ep.8 秘密組織・赤紫の月影
レイティラ公爵夫人が冷たく笑うと、三人の公爵夫人たちも嘲笑した。
「王太子妃時代はあんなに愛されていたのに……。お可哀想にね」
「あれだけ王太子だった殿下がお渡りになったのに懐妊しなかったんだもの。だから愛想をつかされたんじゃない?」
「まあ。懐妊しなかったのはどの側室も一緒よ。でも、あんなに寵を賜ったのにねぇ? 特別扱いよ」
美しい女たちが吐く言葉には毒がある。それを俺は知っている。
――くっそ! 女社会ってこういうのが嫌なんだよな……。
「朝顔の妃は魅力的です! 『寵愛の偏りはよくない』とリドル宰相が陛下に進言したそうです。陛下のお渡りが減ったのはそれが原因では?」
――リドル! 勝手にストーリーを作ってごめん! だが、朝顔の評判を守るためだ!
「まあ? そうなんですか? 朝顔の妃は宰相の姪でしょう? 姪が寵愛された方が自分に有利なのに……。そんな進言します?」
――うっ! レイティラ公爵夫人、やっぱり鋭いな……!
「宰相は賢明な方ですからね。後宮の妃にあまねく寵愛がいき渡るように配慮しているのですよ」
「ふうん? それにしては、牡丹の妃ばかりが寵愛されてますけどね」
「レイティラ公爵夫人のおっしゃる通りですわ。男の愛なんて気まぐれですもの。陛下は今は牡丹の妃に目移りしているだけでは?」
俺がそう言うと、レイティラ公爵夫人は思案顔になった。
「そう……。でも、今後も牡丹の妃が寵愛されるなら、私たちも身の振り方を考えないとね。デド公爵家とは仲良くして損ないわ」
レイティラ公爵夫人の発言に、公爵夫人たちも頷いた。
◇◇◇
「お姉さま! おかえりなさい! あっ! ごめんなさい! レイティラ公爵夫人って呼ばないといけないのについ!」
「いいのよ。堅苦しいのはやめてちょうだいな」
帰宅すると、玄関ホールに妹が出迎えに来てくれた。
私は妹の頭を撫でた。
「王女様に呼ばれたんでしょう! 楽しかった?」
妹は好奇心いっぱいに瞳を輝かせた。
「ええ。とっても楽しかったわ。素敵なヘアオイルをもらったのよ。後で髪を染めて一緒に遊びましょう」
「髪を染める!? えー! 何それ! ところで、この前の王女様の剣舞、凄かったよね! 私も一緒にティーパーティに行って、剣舞を見たかったなー!」
私はクスリと笑った。
「ティーパーティで剣舞なんて披露しないわよ。でも、そうね。有意義な時間だったわ。……シエン王女様は大人しいイメージだったのだけど、意外と積極的な面があるのね。興味深いわあ」
「ほんと!? 王女様は魅力的!?」
「ええ。今後はお前のためにもシエン王女と仲良くするとしましょう。あなたはもう少しで18歳だもの。計画通り、紫の国王の後宮に入れてあげますからね」
妹の瞳がきらりと光った。
「ありがとうございます! お姉さま! 私、男子を産んで王妃になってみせますわ!」
「ええ。後宮に入るためには推薦状が必要だからね。シエン王女にも推薦状を書いてもらうとしましょう」
「私のために王女様と仲良くしてくれるの!? わーい! お姉さま! 大好き!」
妹は私に抱きついてきた。
私と妹は黒い笑みを浮かべて頷きあった。
「安心しなさい。後宮でいじめられたら、お姉さまとレイティラ公爵家が守ってあげますからね」
「ええ! 最終的には、目障りなユゴー侯爵家を引きずり降ろしましょう!
当主のリドルが宰相だからって、ユゴー侯爵家ばっかり引き立てられてずるいわ!
私たちの実家のオブシディアン侯爵家こそ優遇されるべきよ!」
「まったくその通りだわ。後宮に入ったら、王子を産んでちょうだい。
そうすれば、王子の後ろ盾はオブシディアンとレイティラよ。あなたの王子は私たちが王太子に押し上げてあげますからね」
――シエン王女……。使えるだけ利用させてもらうわよ。
◇◇◇
「シエン様、フルボン=ターコイズと名乗る紳士がお見えです。茶髪に緑の瞳をした落ち着いた雰囲気の方ですよ」
「ほんとか!? ターコイズが!? すぐに応接室に通せ!」
俺は読書を切り上げて、すぐに応接室に向かった。
「ターコイズ!? 久しぶりだな!」
扉を開けると、青年はソファに座らずに、立ったまま待っていた。
「お久しぶりです。シエン……いや、コラン様。リドル宰相様から話は聞きました。呪術で入れ替わってしまったとか」
ターコイズは蛾眉をひそめたが、俺は鷹揚に彼の肩を叩いた。
「そうなんだよ。まあ、座って茶でも飲みな。いやあ、感慨深いな。君がこんなに立派な紳士になって、レッドムーン商会の代表になるなんてね」
「全てはコラン様のおかげです。このご恩をどうお返ししたらいいか……」
「恩返しはこれからさ。なんていったって、染髪油の注文が殺到してるからな。
俺は窓口として、レディたちから大人気さ。
俺の機嫌を損ねたら、買えなくなるからな。一カ月前のティーパーティーは大成功だったわけ」
「ええ。染髪油を通して公爵夫人方とも仲良くなれたとか……。おめでとうございます」
そう言うと、ターコイズはソファに座り、お茶を一口飲んだ。
そして、昔を懐かしむように目を細めた。
◇◇◇
「なんだって!? 学校に通える!? しかも、朝昼晩に給食が出るだって!?」
話を持ってきた友人に、俺は軽く食ってかかった。
俺の名前はフルボン=ターコイズ。15歳。
孤児院育ちの牛乳配達員。生活は常にぎりぎりだ。
「そうなんだよ。学校は金持ちしか行けない場所だけどな。
カイロ=ニーギョって資産家が都市にいくつか学校を建てるんだって。
貧しくて学校に行けない10〜20歳が対象らしいよ。テストにパスすれば誰でも通えるらしい」
「テスト……? じゃあ、無理かも。俺は読み書きすらできないし……」
暗い顔をした俺を、友人は励ましてくれた。
「大丈夫だよ。そういう子のために、テスト問題は口頭で出題されるらしいから」
「まじか! 絶対に行く! どうやって申し込みするんだ!?」
◇◇◇
俺は面接とテストをパスして、無事に入学することができた。
「今日から君たちは、ニーギョ第一学校の生徒だ。勉学にしっかり励むように。成績優秀者には返済不要の奨学金も支給されるからな」
授業初日。先生の言葉に、俺のやる気は高まった。
――よし! 絶対に奨学生になるぞ! 脱、牛乳配達!
だが、先生の次の一言に俺は固まった。
「定期テストに落ちた者は、即退学だ。賢い者だけが、勉学の権利も食事の権利も得られる。いいか? しっかり勉強するように!」
――は? 退学? 聞いてないよ!
クラスメイトたちは一気にどよめいた。
◇◇◇
ニーギョ第一学校は想像とは違い、とても厳しい学校だった。
始めは字の読み書きから始まり、数学、文学、科学、法律……と多分野を学ぶシラバスで、大量の知識と実践問題を叩き込まれた。
入学当初200名いた生徒は、一年で80名まで減った。
ニーギョ第二学校と第三学校でも同様の傾向が見られたそうだ。
そんな中で、入学から2年目に、俺は奨学生になることに成功した。
奨学金が支給されたので、牛乳配達を辞めて、勉強にだけ打ち込むことができるようになった。
冬は寒く、夏は暑い中、配達業務をしなくて済むようになったのだ。
人生で初めて生活費に余裕ができ、俺は創業者のカイロ=ニーギョ氏に心から感謝した。
そうして時が経ち、入学4年目、俺は19歳になった。
第一学校の生徒数は、50名にまで減っていた。
そして、第一学校と第二学校と第三学校の生徒たちが、第一学校の講堂に集められた。
◇◇◇
「ニーギョ3校の生徒183名、今日はお集まり頂きありがとう!」
校長が講堂で演説を始めた。
俺は背筋を伸ばして聞いていた。
「もうお気づきだろうが、この学校はただの学校ではない。エリートを選抜する教育施設だ」
――うわ……。やっぱりそうだったのか……。
「君たちは卒業後、赤紫の月影という組織に入ってもらう。君たちが、組織の構成員だ。入りたくない者は、この講堂から出ていきなさい。その場で退学処分とする」
――なに!? どういうこと!?
生徒たちがどよめいた。すると、一人の生徒が挙手して質問した。
「赤紫の月影とはなんですか? なんの組織ですか? 僕たちはどうなるのですか?」
「それは、これから説明しよう。ただし、説明を聞いた後に組織に入らない、というのは無しだ。不安なら、今すぐ出ていきなさい」
――いやいや! ここまで頑張って勉強したのに退学とかあり得ないだろ! なんか怖いけど……卒業したいよ!
全員が似たようなことを考えたのだろう。
誰も退出しなかった。




