ep.2 王女だけど女の舞ができないので、剣舞で観客を魅了するぜ
妹シエンに体を乗っとられ、俺は王女になった。
そして今、宴の席で国王になった妹から舞を要求されている。
だが俺は、女の舞なんて分からない。最高に笑えない状況だ。
「どうして黙っているんだシエン? なんの舞を披露してくれる? どの演目を舞うか迷ってるのか?」
シエンは首を傾げた。すると、側室の一人がシエンに言った。
「陛下。胡蝶乱舞はいかがですか? めでたい今日にぴったりですよ?」
――やっぱり胡蝶乱舞かよ! ていうか、陛下って俺だからな!
「鳳凰陽舞はいかがですか? 胡蝶乱舞ではテンプレートすぎるのではなくて?」
別の側室が言うと、さらに別の側室が言った。
「せっかくの戴冠式ですよ? 祝朱の舞はいかがですか?」
――おいこら! 勝手に俺の舞を決めんな!
俺が無言で立ち上がると、全員の視線が一斉に集まった。
――もう、やるしかない!
「私は獅子麗鳥を舞います!」
宣言すると、周囲がどよめいた。
「獅子麗鳥! 最難関の剣舞だぞ!」
「女の身で剣舞を舞うとは……」
「王女様は正気なのか!?」
シエンはさっと顔色を変えると俺に言った。
「おいおい。剣舞は男が舞うものだ。酒に酔っているんじゃないか?」
――なんとでも言いやがれ!
「いいえ。今日から女の舞です。私が証明して見せます。女でも、剣舞が舞えるとね」
周囲のどよめきがさらに大きくなると、俺は側に控えていた女官長に命じた。
「剣舞用の軽い装飾剣を持ってこい。それから、ズボンもな。衣装を変える。このままじゃ舞えん!」
「王女様……! そんな! 勝手な!」
「うるさい! 私は舞う!」
俺はシエンに向き直ると、にっこりと笑いかけた。
「コランお兄さま。実は、お兄さまをびっくりさせたくて、ひそかに練習しましたの。どうか妹の好意を無下にしないでくださいませ」
「……いいだろう。だが、ズボンはどうする? 女はスカートしか着ない。ズボンなんてないぞ?」
――まじで!?
「……では、少年用のズボンを拝借しますわ。楽士や舞師の衣装部屋にでしたらあるでしょう?」
――頼む! サイズがあってくれ!
「そうか。なら、舞ってみろ」
宴席がどよめく中、国王コラン(シエン)の命により、俺が舞うことが決定した。
◇◇◇
結果的に、衣装部屋で、サイズが合うズボンを俺は獲得した。
着替えを済ませると、試しに鏡を見ながら部屋で舞ってみた。すると、ある問題に気づいた。
――まずい……。重心が違う! しかも、女の体だと迫力が落ちる……!
重心はなんとかなりそうだ。だが、体だけはどうにもできない。
性別の特性的に、女性は優雅でしなやかで美しい舞、男性は力強くて迫力がある舞が得意だ。
女性の体で舞えば、剣舞独特の迫力は落ちる。
――だが、やるしかないな……。
俺は剣を持ち直して、にやりと笑った。
――困難なら、創意工夫で突破だ!
◇◇◇
「では、舞わせて頂きます」
俺が舞台に上がると、宴のざわめきは最高潮に達した。
好奇、値踏み、そんな視線が突き刺さる。女が剣舞などありえないと、ドン引きしている者も少なくない。
――まあ、見てな。
「楽を鳴らしなさい!」
俺が命じると、楽士たちが笛や琴を弾き始めた。
俺は腰を落とし、構えの型をした。そして、鞘から剣身を抜いた。
それだけで、ざわめきがぴたりと止まった。空気が変わったのだ。
鞘を床に静かに置くと、まずは剣を持ったまま、側転する。剣を持っていない方の手を床につき、体を回転させるのだ。
そして、獅子麗鳥の型通りに舞い始める。
ただし、前半の激しい踏み込みや大胆な動きのパートを、剣の回転に全振りする。
右手のひらの上で円を描くように剣を水平に回転させ、滑るように左手に持ち替えると、左手の指と手首を使い、剣を回転させる。
それを舞いながら何度も繰り返し、手の中で剣が高速回転しているように見せる。
女性の体であれば、迫力ある動きをするよりも繊細な剣のコントロールをした方が映えるからだ。
剣身が空気を切り裂く音がヒュンヒュンと鳴る。
剣の回しで観客を魅力すると、開脚パートに移る。
高く跳躍し、足を180度以上に開脚させる。さらに、飛びながら頭上で剣を振りかざす。
跳び上がり、着地し、跳んで剣を月明かりにかざす。それを繰り返す。
次に、剣を空中高くに放り投げ、空中でくるくると回転させる。その間に落下地点に移動し、剣の柄を掴む。
さらに、柄を掴んだ瞬間、体を回転させる。
床に手をつかずに、空中で体をくるりと回す。アクロバットに似た動きだ。
型と動きを変えて、剣を持ちながら空中で3連続の宙返り。
最後に、片足を重心にして体を斜めにし、その場でバレリーナのように3回転すると、空中に再び剣を放り投げる。
落下点に移動すると、剣を狙い通りに掴む。そして、剣を持ったまま床を転がる。
片手を挙げ、背中を床につけて前転するのだ。
立ち上がると、戦闘相手の喉元に剣を突き刺すイメージで、剣を突き出した。
獅子麗鳥は終わった。
舞い終わった瞬間、一瞬の静寂が訪れる。
直後、空気を切り裂くような拍手が宴会場を沸かせた。
――大成功! シエンの身体能力が高くて助かったぜ! 見たかシエン!
俺は内心でガッツポーズを決めた。
◇◇◇
――女が剣舞など……正気の沙汰ではない!
ズボン姿で現れたシエン王女を、私は冷たい目で見ていた。
長い髪は頭頂部で結われ、金色の薔薇のピアスは光を反射して輝いている。
紫色の衣装の上ではスパンコールが輝き、華やかな装いだ。
だが、シエン王女の花顔の前には、豪華な衣装も霞んでしまいそうだった。
――即興で用意した衣装にしては悪くないが……。どんなダサい舞を披露して醜態を晒すのか……。
呆れてため息をついたときだ。
「楽を鳴らしなさい!」
シエン王女が命じると、楽士たちが笛や琴を鳴らし始めた。
彼女は即座に剣を構え、鞘から剣身を抜いた。
その瞬間、空気が変わった。別の世界に来てしまったかのような異常な感覚にとらわれた。
――あの構えは……!?
私は彼女の動きに釘付けになった。
シエン王女は剣を持ったまま、側転した。
――何!? 剣を持ったまま、あれだけ美しく回転するだと!? いや、待て!
彼女は、獅子麗鳥の型通りに舞ってはいる。だが、激しい踏み込みや大胆な動きをやめて、剣の回転を見せ場に変えている。
――ありえない! 指を使って剣を回転させるのは、至難の業だぞ!
剣は空気を切り裂きながら、銀色の手裏剣のように回転している。
――あれは……! 一朝一夕でできる動きではない!
鍛錬に裏打ちされた動きだ!
唖然としていると、シエン王女は跳躍し、開脚しながら剣を振りかざすした。
月の光が、剣身に反射する。
――あの笑顔は……。まるで……まるで……。
私は知っている。舞の跳躍が好きで、あんな風に笑うお方を。
次に、シエン王女は剣を空中に放り投げ、見事にキャッチした。
――ありえない……。あんな風に、剣が空中で完璧な円を描き、あまつさえ狙った位置で掴むなど……。
連続アクロバット、回転、前転……。シエン王女の動きは、体重をほとんど感じさせない。
最後に、彼女は剣を突き出した。
獅子麗鳥は終わった。そして、割れんばかりの拍手が宴会場を沸かせた。
――この獅子麗鳥は……。あの動きと型は……!
拍手をすることを忘れていると、隣の席に座る大臣が私に言った。
「拍手しないのですか? いやー! 素晴らしい舞ですね! 宰相が見惚れるのも分かります! あれ? 宰相?」
――そんな……。あれは、コラン様だ……。
大臣の声は、私の耳に入っていなかった。
◇◇◇
「コランお兄さま! 私の舞、いかがでした?」
俺は舞台から席に戻ると、微笑みながら拍手をしているシエンに笑いかけた。
――どうだ! 俺の舞! 嵌めようっていったって、簡単にはいかねーからな!
「素晴らしかったよ。シエン。驚いてしまって、開いた口がふさがらなかったな」
――よっしゃ! 次はお前が困る番だぜ!
「ではお兄さま。次は、お兄さまの舞も見せてください。そうだ! 龍の舞がいいわ!」
――龍の舞は王族男子しか舞い方を教えてもらえないんだよ! 舞えないだろうな。今度はシエンが困りやがれ!
俺は頑張って可愛らしい笑顔を作った。すると、シエンは笑顔で頷いた。
「もちろんいいよ。龍の舞は王族男子の嗜みだからね」
――何!? 即答!? 快諾!?
シエンは懐から扇子を取り出すと、舞台に上がった。
シエンが扇子を振ると、会場は静まり返った。あちこちから、息を呑む気配がした。
――な!? なんて繊細な動きだ……!? あれは、龍の舞"雪原"!?
雪原は、女のように優雅な演目だ。手首や首を傾げたり、扇子の微細な動きで粉雪を表現する。
中身が女のシエンのせいか、その動きはあまりにも優雅だ。男の体で舞っているとは思えない。
いや、そんなことより……。
――なんでシエンは、振りを完璧に覚えてる!? 誰がシエンに龍の舞を教えた!?
龍の舞は王族男子しか習うことができない。シエンが舞い方を知っているわけがない。
見様見真似でコピーできるような難易度的でもない。
――シエンに舞い方を教えた奴がいる!?
龍の舞は、相当な鍛錬を積む必要がある。型の総数は三十。
全ての習得に、俺は十年かかった。
それを、目の前の妹が当然のように舞っている。
――まさか、何年も前から練習してた? 入れ替わりを想定して?
もしそうなら、舞を教えた協力者がいるはずだ。
そもそも、入れ替わりに使われたあの酒も、よく考えたらシエン一人で用意したのか怪しい。
――もしかして、これは何年も前から仕組まれた計画的犯行!? 協力者は何人だ!? 誰だ!? そいつらはこの王城にいる!?
背筋を冷たいものが這った。




