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ep.6 不穏な後宮事情

◇◇◇ 

「宰相様、本日はわざわざお越しいただき、ありがとうございました」


 俺は女官と侍女たちと一緒に、王女宮の入り口まで宰相のお見送りに出て来ていた。


「おい! まじでやんのかよ!」


 小声で聞くと、リドルは頷いた。


「反対されないためには、既成事実を作るしかないですからね」


――最悪最悪最悪最悪……。


 リドルは急に、艶めいた笑みを浮かべた。


「それにしても、お別れは寂しいですね。もっとシエン王女様とお話したかったのですが……」


「えっと……ワタシもデス」


――やべぇ! 声が裏返った。


「これからは毎日会いに来ます。安心してください」


 そう言うと、リドルは俺を抱きしめた。


――うわ……。おっさんに抱きしめられるとか、最悪の気分……。


 げんなりしている俺とは違い、女官と侍女たちは黄色い声を上げた。


「えっ! お二人ってそういう関係だったの!?」


「家柄的にもお似合いだわ!」


 きゃあきゃあ騒ぐ侍女と女官を尻目に、リドルは俺にだけ分かるように薄ら笑いを浮かべた。


「王女宮の侍女と女官はお喋りが多いですからね。すぐに王城に噂が広まりますよ。これで毎日自然に会うこともできますね」


――うん。でも、やり方最悪な!


◇◇◇ 

後日――。

「何! シエンと結婚したい!? 婚約させろだと!?」


「はいそうです。陛下、シエン王女様と結婚させてください」


――宰相リドル=ユゴー侯爵がコランと結婚するだと!? 


 王城に、シエン(になったコラン)と宰相が恋仲だという噂が広まった。


 侍女と女官たちの話では、二人は別れ際に抱き合って別れを惜しんでいたとか。


 私――シエンが宰相を呼び出すと、彼は悪びれもせずに婚約を求めてきた。


 デド公爵曰く、宰相は入れ替わりに気付いた可能性がある。


 そもそも、女になったばかりのコランお兄さまが男と抱き合うとかあり得ない。


――この婚約には、何か目的があるな。だが、自国の宰相と王女の組み合わせ。対外的には断る理由がない。


 リドル=ユゴー宰相は"まだしばらくは"使える。


 王女になったコランと婚約させて、王家とユゴー侯爵家の結びつきを強めるのも悪くない。


 頭の中で素早く計算すると、私は宰相に微笑んだ。


「そうか。再婚にはなるが、宰相は妹の結婚相手として申し分ない相手だ。婚約を認めよう」


 宰相はぱっと笑顔になった。


「ありがとうございます! では、婚約祝いとして、シエン王女様に贈り物をさせてください!」


 紫の国では、貴族同士が婚約した場合、男側が女に贈り物をする習慣がある。


 一般的に、男が高貴であればあるほど贈り物は高額になるし量も多くなる。


「贈り物? いいけど、何を贈る気だ?」


「私が贈るのは、人材です!」 


「人材だと……?」


「はい! シエン王女様には、ユゴー侯爵邸の侍女とユゴー家が目をかけている女官と料理人、私の友人のジュリ辺境伯の騎士団の護衛兵を贈りたいです。


王女宮の人事をユゴー家の配下へと、新たに改めてくださいませ」


「……なんだと?」


 婚約した場合、男が人材を贈ることは稀にある。


 女の身の回りを自分の実家の配下で固めるのだ。そうすれば、結婚した後も、婚家に馴染みやすくなる。


「王女宮の人材を、私の傘下の者たちに変更してください。そうすれば、結婚後もユゴー侯爵家でやりやすいでしょう」


 宰相は微笑んだ。私は彼の意図を理解した。


――そういうことか。


 コランの周りを自陣営で固めようということか。


――まずいな。人事刷新をされると、王女宮のコランの監視役が辞めなくてはいけなくなる。


 王女宮の侍女と女官の内、数名は入れ替わり計画の協力者だ。彼女たちにはコランを監視・報告するように命じている。


 私は宰相に微笑んだ。


「素晴らしい贈り物だ。頂戴しよう。だが、何年もまめまめしくシエンに仕えてくれた侍女と女官もいる。彼女たちを数人残して、残りは宰相の推薦する人材に変えようじゃないか?」


――監視役だけは変えさせない!


「陛下は、ユゴー侯爵家の推薦する人材では不十分だとお考えですか? 教養や実務能力が足りていないと?」


 宰相はわざとらしく首を傾げた。


「いや……そんなことはない。しかし、王女宮のことを知り尽くしてる人材がいなくなるのは困るだろう。そうだ! 3人だけ残そう。それでどうだ?」


――監視員は2人だからな。ダミー要員でただの女官を一人くらい残しておくか。


「陛下の采配に感謝いたします」


 宰相は恭しく礼をした。


 私は微笑みを浮かべながら、内心では舌打ちしたくなってしまった。


――コランに面倒な味方がついたな。まあ、いいだろう……。


 どうせ、コランお兄さまは呪術を解除できないのだから。

 

◇◇◇ 

 後日、王女宮の応接室にて――。


「無事に婚約は成立です! 新しい人材たちは入れ替わりの事情を知っていますので、ご安心ください。女性として分からないことがあっても、なんでもサポートしますよ!」


「ありがとう。助かるよ」


 リドルが俺に成果を報告してくれた。


 王女宮の人事は改められ、俺は快適な日々を過ごしていた。


「新しい女官は最高だよ! 剣の稽古までさせてくれるからな!」


「それはよかった。ところで、既存の女官にはお気をつけください。シエン王女(殿下)が剣の稽古とか、今までと違う行動をとられるから怪しまれてますし。


国王シエンに間違いなく報告がいってますよ」


「分かったよ。残った三人の女官には気をつける。……それより、ルファナ……朝顔の妃は元気か?」


 聞いた瞬間、リドルの顔が曇った。


 紫の国では、国王は複数の妃を持つことができる。


 現状、紫の国王には5人の妃がいる。


 正室は王太子妃だったルファナ=カレンだが、他には4人の側室がいるわけだ。


 なお、王妃は王子を産んだ妃の中から選ばれる。


 国王の王太子時代に正室だったからといって、王太子妃が王妃になれるわけではない。


 国王即位に伴い、ルファナは朝顔の妃という呼称を国王から賜った。妃たちは皆、花を冠した名で呼ばれるのだ。


 ルファナ――朝顔の妃は俺が王太子時代に最も寵愛していた女だ。彼女は、リドルの姪でもある。


「朝顔の妃様は最近元気がありません。国王が全く朝顔宮にお渡りにならないのでね……。失寵したのではないかとの噂も立っています」


 国王に愛されるかどうかは妃と妃の実家にとって、重大な問題だ。


「……朝顔の妃は大丈夫か? 心配だ」


「現状ではなんとも言えません。即位したばかりですし、様子を見ましょう。大事な姪ですし、私も働きかけます」


「そうか……。朝顔の妃の代わりに寵愛されるようになったのが、リシェイ=デド……牡丹の妃って、本当か?」


 リドルは暗い顔をした。


「ええ。国王は毎晩牡丹の妃のところへお渡りです」


――もし牡丹の妃が懐妊したら……。王子だったら、デド公爵が影響力を増すな……。


 牡丹の妃、リシェイ=デドはデド公爵の妹だ。


「後宮の事情は分かった……。ひとまず、貴婦人作戦だ! レディネットワークを掌握するぞ!」


「かしこまりました。コラン様」


◇◇◇ 

 三日後、王女宮のティーパーティーに4人の公爵夫人が来た。


 各国の公爵家の数はそれぞれ5家と決まっている。


 つまり、紫の国の公爵夫人全員が来てくれたのだ。


 (デド公爵は未婚なので、デド公爵夫人はいない)


「本日はお集まり頂き、ありがとうございます!」


 俺が笑顔でお礼を言うと、公爵夫人たちも笑顔を向けてくれた。


「シエン王女様がわざわざ招待状をくださるなんて……」


「嬉しいですわ」


――シエンの奴、部屋で過ごしてることが多かったもんな……。


「これからは私、積極的に社交をしようと思っていますの」


「まあ? 王女様が?」


「それはよろしいですわ!」


 公爵夫人たちは口々に賛成した。


――この中で一番影響力があるのは……レイティラ公爵夫人だな。


 俺はちらりと金髪碧眼のレディを見た。


 他の公爵夫人の追随を許さない美貌、冷ややかな威厳。


 齢29のレイティラ公爵夫人は、社交界のレディたちの頂天に立つ存在だ。


――レイティラを落とせば、レディネットワークを掌握できる!


「皆さん、今日は珍しい星花茶を用意しました。召し上がってください」


 俺が茶と菓子を勧めると、公爵夫人たちはお茶を飲みながらお喋りを始めた。


 会話内容は、ドレスや化粧品、社交界ゴシップが中心。


 この世界では、ティーパーティでは政治の話は避けるのがマナーだからだ。


――退屈で仕方ない……。


 化粧もドレスの話も、つまらないしよく分からない。


 俺は全力で聞き役に徹していた。


 お茶がなくなる頃、俺は本題を切り出すことにした。


「皆さん! 今日は贈り物がありますの!」


「まあ? 何かしら?」


 公爵夫人たちは身を乗り出した。


「アリス。持ってきて頂戴」


 俺は側に控えていた侍女――アリスに命じた。


 アリスは恭しく礼をすると、部屋の奥の棚から小箱を取り出した。


 俺はアリスから小箱を受け取ると、中を開いて彼女たちに見せた。


「私からの贈り物はこれですわ」


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