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42杯目 泥沼

 一体、どれくらい時間がたった?


 キィン


 どれくらい刃を交わした?


 キィンキィン


 腕が、重い、身体が、重い


 キィン、ギィン


 爪が来るぞ、ちゃんと受けろ


 キィン


 俺は、何をしているんだ……?


 ザシュッ……


「ぐっ!」


 ぼやけた視界が痛みではっきりとした。

 肩に爪が刺さっている。

 だが、そこには強い力は込められておらず、今回も、俺の命には届かなかった。


【ハァハァ、ゼェゼェ、キ、キサマ、シツコイニモホドガ、アルゾ】


「見逃しても……、良いんじゃないか……、そろそろ……」


【ソレハ、デキナイ、オレノホコリニカケテ、オマエヲ、コロス】


 突き刺さった爪に力が入るが、その前に弾きあげる。

 刺さった傷から鮮血が舞う。

 俺はポーションを流し込む。

 もう、吐きそうだ。

 傷はゆっくりと治っていくが、体力は戻ってこない。

 さらに、旨くもないポーションを、もう何本も飲んでいる。

 武器を持ち上げる腕に力を入れるだけで、ポーションでも治せないような痛みが出る。足ははちきれんばかりにパンパンだ。

 さっきまで半ば気を失っていたほどに、頭も茹で上がってしまっている。

 ワーウルフの方だって同じような状態だ、俺達は、フラフラになりながらの泥仕合を続けている。

 命がけ、ではあるが、もう、戦いの輝きなんてものはとっくの昔に剥げ落ちている。


 太陽が、頭を出していた。

 鋭い横日が俺達の影を草原に映し出している。

 俺の攻撃も、ワーウルフに何度も当たっているが、棍棒の重さに任せて殴られても、あちらさんにダメージはない。

 一方俺は、爪が刺されば血もでる。

 この状態でも目や首に刺されば死ぬだろう……

 特に、噛みつきは絶対に受けるわけにはいかない、流石に食いちぎられて治せない。

 

「地獄だな、これは」


 筋トレをして、限界に達しているのに、その後に自分の意志でそのトレーニングを継続させるような、無理に無理を重ねるような苦行を、今、俺は続けている。

 あちらはなんとか俺を殺せるが、俺は相手にダメージを与えられない。

 何のために耐えているのか、この状況を打破できる何かが有るのか……?

 答えは、もう、無くなっている。だ。


「あれが決まっていれば……」


 敵が噛みつき攻撃をしてきた時、思わず焦って用意していた奥の手を使ってしまった。

 まだ余裕があったワーウルフは危険を察知して俺の奥の手を回避してしまった。

 あのボアでさえ行動不能にした危険香辛料詰め合わせスライム液を……

 あれをあの大口に叩き込めていたら、俺が勝っていただろうに。

 後悔しても仕方ないが、悔やまれる。

 今、今だったら、絶対に避ける余裕はなかったのに、焦ってしまった……

 なんなら口に入れなくても顔にでも付着させれば逃げ出す時間稼ぎくらいは出来ただろうに……地面に消えていってしまった奥の手を口惜しく睨みつける。


「ちっくしょう!」


 眼の前が暗転して倒れそうになるのをぐっと堪える。

 

 どうするんだ、これ……


 俺、ここまでやって、結局死ぬのか……?


 ザシュッ!


「ぐあああっ!」


【アキラメロ、オマエノ、コウゲキ、キカナイ、オレノ、コウゲキ、キク】


 太ももをざっくりと斬られてしまった、意識が飛んでいた。

 急いでポーションを飲み込んで、そして、激しい悪寒が襲ってくる。


「おえっ!! 完全に、ポーション酔いだ……もう、限界かっ!?」


 なんとか、傷は塞がってくれたが、身体がポーションを受け付けなくなっている。

 これ以上は、無理だ。

 飲んでも即座に吐くだろうし、回復もしないだろう……

 もう、いいか……?

 頑張ったよな、俺。

 目を瞑って、眠ったら、楽に殺してくれないかな……


 あ…………


 冒険したかったな……

 もっと、楽しく、旅を、楽しんで


 ……にきー……


 くっそ、目が、霞む、まぶたが、重い。

 

「うおおおおっ!!」

 

 ギャンっ!! 


 眼の前に迫った攻撃を身体を捻って地面を転がって避けた。

 運が良かった。

 今のは、完全に偶然だ。


 あれ


 身体が、


 動かないぞ……


 やばい、指先一つ、動かない、


 猪突を持つ腕がピクリとも、


 アニキー!!


 兄貴? 誰のことだ?

 誰の声だ!?


「ゲンツの兄貴から離れろっ!!」


 ぐんっっと俺は何者かに引きずられるように移動させられている。


【キ、キサマラナニモノダッ! ソイツハオレノエモノダッ!】


「やらせるかよっ!! もう好き勝手にはさせねー! 援軍も来たからな!!」


「バース君、下がっていたまえ、こいつはグレートワーウルフ、アイアンの君では危険すぎる」


 何が起きている。

 俺は、温かい、これは、回復魔法を受けているのか?


「ゲンツさん、なんで一人で行ってしまったんですか、1日待てばギルドから援軍が来るって手紙を置いておいたのに……」


「う、ウィンド……か? 手紙? 何の話だ……?」


 回復魔法のお陰で、ずいぶんと楽になった。

 目を開けると俺はウィングのパーティの神官に回復魔法をかけてもらっていることがわかる。


「ど、どういう事だバース!! ゲンツさんに手紙をっ! ちゃんと部屋に渡すように言ったよな!!」


「おうよっ!! この通り、この手紙をゲンツさんに渡したさ!!」


 ああ、バースだ。何やら封筒を高々と掲げている。


「どうして私た手紙が貴様の手に持っているんだ!!」


「あっ……」


 なんとなく、色々と察した。


「ワーウルフは……」


「もう大丈夫、ゴールドが助けに来てくれ、って、もう終わってますね」


 横目に見ると、すでに戦闘は終了していた。

 俺があれだけやって何も出来なかった敵が、戦いの気配さえさせずに倒れている。

 あれが、ゴールド。


 美しい白銀の鎧の剣士が、剣についた血を払って鞘に納める。

 その所作でさえ、洗練され、目を奪われた。

 放たれているオーラが違う。

 そのパーティと思われるメンバー全員が、なんだか輝いて見えた。


「アニキ、すんませんっ!!」


「いや、良いんだ。俺が勝手に始めてしまった事だ」


「そのあたりの話、あとで詳しく聞かせてもらおう、ゲンツさんでしたね」


 白銀の剣士が手を差し伸べる。

 俺はその手を握り、立ち上がる。

 まだめまいもするが、ずいぶんと楽になった。

 しかし、その剣士の瞳には怒気を孕んでいることは、すぐに気がついた。



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