ep.27 親王の全面協力で、国王を黙らす
――頼む! 信じてくれ!
「そうか……。アーガスト大公と結婚したのは何でだ?
やっぱり、ソルティア辺境伯と結婚させられそうになったからか? あれは強引な求婚だったし、彼は高齢で不細工だからな。シエンにふさわしくない!」
ヤシェラは吐き捨てるように言い切った。
――辺境伯への評価、酷すぎない……? てか、もうそういうことにしよう。
「はいそうなんです。辺境伯と結婚したくないので、大公と結婚しました。でも、大公は私を尊重してくれます。
私は紫の国やリドルが好きなので、紫の国で暮らしたいんです。だから別居してくれるんですよ」
「そうか……。アーガスト大公くらい美しくて有能で地位がある男なら認めるよ」
――認めるって何? お前はシエンの父親か? てか、さっさと本題に入ろう。
「実は……。今日はヤシェラお兄さまにお願いがあって参りました」
「お願い? なんだい? 内容によるけど、なんでも言ってみなさい」
ヤシェラは優しく微笑んだ。
――よし! 上手くいくんじゃないかな?
◇◇◇
「何だって!? コルセットとハイヒールの着用義務を廃止する署名活動をしている!? 僕にも署名して欲しい!?」
ヤシェラはぎょっとした顔をした。
「はい。そうなんです! コルセットもハイヒールも痛くて辛いんです! お願いします!」
「……それは、難しいな」
「……え? なんでですか?」
「僕はコルセットやハイヒールを履いた美しい女性が好きなんだ。痛そうにしてる姿がセクシーだろ?」
――はあ!? コルセットつけんのもハイヒール履くのも俺だろ! それはお前の趣味だろ!
「……コルセットをつけるのも、ハイヒールを履くのもお兄さまじゃありません。女性です」
「そうだよ。僕はつけなくていいし、履かなくて良い。僕はコルセットをつけてハイヒールを履いた女性が好きなんだよ。シエンだって知ってるだろ?」
――知らねぇよ! 今初めて知ったわ!
「シエンは僕のために、たまにコルセットとハイヒールで会いに来てくれたじゃないか?
僕の趣味に合わせてくれてたのに、着用廃止を求めるなんてどうしたの?」
ヤシェラの瞳がすっと細められた。
――何こいつ。趣味悪……。
「でも、痛くて辛いんです……! ヤシェラお兄さまは私が辛くてもいいんですか? ううっ」
俺は涙を流して嘘泣きを始めた。すると、ヤシェラの顔がさっと青ざめた。
「泣くほど辛いのかい?」
――いやまじでコルセットつけてみろよな! 痛くて死ぬよ! ハイヒールも激痛!
「はいそうです! だから、もう嫌なんです! 署名してくれないなら、ヤシェラお兄さまなんて、もう嫌いです!」
――これでどうだ!
最後の一言は効いたみたいだ。ヤシェラはじっと俺の目を見つめた。
「それは、着用義務の禁止なんだよね? コルセットとハイヒール自体の禁止じゃないんだよね?」
「はい! そうです!」
「ふーん。なら、署名しようかな」
――まじかよ! あっさり!? やったぜ!
「その代わり、今まで通り、週に1回は僕に会いにきてくれない?」
――お安いご用だ! 王女生活なんて、どうせ暇だからな!
「もちろんです! ヤシェラお兄さま、ありがとうございます!」
ヤシェラは優しく微笑んだ。
「シエンのためだ。特別だよ」
――いや、シエンに嫌われたくないだけだろ。
「それで、どうやって国王陛下に署名を提出するんだい? 僕が協力してあげようか?」
ヤシェラの瞳が妖しく光った。
◇◇◇
「それでは、本日の朝議はこれで終了します」
書記官が声を張り上げた。朝議の間の高官たちは一斉に椅子から立ち上がった。
私――シエンも玉座から腰を上げようとした。すると、側仕えが朝議の間に駆けこんできて言った。
「皆さま、ご着席ください! ヤシェラ=パープル親王殿下と、シエン=アーガスト大公妃がいらっしゃいました」
――はあ? ヤシェラはともかく、なんでコランまで!?
高官たちはざわざわしながら着席した。
ほどなくして、正装姿のヤシェラとコランが現れた。
「高官の皆さま方と、国王陛下にご挨拶いたします」
2人はそう言って、同時に一礼した。
高官たちが座ったまま一礼を返すと、私は口を開いた。
「それで、何の用件だ? しかも、大公妃が朝議に現れるなど、前代未聞だ」
「それは、僕とシエンとレイティラ公爵夫人を筆頭に、署名活動をしたからです」
「署名活動……? なんの署名だ?」
私は眉をひそめた。高官たちはざわざわと言葉を交わしている。
そんな中、ヤシェラとコランは悠々と玉座の前まで進み出た。
そして、ヤシェラがA4サイズくらいの冊子を差し出した。
「陛下。お読みください。こちらは、コルセットとハイヒールの着用義務撤廃を求める署名です。この冊子の署名は、貴婦人たちとその配偶者の夫たちの署名です」
――なんだと!?
ヤシェラから冊子を受け取ると、私はぱらぱらとページをめくった。そして、顔色を変えた。
――なんだこれは!?
そこには、公爵夫人、侯爵夫人、伯爵夫人たちを筆頭に、直筆の署名がされていた。しかも、彼女たちの夫の署名まである。
子爵夫人、男爵夫人、未婚の貴族令嬢たちの署名もずらりと並んでいた。ざっと数えても、800人近くの署名がありそうだ。
――これは、無視できん……。
高位貴婦人たちの署名というだけでも重いが、その配偶者の公爵、侯爵、伯爵などの署名まであるのだ。
私が冊子を凝視していると、今度はコランが私に冊子を差し出して言った。
「陛下。こちらは、リドル=ユゴー宰相とヤシェラ親王を筆頭に、紫の国の官僚たちの署名を集めたものです。
私たちの活動に賛成してくれた、アーガスト大公と赤の国の官僚の署名もあります。総数は、511です。ファイアの署名を入れれば、512です!」
「なんだと!? 宰相とヤシェラ親王と紫の高官が署名!? 火竜の署名まで! というか、なんで赤の国の官僚の署名まである!」
高官たちがざわつき、私が声を荒げると、ヤシェラ親王が口を開いた。
「陛下。外国人が紫の国の慣習に干渉することは本来ならよろしくありません。
しかし、アーガスト大公はシエン大公妃を大切にしております。彼女を思い、赤の臣下に働きかけたのです。
これは、我が国の王女が赤の国で尊重されていることを意味します」
官僚たちがどよめく中、ヤシェラは淀みなく続けた。
「女性たちはコルセットとハイヒールの痛みに苦しみ、その現状には男性たちも疑問を呈しております。
貴族の女性たちも陛下の民です。民の声に、国王であれば耳を傾けるべきではないでしょうか?
コルセットとハイヒールの式典と宴会での着用義務を撤廃し、自由選択制にしてください」
――これは、NOとは言い辛い……。巧みな弁論で言いくるめられているな。
女のコランではなく、親王のヤシェラが表に立っている。これは問題の重みが違う。
私はヤシェラに微笑んだ。
「君の言い分はよく分かった。だがな、コルセットとハイヒールは伝統でもある。
伝統を廃するときは、慎重な検討が必要だ。この問題は後日、臣下たちとじっくり協議しようではないか」
ヤシェラは笑顔で頷くと口を開いた。
「そうですか。陛下は、伝統のためなら、女性の腰回りと足が圧迫されても良いとお考えですか?」
「……いや、そんなことはない」
「陛下に良心があって安心いたしました。僕は、悪しき慣習は伝統であっても撤廃するべきだと考えています。民を健やかに生かすことが王族の務めですから。
親王であり王族である僕は、すぐにでも撤廃を求めます!」
――なっ! そんな言い方されたら、私より、ヤシェラの方が民を思う王族らしく見えるじゃないか!
「コラン=パープル国王陛下は、英邁な方であらせられます。英邁な君主は、必要であれば即決ができます。
コルセットとハイヒールの着用義務を廃止することで、誰かが損をしますか?」
「いいや。しない……」
「では、得する者は誰でしょう? 当然、署名した高官と女性たちです。これだけの方が得をして誰も損をしないのに、即断しない理由があるのですか?」
ヤシェラは困ったように首を傾げた。
私は奥歯を噛みしめた。
――くそっ! どんどん反論が潰されていく。
私が即断すれば、状況に応じる柔軟な君主ということになる。
即断しなければ、柔軟なヤシェラの方が上手と受け取られる可能性がある。
同じ紫の王族として、国王と親王は比較されることがある。
万が一にも、ヤシェラの方が王族らしいと思われることは避けねばいけない。
「皆の者はどう思う? 反対者はいるか?」
私は高官たちに問いかけた。すると、ヤシェラが高官たちに微笑んで言った。
「伝統のためなら女性が苦しんでいいと思い、署名者たちに異議を唱える者は、挙手しなさい。僕がじっくり話を聞くよ」
――なんだその言い方は! 挙手できないだろ!
高官たちは、誰も挙手しなかった。
ヤシェラは笑顔で私に向き直った。
「陛下。反対者はゼロです。ご決断ください」
「……コルセットとハイヒールの着用義務撤廃を認める法案を作ろう!」
「ありがとうございます」
ヤシェラとコランは丁寧に頭を下げた。
私は気づいていた。コランが満足気に口角を上げたことに。
ヤシェラと、遠巻きに見ていた宰相が満足そうに笑ったことにも、当然気づいていた。
――コランめ……! こんな手段で私を黙らすとは!




