ep.26 署名活動に親王を巻き込みたいが、入れ替わりのボロが出そうになって、俺がピンチ!
◇◇◇
その日から、俺の署名活動が始まった。
「そういうわけだ! リドル!署名してくれ!」
俺が頼むと、リドルは快く頷いた。
「もちろんですよ。コラン様が痛みで苦しんでるなら、無視できない問題です」
「ありがとう! できれば、リドルと親しい他の官僚の署名も集めてもらえないか?」
「いいですよ。しかし、コルセットやハイヒールを着けている女性を好む男性もいますからね……。
署名しない者もいるかもしれません。でも、できるだけ声をかけてみます」
そう言うと、リドルは署名用紙にさらさらとペンを走らせた
◇◇◇
「ファイア! 頼む! 署名してくれ! 伝説のドラゴンの署名とか強すぎる!」
「もちろん良いぞ。嫌がってるのに着用を義務つけるなんて理不尽だからな」
ファイアは快く署名してくれた。
「実は、ファイアにもう1個お願いがあるんだ!」
「なんだ?」
「今から赤の国に行こう! 背中に乗せてくれ! アーガスト大公にも署名してもらうんだよ! 夫だし、外国の大公だからな!」
◇◇◇
「なんだって? 私の署名が欲しい?」
話を持ちかけると、アーガスト大公は驚いた顔をした。
「そうなんだよ! 夫だし、アーガスト大公は影響力あるだろ? 頼むよ!」
「やれやれ。そのためにわざわざ赤の国までドラゴンに乗って飛んで来るとは……」
「お願いだ! レイティラ公爵夫人も、レイティラ公爵とかに働きかけてるんだよ! 俺も頑張りたい! コルセットもハイヒールも痛すぎる!」
「分かったいいだろう。俺は女嫌いだが、レディにわざと冷たい仕打ちをする趣味はない。外国人の俺が口を出せば問題の重みも増すな」
「ありがとう!」
アーガスト大公は署名用紙に記名すると、考え込むように顎に手を当てた。
「紫の国の官僚と親しい、赤の国の官僚に声をかけてやろうか? 彼らの署名も加えたら、説得力増すぞ」
「まじかよ! 恩に着るぜ!」
こうして、6月18日までに、計510人の男性官僚の署名を獲得することに成功した。そして、6月19日になった。署名提出の6月20まで、あと1日だ。
◇◇◇
その日、俺はいつもより念入りに身支度をしていた。
身にまとう化粧や髪飾り、ドレスは最高級品。気合い十分だ。
「なんでそんなに着飾ってんだ?」
ファイアに聞かれ、俺は手鏡を机の上に置いてから答えた。
「ヤシェラ=パープル親王に会いに行くからだよ」
「ヤシェラ? 誰だ? 紫の王族なのか?」
「そうだ」
ヤシェラは俺たち双子のいとこだ。ヤシェラの父親は俺の叔父で、親王だった。父親が死んで、ヤシェラは5年前に親王位を継いだのだ。
現在25歳で独身。俺とそっくりの赤紫の髪と、薄紫色の瞳を持つ男だ。
説明が終わると、ファイアは少し驚いた顔をした。
「へぇ。側室制度があるのに、紫の王族はコランとシエンとヤシェラしかいないのか? 少ないな」
「実は、流行病で20年前に多くの王族と側室が亡くなったんだ。
当時、紫の王族で生き残ったのは俺の両親とヤシェラとヤシェラの父親だけだ。
他の親王と側室と親王妃たちは亡くなってしまったんだ……。その病は市政でも猛威をふるったよ。今は特効薬ができたから大丈夫だけど」
「そんなことがあったのか……」
「ああ。シエンはな、ヤシェラと仲良しだった。ヤシェラに会いに行くときはいつも着飾ってたし。だから今日、着飾ってんだよ。めんどくせぇ」
「それで、なんでヤシェラ=パープル親王に会いに行く? まさか……」
「そのまさかだよ! ヤシェラ親王の署名をもらいに行くんだ! 成功したらでかいぞ!」
◇◇◇
「久しぶりだね。シエン。来てくれて嬉しいよ」
俺が親王宮を訪ねると、ヤシェラはわざわざ玄関ホールまで出迎えに出て来てくれた。
「ヤシェラお兄さま! お久しぶりです!」
俺が一礼すると、ヤシェラは驚いた顔をした。
「どうしたんだい、シエン? いつも2人きりのときは、ヤシェラお兄さま会いたかったって抱きついてくるじゃないか?」
ギクリ。俺の心臓は嫌な音を立てた。
――シエン! そんなことしてたのかよ!
「今日は随分他人行儀だね? あっ! もしかして、結婚したからかい? そこまで気にしなくていいんじゃない? 僕たちは家族だし」
「えっと……! そうなんです! 結婚したから、未婚の男性に抱きつくのはよくないかなって……」
――うん! この設定で乗り切ろう!
「そうか。でも、シエンは赤の王族になったんだから、重婚できるよ? 僕が三人目の夫になってあげようか?」
ヤシェラは冗談めかして笑ったが、俺はまったく笑えなかった。
――は? 何言ってんだよ!? ソルティア辺境伯の次はヤシェラ親王かよ。まじ勘弁!
俺は目を泳がせた。
「えっと……。それは難しいかもしれません。私はリドルとアーガスト大公と火竜を愛しているので」
ヤシェラは目を細めた。
「ふうん……。君はリドル宰相とはほとんど接点がなかったはずだけど。彼とはいつ恋愛関係になったんだい?」
――やば……。なんて説明しよう
俺の笑顔が引きつると、ヤシェラは悲しそうな顔をした。
「しかも、ここ数カ月は全然会いに来てくれなかったね……。今までは週1で会いに来てくれてたのに……。どうしてだい?」
――は!? 週1!? シエンの奴、そんなに頻繁にヤシェラに会ってたわけ!?
「まさか、リドル宰相との恋に夢中になってたのか? そうなのかなって思って、僕は遠慮して連絡を控えたんだけどね。会いたかったよ」
ヤシェラはからかうように笑った。
「えっと! そうなんです! 初恋に夢中になっちゃって……」
「初恋? シエンの初恋はデド公爵だろ? 何言ってるんだ?」
――ギクー! そうだったの!? てか、なんでヤシェラは知ってんの!? やべえどうしよう!
俺は斜め上を見ながら答えた。
「えっと。やっぱり私の初恋はリドル宰相に捧げることにしました……」
「ええ!? あんなにデド公爵が好きだったのに!? 一体何があったんだ! 詳しく話を聞かせてくれ!」
――やばい、やばい、やばい。
ヤシェラはシエンをよく知る男だ。これ以上ボロを出さないようにしなくては……。
◇◇◇
俺はヤシェラの私室に通された。
「さあ。かけてくれ」
ソファに座ると、ヤシェラは当然のように俺の隣に座った。
そして、すぐに侍従が茶菓子を持ってきた。
「はい。マシュマロとシエンの好きなシャスティーだよ。君が来てくれるって聞いてね。昨日の夕方から蜂蜜で煮詰めてたんだ」
シャスティーは、釜で茶葉を蜂蜜と煮詰めて作る独特なお茶だ。
一般的に、5時間以上煮詰めると旨味が増す。
ティーカップからは湯気が立ち上っていた。
「ありがとうございます」
俺はソーサーからティーカップを持ち上げるとシャスティーを一口飲んだ。
「……何これ、美味しい!」
俺が目を丸くすると、ヤシェラはクスリと笑った。
「どうしたの? いつものシャスティーだよ?」
――ヤシェラの奴……。シエンには、こんなに美味いシャスティーを毎回出してたのか!?
王太子だった俺は当然、ヤシェラの親王宮に来たことがある。
そのときに出されたシャスティーは、もっと甘みが薄かった。つまり、ここまで煮詰めていないのだ。
シエンのシャスティーの方が、時間をかけて作られている。
――王太子の俺より、シエンに良い茶を出すのかよ!
俺がティーカップを置いてマシュマロをつまむと、ヤシェラは身を乗り出した。
「それで、なんでリドル=ユゴー宰相に惚れたんだ? デド公爵はもういいのかい?」
俺はマシュマロをのどに詰まらせそうになった。
――適当に嘘話をでっちあげよう!
「えっと……。リドル宰相は私の剣舞を見初めてくださったんです」
「ああ。あの日の剣舞は素晴らしかったからね」
「それで……彼と話している内に意気投合したんです! 宰相は賢くて、優しくて、包容力があるので」
「……ふうん。でも、デド公爵だってシエンを大切にしてたよ。昔、君が転んで膝を擦りむいて泣いただけで、血相を変えてたじゃないか。早く大医を呼べって騒いでたよ?」
――まじ!? いつの話? デド公爵ってそんな男だったの!?
「デド公爵だって、賢くて優しくて包容力があるよ。宰相は侯爵だけど、彼は公爵だ。今からでもデド公爵と重婚したら?」
――ごめんこうむる!
「えーと。私、今はリドル宰相しか見えないんです。デド公爵はもういいんです」
ヤシェラは目を剥いた。
「何だって!? デド公爵をあんなに好きだったのに!?」
「はい……。恋は盲目っていうじゃないですか?」
――俺、何言ってるんだろ……。
「信じられん……」




