43杯目 金
ゴールドランク冒険者。
アイアンとシルバーの大きな壁と比べ物にならないほどゴールドに至るのは難しい。それこそ、英雄級な業績を達成して至る人間の一つの領域だ。
眼の前に、ゴールド冒険者がいて、その冒険者は俺に怒っている。
ああ、恐ろしい。
こうしてみると、ワーウルフでさえ子犬のように感じてしまう。
生物として、格が上のものにぶつけられる怒気のなんと恐ろしいことか……
「ま、待ってください、俺が悪いんです! ゲンツの兄貴を責めないでください」
「いえ、俺がこいつに仕事を任せたのが悪かったんです」
バースとウィンドが間に入って俺を庇ってくれた。だが、悪いのは、間違いなく俺だ。
「いや、ありがとう二人共、でも、俺が悪いんだ……
そして、まずは命を救ってくれてありがとうございます。
街道に出させてしまうところだった、本当にありがとう」
ふぅー、と剣士は大きく息を吐いた。
目を閉じて開くと、すでに怒りは消えていた。
凄いな。
この切り替えの速さも冒険者には重要な精神調整力だろう。
改めてみると、この剣士、その瞳の鋭い輝き、中年の魅力的な顔つき、美しい鎧と容易に想像できる鍛え上げられた肉体、手を引かれて解ったが、体幹の安定感が凄まじく、山のようだ。どんな戦い方をするのだろう、想像するだけで年頃の乙女のように胸が高鳴る。英雄譚を聞いている少年のような気持ちになってしまう。
「はぁ、なんとなくあなたの人となりが伝わってきますが、もう少し顔芸は覚えたほうが良いのでは……? そんな少年のような瞳で対応されては、少し怒っていた私のほうが悪者みたいじゃないですか……」
「す、すみません。現役のゴールド冒険者を間近で見ることが無かったもので」
「すっかり毒気を抜かれてしまったな。それでもあえて言わせてもらう。
貴方は単独で突っ走り、場合によっては甚大な被害を引き起こす可能性もあった。
その可能性を考えなかったわけではないですよね?
次からはもっと慎重に行動してください。
聞くところによると貴方は大変思慮深い人間だということですが、なぜこんな短慮に走ったのですか……?」
「そ、それは……その、……し、知り合いに被害が広がる前になんとかしなければと、思い込んでしまい……」
改めて考えれば、俺はなぜ、こんな大胆な、おおよそ俺っぽくないことをしたんだろう……?
「なるほど、自分の力に溺れたわけではないのか。
ゲンツさん、貴方、自分のことより他人のことのほうが必死になるタイプですね」
「あー」「確かに兄貴はそうだ」
なぜ俺より先にバースやウィンドとかそのパーティの皆さんが納得してるんだ。
「そう、なのですかね?」
ただ、自分ではよくわからない……そうかな、俺は俺自身が生き残るために最大限の努力をするタイプだと思っているんだけど、な?
「すみません、自分ではよくわからなくて」
「ははっ、自覚のない一番大変なタイプなんですな。
そうですか、嫌いじゃないですよ」
「あ、ありがとうございます? あ、あの、ところでお名前をお伺いしても?」
「これは失礼、私はアベル。銀翼の鷹リーダーのアベル=ランパートと申します」
「き、貴族の方でしたか、これは大変なご無礼を」
「いやいや、よくある継承権もなく貴族を捨て冒険者になった口なのでお気になさらず。
ところで、他のコボルトはどうしましたか? それとなぜ上位種が?
聞いた話とずいぶんと異なるようですが……」
「ああ、それなら一から説明しないといけません、実は……」
それから俺は今回の騒動を説明した。
俺は淡々と話しているのだが、それを聞いているバースやウィンド達のパーティのリアクションが大きくて、まるで物語を語っているかのような空気になってしまった。
「……つまり、ゲンツさんは、一人でコボルトの街規模を壊滅させ、千に近い魔物を討伐し、さらにイレギュラーな存在進化という現象を目撃し、生まれた上位種と壮絶な追走戦を行い、結果グレートワーウルフを疲労困憊状態にして戦闘可能にし、我々の到着まで戦闘を継続し生還を果たした……と……」
「ええ、そ、そんなかっこいい事じゃないですが……」
「ご自身が何をやったのかおわかりになっていない、そして、私は今、非常に悔やんでいます。あのグレートワーウルフは絶対に貴方がトドメを刺すべきだった……
申し訳ない……」
「いやいやいやいや、俺は命を救ってもらったんだし、俺の攻撃なんて全く通用しなかったし、本当に助けてもらって感謝しか無いというか」
「もしかしたらゴールドの扉が開いたかも知れない英雄的行動に泥を塗ってしまった。どうりでいくらなんでも手応えがなさすぎたと思ったんです……」
どうやらアベルさんは本当に落ち込んでいるらしい、すごく、素敵な人だと素直に思った。
「本当に、私に感謝以外の気持ちはないです。アベルさん、本当にありがとう。
それにバース、ウィンド、君たちが来てくれて本当に助かった。ありがとう」
俺は深々と皆に頭を下げた。
「これだからゲンツの兄貴は……」
「全く、言葉もありませんよ」
「なるほどな、君たちの言っていたこと、今だったら完全に信じられる。
とんだお人だよゲンツさんは」
なぜかその場に居た皆に笑われてしまったが、俺は悪い気はしなかった。
すっかりと日も昇って、その日の青空がとっても綺麗だったから。




