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ep.1 王女に嵌められた王太子

「コランお兄さま! 即位おめでとう! 明日の戴冠式はきっと、素晴らしいものになるわよ! 見た者が悔しがるくらいにね!」


「ありがとう、シエン」


 深夜、妹が俺の寝室を訪ねて来た。


「これ、お兄さまの好物の蜜酒よ。一緒に飲みましょう!」


 妹はそう言って、愛らしく笑った。そして、俺に酌をした。 


――わざわざ祝酒を持ってきてくれるなんて、兄思いの妹だな。


 俺はなんの疑いもなく杯に口をつけた。


 だが、舌先に液体が触れた瞬間、違和感に気づいた。


 蜜酒は普通、さっぱりした飲み心地の酒なのに、ねっとりとしたくどい甘さを感じたからだ。


「……ずいぶん、甘みが強い蜜酒だな。でも、蜂蜜みたいだ」


 不思議に思った俺は一旦、飲み込むのを止めて微笑んだ。


「甘党のコランお兄さまのために、特別に作らせた酒なのよ。実は、今日のために、厨房と試行錯誤を繰り返したの。サプライズで喜ばせたくて」


「なんだ。そうだったのか」


 嬉しくなった俺は、一気に煽った。


――え? なんだ?


 その瞬間、突然視界が揺らいだ。


 妹の顔も、部屋の景色もマーブル模様のように歪んだ。


「……っ!」


 強烈な目眩に襲われ、俺はソファに倒れ込んだ。


 手から滑り落ちた空の杯が床に転がる乾いた音が聞こえた。


「……その酒はね、"私にとって"、凄く甘美なのよ。だって、ついに欲しいものが手に入るんだもの! それは、玉座よ! 悔しがるのはお前よ!」


――何を言っているんだ? 


 俺は毒でも盛られたのだろうか。


 背筋が寒くなった。


 薄れゆく意識の中、妹の高笑いだけが聞こえた。


◇◇◇ 

 なんだか体が軽い。


 俺はゆっくりと瞼を開いた。


「……は?」


 目の前のソファに、俺がいた。


 瞳は金色、短く切り揃えられた髪は赤紫。


 紫の龍が大きく刺繍されたケープを身に纏い、足を伸ばして優雅に寛いでいる美男。 


 どっからどう見ても、俺自身だ。


「お前は誰だ!」


 俺は慌ててソファから立ち上がった。その瞬間、違和感に気づいた。


 自分の声が、おかしいのだ。小鳥のように愛らしい声をしている。


 思わず喉を両手で押さえると、目の前の俺はクスリと笑った。


「そこの全身鏡を見てみろ」


 "俺"が指差した方を俺は見た。


「……え? ……は? はあー!?」


 鏡に映っていたのは、絶世の美少女だった。


 年の頃は18歳くらい。胸元までの伸びた艷やかなストレートヘアは紫紺色。瞳はコーラルピンク。


 ドレスの裾に刺繍されているのは、鳳凰。


――俺が……妹になっている!?


 俺は自分の頬を触った。


 頬をつまんでみると痛い。つまり、これは現実だ。


――じゃあ……目の前の"俺"は……?


 俺がそいつを見ると、そいつは怖いくらい美しい笑みを浮かべて言った。


「お兄さま。私、シエンよ。あなたの妹の、シエン=パープルよ? お前の体は頂いたわ」


「なん……だって……?」


 呆然として問い返すと、妹は笑い声を上げ、天井を振り仰いだ。


「アハハハッ。滑稽ね。酒を飲まなければ、明日には、この紫の国の王になれたのに? ざまあないわね! コランお兄さま!」


「なんだって……? 酒?」


「そうよ。呪術を仕込んだ酒よ。私はお前と体を入れ替えたの」


「なんだって!? 体を入れ替える!? なんでそんな気持ち悪いことをした!?」


 俺が怒鳴ると、妹は急に冷え切った目で俺を睨んだ。


「女になって、私の苦しみも、女の苦しみも知るがいいわ。男に生まれたことに感謝するのね」


「何言ってんだ……シエン」


「シエンじゃないわ! 今日から私は、コラン=パープルよ。紫の国の王太子、いいえ、国王になるのよ!」


 混乱する頭で、俺は必死に理解しようとした。


――つまり、シエンは俺と体を入れ替えたのか? あの甘い酒に呪術を仕込んで? なんのために!?


 飲まなきゃよかった。そう考えても、後の祭りだ。


「体を返せ! ふざけんな!」


 俺は人生で初めて妹を怒鳴った。だが、シエンはせせら笑った。


「嫌よ。私は国王になりたいの。でも、紫の国では女なんて飾りよ。……女は王になれない? なら、お前の体を乗っ取るまでだわ! 私は自分の望みを叶えてみせる!」


「何言ってんだ……シエン!」


 俺が掴みかかろうとすると、シエンはひらりと躱した。


 そして、扉に向かって声を張り上げた。


「近衛隊! シエン王女は飲み過ぎたらしい! 混乱しているから、私室までお送りしろ!」


 すぐに扉が開き、近衛隊長が入室してきた。


 近衛隊長――テラ=バルーンナは俺の側近だ。


「テラ! 俺だよ! 呪術で体を入れ替えられたんだ!」


 俺がテラ近衛隊長にかけよると、彼はクスリと笑った。


「シエン王女様。飲み過ぎはいけません。明日は即位式なんですからね。さあ、参りましょう」


「……俺だって、気づいてくれないのか? あんなに一緒に過ごしたのに?」


「すまんなテラ。シエンが可愛いから、ついつい飲ませすぎたんだ。ゆっくり寝かせてやれ」


 俺になった妹が微笑むと、テラも微笑んだ。


「相変わらず兄妹仲がいいですね。さあ王女様、行きましょう」


――何が起こっているんだ……。


◇◇◇ 

 一晩経ち、俺は急に冷静になった。


 つまり、妹のシエンは玉座が欲しかったのだ。女の身では王になれない。だから、男で王太子の俺と体を入れ替えた。


 そういうことだろう。 


――って! 納得できるかよ! 俺の体を返せ! 今日から俺は国王なんだぞ! 


 だが、周囲に訴えても、酔っていると笑われるだけだ。


 このまま喚き続けても、最悪の場合、頭がおかしい王女扱いされてドン引きされるだけだろう。


――ひとまず、シエン王女の"ふり"をするしかない。


 だが、隙を見て俺の側近に接触。なんとか入れ替わりを信じてもらって、協力して呪術解除だ。


 それが、俺が導きだした結論だった。


「シエン……。元の体に戻ったら覚えてろよ。いや、まずは事情聴取からか?」


 小さく呟いたときだった。


「失礼いたします」


 扉をノックする音がして、シエンの女官たちが入室してきた。


「おめでとうございます。シエン様。本日は兄上の即位式ですね」


 女官長は俺に笑顔で言った。


――"俺"の即位式がめでたいとは。滑稽な話だ。


「本日はめかしこみませんと! さあ! 身支度です!」


「あのさ……その前に、朝餉をくれないか?」


 俺が問いかけると、女官長はぎょっとした顔をした。


「何をおっしゃってるんですか? シエン様? 朝餉なんて食べたら、コルセットがしまりません」


「コルセット……?」


「そうですよ。コルセットは、式典の場で着用が義務付けられてます。普段はつけなくていいですけどね。今日は必須ですよ。さあ、身支度です」


◇◇◇ 

「ぐええ! 死ぬ! 苦しい!」


「何を弱音を吐かれてるんですか! シエン王女様! もっときつく締めませんと!」


 俺はドレスの上から、鳳凰の刺繍がされた豪奢なコルセットをつけられた。


 そして、コルセットの紐を女官に引っ張られ、思いっきり締めあげられていた。


「お前、俺……私を殺す気か!? 苦しい! 止めてくれ!」


 腰が痛くて苦しい。腹回りを圧迫されるのがここまで苦しいとは。吐きそうだ。


 だが、女官は手を緩めてくれない。


「シエン様! もう少し我慢なさいませ! 高貴な男性たちは細くて優雅なウエストが好きなんですよ」


「くそどうでもいい! いいからコルセットを外せ!」


「規則だから無理です! 他の女性たちもコルセットをきつく締めてきますよ! 細さで負けるわけにはいきませんわ!」


 こうして、入れ替わり初日。地獄の身支度が終わった。


 何重にも重ねたドレスの衣は重いし、動きづらい。最悪の気分だ。


――これ、トイレのときどうしたらいいんだ? めっちゃめくるとか?


 コルセットのせいで吐き気に襲われる中、そんなしょうもない疑問が頭をよぎった。

 

◇◇◇ 

「コラン=パープル。あなたに紫の国王の王冠を授けます。素晴らしい治世になりますように」


「俺、コラン=パープルは民と貴族のために最善を尽くします」


 神官が冠をシエン(コランの姿)に被せた。


 拍手喝采が巻起こる豪華絢爛な即位式――をシエン姿の俺は壇の下から見ていた。


――俺の即位式で、妹が戴冠している……。俺の戴冠式が……。ああ! なんで!


 仏頂面で拍手していると、女官長が俺に耳打ちした。


「シエン王女様。もっと笑ってください」


「笑えないよ……。それに、コルセットで倒れそうだ……。もう帰りたい。食欲も失せるわ……」


「我慢してください。他の女性たちも我慢してるんですから」


――そういう問題じゃないだろ!


 俺が国王に戻ったら、コルセット制度は真っ先に廃止だ。

 

◇◇◇ 

 戴冠式が終わり、豪勢な宴が開かれた。


 中上級官僚全員と中上位貴族と下位貴族の代表全員が参加する大規模な宴だ。


 宮妓や国王――俺になって即位したシエンの側室たちが華やかに舞う中で、俺は食事にほぼ手を付けられないでいた。


 理由は単純。コルセットが苦しいからだ。


――今まで式典で、王太子妃や側室たちがほぼ食事をしなかった理由はこれか……。


 もっと食べなさい。そう言って、親切で彼女たちに食事を勧めたことが悔やまれる。


 仕方なく、酒にだけ口をつけていたときだった。


 上座に座るシエンが俺に笑いかけて言った。


「シエン。お前も舞を披露してくれないか?」


「……はい? 俺……いや、私が?」


 俺が問い返すと、官僚や側室たちが口々に賛同した。


「それは良い!」


「シエン王女は舞の名手と名高いお方!」


「きっと、この素晴らしき日に華を添えてくれます!」


――ちょっと待て! 俺が舞うのか!?


 コルセットをつけたこの状態で!? くそみたいに重くてフリフリしたドレスで!? それより……


――どうしよう!? 女の舞なんて分からない!


 王太子として身につけたのは、剣舞と龍の舞のみ。


 龍の舞は王族の男が舞うもの。剣舞は貴族の男が舞うものだ。


――どうする……!? 女の舞の有名どころなら、胡蝶乱舞とかか!? やべえ!? どうやって舞えばいいんだ……!


 胡蝶乱舞は宴でよく披露される舞だ。しかも、シエンの十八番。舞えなければ、怪しまれてしまう。


――シエン……! 俺が困るって分かって、わざと振りやがったな!?

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