ep.5 公爵は王太子を嘲笑う
「なにを……言っているんだ?」
「呪術でシエンと体を入れ替えられたんでしょう? それで、解決策を知りたくて俺を呼び出したのでは?」
俺は絶句した。
「結論を言うと、解決策はありません」
「はあ!?」
デド公爵は冷ややかな笑みを浮かべながら、楽しそうに続けた。
「俺とシエンが協力して呪術を解かないと、入れ替わりの解除は不可能。だから、あなたは永遠に王女のままですよ」
「なんだと!?」
思わず俺が立ち上がると、デド公爵は余裕に満ちた笑みを浮かべた。
「薄々察してはいると思いますがね。この計画には協力者が複数います。ここからが、素晴らしい陰謀劇の幕開けですよ。あなたは序章の踏み台です」
「お前、シエンと組んで俺を陥れたのか! 陰謀ってなんだ! なんで自分からべらべら喋る!」
俺が怒鳴ると、デド公爵はにやりと笑った。
「そんなに怒鳴ると、宰相に聞こえてしまいます。俺は二人きりで話したいんですよ。彼は邪魔なのでね。話の続きを聞きたいなら、お静かに」
「くっ……!」
俺は両手を握りしめ、座り直した。
「はい。俺がシエンと協力して、あなたを呪術で陥れました。呪術師の俺とシエンが仲良しなのはご存知でしょう? なら、俺とシエンが共謀していると簡単に予想がつくのでは?」
「……デド一族全員が、計画に関わってんのか?」
「それは内緒です」
「心臓の呪いは?」
「ああ。どんな制度にも抜け穴があるように、呪いにも抜け穴があります。俺の心臓が止まることはありません」
「なんで自分からべらべら喋る?」
「入れ替わりを証明する手段なんてありません。それに、あなたは一生王女のまま、どうすることもできないのでね。
だから、シエンから詳しく喋っていいと言われました。では、話は以上です」
デド公爵が立ち上がると、俺も立ち上がった。
「おい! ちょっと待て! 俺を元に戻しな!」
「は? いやです。女になったんだから、結婚して、子どもでも産んでな」
デド公爵の冷えきった声に、俺はかちんときた。
「なんだと!?」
「この国の常識じゃないですか? 女は子どもを産み、男が生活を支える。あなたは夫を癒やせばそれでいいんですよ。楽でいいでしょう?」
「ふざけんな!」
「ふざけてません。シエンはずっとそう言われてきたんですよ? あなたはシエンになったんだから、同じことを言われるだけです。"夫がどんなに嫌でも我慢なさい。結婚が女の仕事"ってね」
「……」
デド公爵は俺に歩み寄ると、耳元で囁いた。
「新国王陛下は俺が支えます。大変ですね。ご両親毒殺の謎も解けないまま、新たな心配事が増えて」
全身に冷水を浴びせられたような心地がした。
「それじゃ、さよなら王女様」
デド公爵は笑顔で手を振った。笑っているのに、その瞳だけは恐ろしく冷たかった。
◇◇◇
――コラン様とデド公爵は、何を話されているんだ?
冷静でいようとしつつも、私はそわそわしながら待っていた。
すると、扉が開いてデド公爵が出てきた。
デド公爵は私に笑いかけた。
「やあ。待たせたね」
「いえ。お話は済みましたか? 随分早かったですね」
「うん。長々と話すことなんてないから。じゃあね。リドル=ユゴー侯爵」
――ん? なんで今、宰相じゃなくてわざわざ名前で呼んだんだ?
聞き返そうとしたが、すでにデド公爵は踵を返していた。
王女宮の回廊に、彼のブーツの音だけが反響していた。
◇◇◇
「それで、コランに呼び出されたんだろう? どうだった?」
国王の執務室で、コランの姿をしたシエンが俺に聞いてきた。
俺が会話内容を話すと、シエンは笑った。
「そうか。お兄さまにとってはさぞや屈辱的だっただろうね」
「ええ。ところで、お聞きになりました? 舞乱一族のサエ師匠が急死したとか」
シエンは急に暗い顔をした。
「ああ。聞いたよ。せっかく即位したんだから、サエの望みを叶えてやりたかったのにな。舞乱本家に菊を送ってやりなさい」
「かしこまりました」
――即位していきなり、サエのためだけに舞乱家に干渉するなんて難しいだろう。口封じのためにも、サエは消して正解だったな。
生きていたら、龍の舞を教えてくれた対価として、サエの望みを叶えてやらなくてはいけない。それは面倒だ。
舞乱一族は官僚ではないが、青の国の伯爵家なのだ。
即位したばかりで基盤が盤石ではない今、他国の伯爵家に口を出すわけにはいかない。
――これで、サエのめんどくさい望みは叶えずにすんだ。シエンは悲しんでるが……。別の師匠を用意すればいいだろう。
「サエは、せっかくデド公爵が用意してくれた師匠だったのにな……」
「そんな悲しそうな顔をしないでください。俺があなたのために新しい師匠を探してさしあげますから」
「そうか……。悲しんでも、もう、サエは帰って来ないしな……」
「ええ。それから、二人きりのときは今まで通り、シエンとユラカと名前で呼び合いたいですね」
俺が微笑むと、シエンは厳しい口調で咎めた。
「それはやめておこう。万が一誰かに聞かれたり、ボロがでるといけない」
「……分かりました。それでは、失礼いたします。それと、宰相にはお気をつけください。奴は勘づいています。コランと息の合ったアイコンタクトもしていましたし」
「ああ。デド公爵、いつもありがとう」
シエンは花のような笑みを浮かべた。
その笑顔を見ただけで、俺は幸せな気持ちになった。
◇◇◇
「なんだと!? デド公爵がシエン王女様と共謀! 呪いまで躱したとは!」
「ああ。おそらく、俺は元に戻れない。シエンもデド公爵も、入れ替わりを戻す気はゼロだぜ」
「……では、どうされますか?」
俺はにやりと笑った。
「決まってんだろ。王女の身で、国王を超える。この国の支配者は、俺なんだからな」
「……は?」
リドルがぽかんとした顔をしたので、俺は吹き出しそうになった。
「元に戻れないなら、王女として生きていくしかない。だがな、このまま終わってたまるか!
目指すは権力奪取。紫の国のトップに経つのは俺だ。
シエンが欲しがった玉座がどれだけ無力か思い知らせてやるよ。玉座なんて不要だ! 俺は国王を超える権力者になる!」
「正気ですか……? 女の身で国王を超えるなどと……どうやって?」
「俺とお前が組めば、不可能なことはない! リドル、ついてきてくれるよな?」
「……もちろんです。どこまでもコラン様についていきます。私にとって、国王はあなたです」
リドルはその場に跪いた。俺はリドルの手をとって立ち上がらせた。
「ありがとう。リドル。お前は忠臣だ」
「光栄です。ところで、どうやって権力者になるおつもりで?」
「色々考えてみたけどな。まずは、詳細な作戦会議! それと、"赤紫の月影"のことは、シエンにもう話したか?」
リドルははっとした顔をした。
「いいえ。まだです!」
「よっしゃ! 今後も話すなよ! あと、組織長は変更だ。コランからシエンにな! 新しい偽名は……ヒイロ=ニーギョに変更だ。ヒイロは前組織長の遠縁って設定にしとけ!」
「かしこまりました」
「うし! まずは"赤紫の月影"を使って貴婦人ネットワークを掌握! 次に、食糧を掌握だ! 食い物がなきゃ生きていけないからな!」
「お待ちください。その前に、やることがあります」
「なんだ?」
「私とシエン様の婚約です。そうすれば、王女宮を私の配下で固めることができます」
リドルはにっこりと笑った。
「……は?」




