ep.3 口封じで、舞の師匠は殺されたのか?
◇◇◇
俺は夢を見ていた。夢の中のシエンは、愛らしく笑っていた。
「コランお兄さま! 何を食べてるの?」
「黒平餅だよ。黒糖が効いていておいしいんだ!」
「へえ……。お兄さまは甘いものが好きなの?」
「そうだよ。シエンも食べるか?」
「うん!」
俺が皿の上の餅を渡すと、シエンは幸せそうに餅を頬張った。
「お兄さまはなんのお菓子が一番好きなの?」
「バタークッキーかな。シエンは?」
「じゃあ! シエンもバタークッキーにする! 私もバタークッキーが一番好きなの!」
「ハハハッ。なんだそれ」
俺たちは笑い合った。俺はシエンの頭を撫でた。
双子の妹のシエンは随分背が小さくて、俺とは身長差があったからだ。
――シエンは可愛いな。結婚相手は俺がしっかりチェックしてやらないと!
そんなことを考えていた。
◇◇◇
俺はのっそりと起き上がった。
しばらく、寝台でぼーっとする。
――これは、十一歳のときの会話だったか? 確か、冬だった気がする……。
まさか、シエンはこの頃から入れ替わりを考えていたのだろうか。
だから、俺になりすましたときに不自然にならないように、好きな菓子を探っていた? 甘党なことも?
「じゃあ! シエンもバタークッキーにする! 私もバタークッキーが一番好きなの!」
――"シエンもバタークッキーにする"って、そういう意味? 将来的に、俺を乗っ取るから? いや、考えすぎか?
だが、龍の舞の習得に十年かかることを考えれば、この頃から乗っ取りを考えていてもおかしくはない。
俺は今、18歳だからだ。
仮に、8歳で犯行を考えて、入れ替えを想定して10年間舞の練習をしたと考えれば、習得にも辻褄が合う。
――考えすぎか? いや、王城では考えすぎるくらいが調度いい。
そう思ったときだった。扉が開き、女官長が入室してきた。
「おはようございます。シエン様」
「おはよう」
「洗顔用の薔薇湯をお持ちしましたわ。今日の髪油はシエン様のお好きな黒椿油ですよ。
爪のクリームは紅薔薇、ハンドクリームはローズマリー、お顔の保湿クリームはラベンダー、香水は蒼薔薇、リップはレモングラスの香りです。
身支度を整えたら食堂に参りましょう」
――身支度セット多すぎ……。女ってめんどくさい……。洗顔したらとっとと飯にさせてくれ……。
「腹へったな……」
「シエン様! お言葉遣いが乱れてますわよ!」
――くっそ……! 男のときは言葉遣いなんて言われなかったのに! 女生活すでにやめたい!
◇◇◇
身支度を整え、化粧をほどこされた俺は、ようやく朝食にありつけた。
「シエン様、今日は随分少食ですね?」
芋煮を食べていると、給仕の女官が不思議そうに聞いてきた。
「腹回りがまだ痛い。コルセットなんかのせいだ。食べたいのに食べづらい」
――舞ってるときも実は痛かったんだよな。昨日あんな風に舞えたのはやっぱり奇跡級だな。
「仕方ありませんわ。細くて美しい腰を作った方が、より良い結婚相手に見初めてもらえますし。
シエン様は王女ですから、身分の高い方と結婚しなくては! それに、行き遅れるわけにはいきません!」
「行き遅れ?」
「女性には婚期がありますからね! 25歳を過ぎても結婚できなきゃ行き遅れです! 男性には婚期はありません。養う側なので、選び放題ですよ」
――ちょっとまて! 元の体に戻る前に縁談が来たりしないよな? 男と結婚とかまじ勘弁。
「18歳になったら本格的な婚活解禁ですからね! シエン様はまだ乗り気じゃないようですが……」
――うん、俺は全然乗り気じゃないよ。
「黒の国なんて、16歳から18歳が婚期で、19以降は行き遅れですよ? 紫の国に生まれたシエン様は恵まれてます!」
――それ、恵まれてんのか?
◇◇◇
朝食が終わると、侍女長がやって来た。
「シエン様。本日は何をして過ごされますか?」
「何をする? スケジュールが決まってないのか?」
王太子時代は、謁見に政務、講義など……朝から予定が山積みだった。
「はい? 何をおっしゃっているのですか?」
侍女長はぽかんとした後に笑った。
「式典のとき以外、王女様に予定はありません」
――まじ! 何してもいいの!?
「シエン……私は普段何してたっけ?」
「裁縫や舞と楽器の稽古、読書ですね」
「は……? それだけ?」
「シエン様、まだ寝ぼけていらっしゃるのですか?」
――まずい……。裁縫なんてできない。やれるの舞と楽器の稽古と読書しかなくない?
「……あのさ、他にはなんかない?」
「? ありませんよ。王女様は結婚が仕事ですから。技芸と裁縫の腕さえ学べばいいのです」
――まじで? これ、凄い退屈な日常じゃない?
「えっと……じゃあ舞の稽古がしたいな」
――よし! 舞の先生を呼んで、龍の舞について聞き出そう! 名案だな!
心の中で頷いたときだった。
血相を変えた女官が食堂に駆け込んできた。
「侍女長様! 大変です!」
「なんですか? 挨拶もなしに……」
「シエン様の舞の師匠が……急死されました!」
――は?
「原因は心臓発作です! まだお若いのに……」
――舞の師匠が死んだ?
まるで、役目を終えたようではないか。シエンに舞を教え終わって……。
◇◇◇
シエンはなぜか龍の舞を習得していた。
龍の舞は王族男子しか舞い方を教わらない舞だ。
俺は、シエンの舞の師匠から話を聞き出そうと考えだ。だが、舞の師匠が急死した。原因は心臓発作だ。
◇◇◇
俺は侍女や女官たちに聞き込みをした。そして、分かったことがある。
シエンは10歳まで、カナという名前の師匠から舞を教わっていた。
しかし、11歳の誕生日を迎えたひと月後、サエという名の舞の師匠に教師役が交代していた。
理由は、俺たちの母上がサエを推薦したからだ。
急死した師匠は、サエの方だ。
サエは舞乱一族の出身だ。
舞乱一族とは舞を極める一族で、各地を公演のために回る。その名声は各国に轟いている。
舞乱一族の本家当主と分家当主の男性たちは、代々各国の王族男子に龍の舞を教えている。
サエは女性だが、本家当主の長女だ。龍の舞の踊り方を知っていても、そこまで不自然ではない。
仮にサエがシエンに龍の舞を教えていたとする。
サエが入れ替わりの計画を知っていて協力したのなら、口封じのために消された線が浮上する。
反対に、サエが善意で龍の舞を教えていて、入れ替わり計画を知らなかった可能性、そもそも龍の舞を教えた師匠は別人の可能性もある。
――探ろうにも、真相は闇の中か……。
ため息を吐いたとき、俺は恐ろしいことに気づいた。
もし、口封じでサエを殺したのなら、どうやって心臓発作を起こさせたのだろう?
そもそも、シエンがサエを殺したのか? 即位したばかりで多忙なシエンが殺害計画を直接実行するか?
ありえない。
――やはり、シエンには協力者がいるな。
口封じをしたとしたら、誰かがシエンの代わりに実行したのだ。
――もちろん……自然死の可能性も捨てきれないが……。いくらなんでも、時期が不自然すぎないか?
もやもやしながら爪を噛んだときだ。
部屋に、侍女長が駆けこんできた。
「シエン様! 宰相様がいらっしゃいました!」
――なんだって! リドルが!?
「すぐに応接室にお通ししなさい!」




