。
光をまとってからはまた階層が変わったように動きが早く、疾く、力強くなった。
3人の合せ技だった空間を切り裂くような一撃が、当たり前のように繰り出される。魔力の真髄のような一撃が敵を撃つ。
「そ、そんな……」
それでも、俺達の喉から絞り出された声は、絶望の嘆きであった。
3人の文字通り命を燃やし、魂を削って生み出された攻撃は、魔人にまるで通用していないのだ。
「いいぞいいぞ、もっとだもっとだ!!」
嬉々としてその攻撃を軽くいなしている。
信じられない光景が目の前で繰り広げられている……
永遠とも感じられる戦闘が、実際には瞬きをする間に繰り広げられている。
3人の魂の輝きは、時間と共に弱くなっていく。
明確な敗北の未来。
確実にその瞬間が近づいてきている。
「がっはっ!!」
最初に限界が来たのがフォルスさん、最初の一撃はすでに命に至っていた。
泣き叫びながらコーラットが神に祈っていたが、立ち上がる気配はない。
そして、一人のパワーバランスが崩壊し、あっという間にフェイナさんもギルマスも崩れ落ちる。
「なんだ、もう終わりか。
ふむ、しかし、人の身なれど良くやった。
褒美に我が名を教えてやろう。我が名はアスラ。
魔将アスラに挑んだ名誉を与え、一撃で殺してやろう。
それが、褒美だ」
魔将。その響きが心を砕いた。
このダンジョンは100階層を超えるということだ。
そして、魔人の上位の存在、魔将が目の前に居る。
プラチナやダイヤモンドのパーティでもなければ、対応は不可能。
ああ、死んだ。
絶対。
アスラの一撃が、ギルマスに振り下ろされようというとき、俺は、自分でも信じられない行動を取っていた。
「やめろおおおおおおおぉぉぉぉぉ!!」
叫んでいた。
気がつけば、力のかぎり、叫んでいた。
「……羽虫が、勇者の戦いを穢すか……」
不愉快そうに俺に殺気が向けられる。
「ぐっ……がはっ……」
ただそれだけで、身体が恐怖で心臓を締め上げ、肺を絞り上げる。
全身の毛穴が開き、あらゆる物を垂れ流した。
それでも……
「や、やゔぇろおおおぉぉぉぉ……」
絞り出すように抗議の声が俺の身体から発せられる。
自分でも、驚いている。
これは思考から出ている言葉ではない。
魂が絞り出している声だ。
「醜い、道化っぷりに笑えるかと思ったが、ただただ醜い。
消えよ羽虫」
アスラにとっては、フッと息を吹きかけるが如く、魔力の弾が指先から弾かれた。
強大な魔力の塊が、加速し、俺の頭蓋を撃ち抜かんとす。
「うおおおぉぉぉぉ……」
動かない身体を叱咤するために雄叫びをあげたつもりが、なんとも情けない声が喉から漏れ出した。そして、身体は少しも動いてくれない。
過去の記憶が蘇っていく。
時間が凝縮され、光球がゆっくりと額にめがけて飛んでくるのが視える。
後ほんの少ししたら、瞬き、いや、瞬きをする暇もなく、俺は死ぬ。
運なんてなかった。
あったとしても、その運全てをぶち壊す存在が現れてしまった。
あのダンジョンは、この国有数の深さのダンジョンへと成長するだろう。
また、新たな冒険の場所が産まれたが、俺の冒険はここでおしまいだ。
「ああ、皆は逃げてほしいなぁ……」
俺の遺言は誰にも聞かれることなく、口から絞り出された。
「よく言った!! 漢を見せたなっ!!」
キィン。
魔力の弾が目の前で弾かれ、俺は、抱かれていた。
雄々しい男性に。




