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ep.7 貴婦人たちの心を掴む特別アイテム

 箱の中には、色とりどりの粉が入った小さなケースが20種類、そして、透明な液体が入った小瓶が5本入っていた。


「それは……なんですか?」


 黒髪の公爵夫人――ワダーク公爵夫人が不思議そうな顔で俺に聞いた。


「髪を美しく彩る魔法の道具ですわ」


 公爵夫人たちは怪訝な顔で目を見合わせた。


 けれど、俺は笑顔で続けた。


「皆さんはこんなことを思ったことがありませんか? 自分の髪がブロンドだったらいいのに、艷やかな黒髪だったらどんなに素敵だろう? ……とね。


皆さんはすでに素晴らしい髪をお持ちですが、自分にない色彩というのは羨ましく感じるものです」


「分かりますわ! 私はくすんだ灰色の髪ですからね。銀髪に憧れます!」


 灰色の髪の公爵夫人――グリー公爵夫人が即答してくれた。


――よっしゃ! 食いついたな!


「そんなお悩みに、こちらはお勧めです。ひとまず、私が実演するのでご覧ください」


 公爵夫人たちが好奇の目を向ける中、俺は液体の入った小瓶の蓋を開けた。


 そして、銀色の粉が入ったケースの蓋を開け、中から粉をひとつまみ取り出す。


 その粉を、小瓶の中に入れた。


 その瞬間、透明な液体は一瞬にして銀色に染まった。


「ええ!? なんですかそれは!?」


 ワダーク公爵夫人は驚いて声を上げた。他の公爵夫人たちは興味深そうに液体をじっと見つめている。


 俺は小瓶を逆さにして、右手に液体を数滴垂らした。


 さらに、両手をこすり合わせて、手に液体を馴染ませる。


「よくご覧になってください」


 俺は両手で、髪を撫でた。すると、手が触れた部分の髪が銀色に変色したのだ。


 ただの銀髪ではない。光を反射し、強く輝くプラチナブロンドのような色彩だ。


 俺は丁寧に髪全体を撫でた。


 紫紺色の髪は、またたく間に銀髪に早変わりした。


 公爵夫人たちは口を開けて固まっていた。


「いかがでしょう? 染髪料を使った髪の染色には三時間かかります。しかし、これなら一瞬です。それに、美しいでしょう?」


「美しいわ……。それに、そんな輝きは見たことがないわ!」


 グリー公爵夫人は興奮した声を出した。


「ここには20種類の粉があります。金、銀、銅、黒、赤、ピンク、紫、青、茶など……。


お好きな色に髪色を変えられますよ。それに、専用のシャンプーを使えば簡単に落ちるように設計されています」


「色が落ちてしまうことはないの? それに、その手で服を触れば、服が銀色になってしまうのでは?」


 青髪のレディ――アブルー公爵夫人が俺に聞いた。


「いいえ。シャンプーを使わない限り、色は落ちません。髪以外が染まることもありません。これは、魔法と科学を融合させた特別な染髪油なんですよ」


 そう言うと、俺は液体がわずかに残ったままの手で白いドレスの袖口を撫でた。


 袖口が銀色に染まることはなかった。


「ほんとだわ……。色移りしないのね……」


 アブルー公爵夫人が呟くと、グリー公爵夫人とワダーク公爵夫人が身を乗り出した。


「ぜひ、使ってみたいわ! 銀髪にしてみたいです!」


「私は髪をピンクに染めてみたいわ!」


「もちろん、お使いください。アリス、手鏡を持ってきて!」


 俺は、小瓶と銀色の粉とピンクの粉をそれぞれ二人に渡した。


 アリスから手鏡を受け取ると、二人は粉を液体に垂らし、その液体を髪に塗り始めた。


「本当に銀髪になったわ! なんて綺麗なのかしら!」


「私は桜色よ。淡くて透明感があって美しい髪色だわ!」


 グリー公爵夫人とワダーク公爵夫人は手鏡を見ながらはしゃぎだした。


 すると、アブルー公爵夫人が言った。


「私も使ってみたいわ。くせ毛だから、真っ直ぐな黒髪に憧れるの。……でも黒髪にはなれても、くせ毛は直らないわよね?」


「直りますよ」


「ええ!?」


 俺は微笑みながら、小瓶と黒い粉と白い粉を差し出した。 


「小瓶には先に、白い粉を入れてください。その後に、黒い粉を入れてくださいね」


 アブルー公爵夫人は言われた通りにした。


 すると、透明な液体は黒くなった。


 アブルー公爵夫人はどこか緊張した顔で、液体を髪に塗った。


 すると、青い髪は艷やかな黒髪に変色した。しかし、それだけではない。くせの強かったロングヘアが、たちまちストレートヘアに早変わりしてしまったのだ。


 公爵夫人たちは、唖然として黒髪を見つめていた。


「いかがでしょう? この染髪油は、くせ毛をストレートにすることも可能なんですよ?」


 俺が自信満々に言ったときだ。


 それまで黙っていたレイティラ公爵夫人が口を開いた。


「素晴らしい染髪油だけど……。私には必要ないわね」


「レイティラ公爵夫人は黄金のような金髪をお持ちですもの!」


「染める必要なんてありませんわ!」


「滝のようなストレートヘアで、羨ましいですわ!」


 3人の公爵夫人たちは彼女を口々に褒めそやした。


――やっぱりレイティラは一筋縄じゃいかないか。だが、あの色で落とすまでだな!


「実は……特別な色しか似合わないレイティラ公爵夫人のための色彩を用意しましたの!」


 俺が微笑むと、レイティラ公爵夫人は首を傾げた。


「特別な色……?」


「はい! 騙されたと思って、こちらを使ってみてください」


 俺は小瓶と、虹色の粉を差し出した。


 レイティラ公爵夫人は怪訝な顔をしつつ、粉を液体に入れた。


 その瞬間、液体は虹色に染まった。マーブル模様のように様々な色が混じり合っている。


「私の髪を虹色に染めるのですか?」


「いいえ。違いますわ。まずは髪に塗ってみてください」


 レイティラ公爵夫人は液体を手に垂らすと、慎重に頭頂部を撫で始めた。


 すると、三人の公爵夫人たちが息を呑んだ。


「まあ! オーロラみたいに輝いているわ!」


 レイティラ公爵夫人は手鏡を手に取った。そして、目を見開いた。


 レイティラ公爵夫人の髪は、緑や紫、青色が混じり合い、内側から溢れんばかりの輝きを放っている。


 さながら、髪の上にオーロラが乗っているかのようだ。しかも、地毛の金髪もわずかに残っている。


「これは……美しいわ!」


――よっしゃあ! レイティラのお墨付きは頂いたぜ!


 レイティラ公爵夫人はすぐに、髪全体を撫で始め、あっという間に髪をオーロラ色に染めてしまった。


 そして、しばらくじっと鏡を見つめると、俺に微笑んだ。


「素晴らしい色彩だわ。これなら、私でも染めたくなるわ」 


――やったぜー!


 俺は心の中でガッツポーズを決めた。


 すると、レイティラ公爵夫人が俺に聞いた。


「ところで……。この染髪油をどこで手に入れたのですか?」


――もちろん、赤紫の月影です! ……なんて言えるわけねー!


「レッドムーン商会ってご存知ですか? 最近できたばっかりの商会なんですけど」


「いいえ。知らないわ」


「実は、そこの商会に出資したのが私なんです!」


「ええ!? 王女様が出資!?」


 公爵夫人たちは仰け反ったが、俺は構わずに続けた。


「はい。染髪油はレッドムーン商会の商品なんですよ。染髪油は作るのが難しく、生産量がとっても少ないので、貴重品なんです。だから、販売は紹介制になってます」


「まあ! そうなの?」


「ええ。本日は皆さまそれぞれに5本差し上げます。もし気に入って頂けましたら、購入のときは私に一言、言ってください。私が商会に取り合いますわ」


「……分かりましたわ」


「皆さん以外にも、購入したい方がいらっしゃいましたら、まずは私にお声掛けください。


それと、皆さんにはぜひ、染髪油を社交界で宣伝して頂きたいのです。


もちろん、お礼として、優先購入権をお渡ししますわ。いかがでしょうか?」


 公爵夫人たちは目配せし合った。そして、レイティラ公爵夫人が口を開いた。


「もちろん、優先的に売って頂けるなら、協力させて頂きますわ。なんといっても、この染髪油は素晴らしいですからね」


「ありがとうございます!」


 俺はぱっと笑顔になった。


――うし! 成功!


 だが、レイティラ公爵夫人の目が急に鋭くなった。


「それにしても……シエン王女様には商人のような一面があるのですね。知りませんでしたわ」


――ぎくっ! 入れ替わり、不自然になってないよな!?


「おほほほ! 今までそういう一面をお見せしなかっただけですわ!」


「そうですか……。ところで、お聞きになりました? 朝顔の妃が失寵したらしいですわよ?」 


――は!? いきなり何!?

 

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