ep.24 後宮の勢力図・国王からの呼び出し
◇◇◇
レイティラ公爵夫人が帰ると、急にファイアが腹を抱えて大爆笑し始めた。
「え? 何お前? なんで急に笑い出してんの?」
俺がドン引きすると、ファイアは冷たい声で言った。
「ドラゴンは嘘を見抜くのが得意だ。レイティラ公爵夫人は嘘をついている。妹を後宮に入れたいってのは本当だが、恋してるってのは嘘だ」
「なんだと?」
「あれは野心家の目つきだ。妹に男子を産ませてその子を王太子に、妹を王妃にしたいんだろう。恐らく、妹も似たようなものだぞ?」
「そうか。ありえる話だ。女は王妃になりたがるからな」
俺が冷たく笑うと、ファイアも冷たく笑った。
「牡丹の妃から、多少なりともトワ=オブシディアンにシエンの感心が移れば、デド公爵家の影響力を削れるかもな」
◇◇◇
帰宅すると、妹が私を出迎えた。
「お姉さま! いや、レイティラ公爵夫人! おかえりなさいませ!」
「ただいま。トワ。喜びなさい! シエン王女があなたのために推薦状を書いてくれたわよ。ほら」
私はカバンから推薦状を取り出して妹に見せた。
妹は嬉しそうに笑った。
「やったぁ! お姉さま。私ね、牡丹の妃から寵愛を奪い取ってみせますわ」
「やる気満々ね。でも、牡丹の妃リシェイ=デドは今をときめく寵姫よ。ひとまずは友好的に接しなさい」
「分かりました!」
「それより、あなたはコラン様に一目惚れした設定よ。それを忘れないようにね!」
「はい! 国王陛下にもそう伝えますわ!」
元気よく返事をした直後、妹は吹き出した。
「一目惚れなんてするわけないのにね。私が惚れるのは、国王の肩書だけよ」
「同感だわ。私も夫の公爵という肩書に惚れたのよ。じゃなき、20歳も歳上の醜い男と結婚なんてするものですか!」
私が吐き捨てると、妹は私の肩をぽんぽん叩いた。
「でも、若くて美しいお姉さまに、レイティラ公爵はベタ惚れよ! お姉さまは男子を2人も産んでるし、レイティラ家での立場は盤石よ!」
「ええ。あなたも男子を産んで立場を固めなさい。寵愛されて目障りなデドもユゴーも引きずり下ろしてやりましょう」
私たちはクスクスと笑い合った。
◇◇◇
後日――牡丹宮にて――。
牡丹が咲き誇る庭の東屋で、牡丹の妃とシエン(現在の姿はコラン)とデド公爵は向き合っていた。
「それで、トワ=オブシディアンの後宮入りについてどう思う? 牡丹とデドが反対なら、却下したいが」
「俺は賛成です。トワ=オブシディアン侯爵令嬢は侯爵家出身。家柄的に反対する理由がありません。
バックには姉の婚家のレイティラ公爵家までついてます。高官たちの推薦状まであります。
即位したばかりでまだ王権が盤石でない中、これらを退けるのは危険です」
デド公爵が発言すると、牡丹の妃もこくこくと頷いた。すると、彼女の耳飾りが同意するようにしゃらしゃらと鳴った。
「ええ。私も賛成ですわ。ここ最近、私ばかりが寵愛されることに批判の声も出ています。
これを機に、トワに寵愛を分散しましょう。牡丹以外も寵愛しろと言う官僚たちを黙らせることができますよ」
「デドも牡丹も本当は嫌だろうに……。私のためにありがとう」
シエンが微笑むと、牡丹の妃も微笑んだ。
「私は自分が寵姫でいられるなら、それで構いませんわ」
「そうか。トワを迎えても、牡丹の宮は毎日訪れることにしよう。君は妊娠中だし、今まで通り政務の間に様子を見に来るのは構わないだろう?」
「嬉しいですわ。私は妊娠中だから夜伽できませんし。その分、夜はトワのところに行かれては?」
「そうだな。入宮初期は様子見で、トワのところへは週3日で通うか。夜も週3日でいいだろ」
「そうですね。朝顔と私とトワを除けば、他の妃は3人。残りの3日の夜はそれぞれ1人ずつ通えばいいでしょう。朝顔の元へは行かないでくださいね」
「もちろんだよ。王女時代に散々私を馬鹿にして……。朝顔には失寵の惨めさを思い知らせてやる」
3人は冷たく笑い合った。すると、デド公爵がシエンを抱き寄せた。
「1週間の内、夜が1日空いてますね。その晩は今まで通り俺と過ごしてくださいよ」
「こらデド! ここは庭だ! 誰かに見られたらどうする!」
シエンが荒っぽくデド公爵を突き飛ばすと、牡丹の妃はクスクス笑った。
「まあ。相変わらず仲良しね。でも、2人の逢瀬は牡丹宮だけにしてくださいませ。
牡丹宮の侍女や護衛たちは、入れ替わり事情を知ってる口の固い者たちですから」
「分かってるよ」
「当たり前だろ?」
「後宮の規則が親族には緩くて良かったわぁ。何しろ、妃の兄弟姉妹と両親は妃の宮に泊まることができますからね」
「そうだね。面会も自由だし。俺が牡丹の兄で良かったよ。"いとこ"や"はとこ"だとこうはいかないからね」
兄妹は仲良さそうに微笑み合った。
◇◇◇
時間は少し進み、5月30日になる。
アーガスト大公とシエン王女が結婚する日であり、コランが大公邸に泊まる日なのだが――。
「はあ!? なんで俺がお前と寝台で寝なきゃいけないんだよ!」
俺は寝台を前に声を荒げていた。
アーガスト大公は寝台で足を伸ばしながら面倒臭そうに言った。
「赤の国の慣習なんだ。新郎新婦は絶対に初夜は同衾しなきゃいけないんだ。男と寝るなんて嫌だが……。今晩だけ一緒に寝るしかない」
「お前と同じベッドとかまじ勘弁! お前はソファで寝ろ!」
「別にいいじゃないか。それとも、そんなに声を荒らげてどうした? 抱かれないか心配なのか? 体は女だからな」
アーガスト大公が冷たく笑ったので、俺は彼を睨んだ。
「手出ししてきたら、ぶっ殺す」
「権力者の私を? やれるならやってみろ。お望みなら可愛がってやってもいいが、お前には触んないよ。さっさと寝台に入るんだな」
「くっそ! 赤の国の慣習なんてくそくらえだ!」
俺はぶつぶつ言いながら毛布にくるまった。
「おやすみ! ドキュラ=アーガスト! 大公妃の地位をありがとよ!」
アーガスト大公も横になった。
「そうだな。面倒臭くない大公妃で何よりだ」
「まったくだ。俺ほど良い妻はいないぞ? 娼婦と遊んでいいなんて言う女は世界で俺だけだ。
……ところでお前、なんで女嫌いなのに娼婦遊びは大好きなんだよ?」
「女は嫌いだが、女と寝るのは好きだよ。君だって分かるだろ? 王太子時代は散々側室と王太子妃と楽しんだんじゃないか?」
「お前ってストレートな奴だな」
「私が女嫌いになったのは母上のせいだ」
――母上? そういえば、アーガストの両親はすでに他界してるんだよな。
「父上は浮気性だった。母はそんな父を愛してた。父が他の女と浮気する度にヒステリーを起こしてた。
私だけを見てとか言ってた。挙句の果てに、後継者の俺に執着するようになった。私にはあなただけよとか言われた。
父はそんな母を疎んじてた。母の嫉妬に狂った姿を間近で見て、俺は女が嫌いになった」
「なんだ。そういうことだったのか」
「君は女のヒステリーには慣れてるか? 後宮を持ってただろ?」
「さあ? 俺の前でヒステリーを起こす女はいなかったよ」
「そうか。お前は朝顔の妃ばっかり寵愛してたんだって? なら、多分他の側室は嫉妬で泥々だったろうな。寵愛の偏りはよくないぞ?」
「官僚みたいなことを言うんだな。女遊びしまくってるお前に言われるとは。皮肉なことだ!」
俺がアーガスト大公を軽く睨むと、彼は急に声のトーンを低くした。
「そういえば、牡丹の妃が懐妊したんだって? しかも父親は、お前の体を乗っ取ったシエンだろ? 複雑な気分じゃないか?」
「……ああ。そうだよ。俺の子どもなのに俺の子どもじゃないからな。まだ気持ちの整理がついてない!」
「仮に、元の体に戻れたとしよう。そしたら、産まれた子どもを大事に養育するのか?」
「感情的には微妙だが……。俺の子どもではある。養育するよ」
アーガスト大公は口角を吊り上げた。
「そうか。産まれるのは王子か王女、どっちだろうな? 王子なら後宮はますます泥沼。お前を嵌めたデド公爵の影響力が強まるぞ?」
「最悪だ! 王女であってくれ。ていうか、俺は朝顔に懐妊して欲しいんだ」
「ふーん。でも、王太子妃時代の2年間、彼女は懐妊しなかったんだろ? 確か、君たちはお互い16歳のときに結婚してたはずだが?」
「そうだよ。朝顔はリドル宰相の姪だからな。朝顔が王子を産んでその子を王太子にできれば、リドルとの結びつきが強められる」
「なんだ。朝顔を愛してるのかと思ったら……政治的な理由で好きなのかよ」
アーガスト大公はからからと笑った。
「政治的な理由だけじゃない! 朝顔は優しくて可愛いんだ」
「ふーん。後宮に優しい女なんていないと思うけどな。あそこは王の愛を巡って女同士が殺し合う場所だぞ。お前、朝顔の妃に騙されてるんじゃない?」
「はあ? なんだと?」
結局、俺とアーガスト大公は朝までお喋りを続けてしまった。
◇◇◇
大公妃の地位を手に入れ、俺はシエン=パープル王女から、シエン=アーガスト大公妃になった。
そして、6月5日になった。帰国した俺は、王女宮の寝台でゴロゴロしていた。
「あー! まじでやることがない! "暇"がこんなにしんどいとは!」
王女の仕事は結婚だ。つまり王女は、普段は式典や宴のとき以外、することがない。
大公妃にはなったものの、アーガスト大公からは、大公妃として特に何もしなくていいと言われている。
むしろ何もしない方がありがたいと。
結婚すれば普通、後継者を産めとか言われるが、大公は甥を後継者にしている。つまり、俺には出産の義務もない。
一見最高に見えるこの生活が、俺には苦痛だった。
暇だ。暇すぎて辛いのだ。
もっと活躍したいが、紫の国には、女性に活躍のチャンスなどない。
赤の国では特別司令官になれそうだ。しかし、俺を特別司令官にすることと、詳細な権限について、現在赤の臣下と女王が議論中だ。
もうすぐ内容が決まるらしいが、それまで俺がすることは、特にない。
――まじで暇すぎる! これ、有能な女性を無駄にしてないか?
もし女性が活躍できる社会にしたら、男+女で優秀な人材が2倍に増えるのでは?
そんなことを考えていたときだ。女官の1人が寝室のドアをノックした。
「シエン大公妃様。女官のカルタでございます。入室してもよろしいですか?」
「入りなさい」
女官は入室すると、寝たままの俺に恭しく一礼して言った。
「国王陛下がお呼びです。参りましょう」




