ep.4 呪術の共謀者
◇◇◇
「シエン王女様に挨拶いたします」
そう言って、宰相は優雅に一礼した。
宰相、リドル=ユゴー侯爵、名門ユゴー家当主の40歳。
子どもはいない。5年前に妻を亡くしてからは再婚もせず、独身だ。
年齢を感じさせない赤髪碧眼の若々しい美貌と地位から、令嬢たちから絶大な人気を博す男だ。
「かけなさい。お茶でも飲んで寛いでくれ」
「ありがとうございます」
リドル宰相は俺の向かいのソファに腰掛けた。
「ところで……リドルは今日は何の用件で来られたので?」
「シエン王女様に名前呼びをされるなんて、不思議な気分です。私をリドルと名前呼びするのはコラン様だけですので」
宰相の目つきがすっと鋭くなった。
――やべえ! いつものくせでついやっちまった!
「おほほほ。間違えてしまいましたわ!」
「そうですか……。ところで、昨日の剣舞は素晴らしかったです。剣舞はどなたから教わったのですか?」
――俺に剣舞を教えたのは、舞乱分家当主のタイガだよ! でも、言えるわけねー!
「舞乱本家当主の長女、サエ師匠ですわ」
――ってことにしとこう。うん!
「ほお? そうですか……。なら、おかしいですね」
「……え?」
「本家と分家では、構えの姿勢や舞い方に微妙な違いがあります。昨日の構えと踊りの型は、分家のものだったと思うのですが?」
――ぎくーっ! まずい! どう弁明しよう!
「白銀の衣を身に纏い、鷹は空を走る」
「……え? なんでいきなり古代詩?」
古代詩は古典に出てくる詩だ。歌遊びでよく用いられる、宮廷の基本教養。リドルが今詠み上げたのは、上の句だ。
「……眼下に見下ろすは、虹色の海」
俺は下の句を詠み上げた。すると、リドルの瞳が妖しく光った。
「では、こちらの句はいかがですか? "胡蝶は紫の花にとまり、危険な蜜を吸う"。下の句をお答えください」
「口にするは、毒の針。花の中には気をつけよ」
「……違いますよ。"口にするは、王城の謎。ここは魑魅魍魎が跋扈する"でしょう?」
俺ははっとした。
――これは……。リドルと俺が作ったオリジナルの下の句だ。
俺とリドルは歌遊びが好きなので、頻繁に二人だけで下の句を改造して遊んでいた。
「では、これはいかがですか? 竜が火を吹くとき、雪が降る」
「下の句は"怒りを鎮めるための神の意志"だったな。だが、俺たちが作った下の句は"熱くなり、冷ますための氷柱による"だったな?」
俺がにやりと笑うと、宰相もふっと笑った。
「俺たち……? 急にどうしたのですか?」
「アハハハッ! リドル! 分かっててやってるだろ! なんで俺がシエンじゃないって分かった? だから古代詩なんていきなり出したんじゃないか?」
「いけませんね。ここは王城。秘密の開示はもっと慎重に行わなくては」
リドルにピシャリと言われ、俺は一瞬固まった。だが、すぐに身を乗り出した。
「なんで、入れ替わりに気付いた?」
「落ちついてください。殿下。昨日の舞は明らかに不自然でした。間違いなく、コラン様の舞だったのでね。
違和感を抱いて参上したら、たった今、あなたが自分でコランだと自白したんですよ」
「そうなんだよ! 呪術で強制身体交換されたんだ!」
「……は?」
リドルはぎょっとした顔をした。
◇◇◇
「……つまり、妹のシエン王女様に体を乗っ取られたと?」
「そうなんだよ! 呪術でしてやられた!」
「……なんということだ!」
リドル宰相は頭を押さえた。
俺は洗いざらい全てをリドルに打ち明けた。さらに、リドルから色々と尋問された。
俺とリドルしか知らない秘密を共有した結果、間違いなく俺がコランだと信じてもらうことに成功した。
「なあ、リドル。体を元に戻す方法ってあるのか?」
「私には分かりかねます」
「そっかぁ……」
俺ががっくりと肩を落とすと、リドルは顎に手を当てて考え込む顔になった。
「デド公爵をお呼びするのはどうですか? デド公爵家は呪術師一族。紫の国の暗部ですからね。王家に忠実、しかも呪術のエキスパートです」
「名案だ!」
デド公爵家は紫の王族を裏から支えている。
彼らは代々、王族の敵対勢力に呪詛をかけ、彼らを排除することで国の安寧を守ってきたのだ。もちろん、秘密裏に。
デド一族が呪術師なことは、国家機密だ。
「シエン王女様はデド公爵と親密ですからね。呼びつけても不自然じゃありません」
「確かに……。そういえば、母上とデド公爵の母上が仲良しなんだったな」
――だから、シエンはデド公爵と仲良しになったんだっけ?
「しかし……。デド公爵がシエン王女様に協力している可能性も否定できませんね」
「……は? なんでだ? デド一族は、"紫の国王に逆らうと心臓が止まる呪い"が血に刻まれてる。強制身体交換になんて協力したら、反逆扱いで死ぬぞ?」
「……確かにそうですが……。シエン様とデド公爵が親しいことを考えると、二人の共謀説を否定できません。ひとまず、デド公爵をここに呼びましょう」
◇◇◇
「お呼び頂き光栄です。王女様。ユラカ=デドが参上いたしました」
デド公爵は応接室に来ると、俺に一礼した。次に、宰相に軽く会釈をした。
ユラカ=デド公爵。25歳。独身。
ムカつくつらい美しい金髪碧眼の男だ。
「仕事中に呼び出してすまないね。かけてくださいな」
ソファに座るように手で促すと、デド公爵はやんわりとした口調で言った。
「実は……。王女様と二人でお話ししたいことがあるのです。……申し訳ないのですが、宰相は席を外してくださいませんか?」
――は? 二人きりで話したい?
俺とリドルは目配せし合った。
お互いに瞬きだけで合図すると、俺はデド公爵に笑顔を向けた。
「もちろん、いいですわよ。リドル宰相、席を外してくださいな」
「分かりました。扉の外に控えてますので、何かあったらすぐにお呼びください」
リドルが退出すると、デド公爵が向かいのソファに腰掛けた。
「それで、お話とはなんですか?」
俺が微笑むと、デド公爵は突然、馬鹿にしたような笑い声を上げた。
「アハハハハハハッ」
「……何がおかしいのですか?」
――何こいつ、なんで急に笑ってんの?
笑いを収めると、デド公爵は冷たい微笑を浮かべた。
「王女になった気分はいかがですか? 王子様?」




