ep.23 結婚騒動決着
◇◇◇
同日同時刻。紫の国の謁見室では――。
「国王陛下に挨拶いたします。明日の王城議会の前に、アーガスト大公にするか、ソルティア辺境伯にするか、陛下の意見をお聞かせください」
外務大臣が、私――シエンに頭を下げていた。
――くそっ! コランを大公妃などという高い地位につかせたくないのに! 2人を比較したら、ソルティア辺境伯を選ぶ理由がなさすぎる!
「……アーガスト大公にしようと思っているよ」
私が微笑むと、外務大臣は顔を明るくした。
「それがよろしいでしょう。女王も賛成してますし。魔油の5%割引は非常に魅力的ですし」
「ああ。そうだな」
「それに、社交界のレディたちの世論がアーガスト大公を推しております」
「は? それはどういうことだ?」
「辺境伯と無理やり結婚させられそうになった王女の元に現れたのが、美男のアーガスト大公。これが社交界で話題にならないはずがありません」
「……それもそうだな」
「特に、レイティラ公爵夫人が声をあげております。
王命だろうと、女性にも相手を選ぶ自由が必要だと。
レイティラ公爵夫人は紫の国のレディ社交界の頂点ですから。他の高位貴婦人たちも彼女に同調しております」
「何!? そんな世論ができているのか!?」
「はい! 社交界のレディたちが全員、アーガスト大公を推しております」
「全員? それは無視できぬな」
「しかもレイティラ公爵夫人は夫のレイティラ公爵に、アーガスト大公にするように国王陛下の説得を頼んだそうです。
レイティラ公爵は貿易課の課長ですから、魔油割引のアーガスト大公を推すのも無理はないかと」
「レイティラ公爵か。この後、彼と謁見の予定がある。そのときに説得されそうだな」
私は舌打ちしたくなった。
――コランの奴! 王女のくせにどこまで力をつける気だ! レイティラと世論まで味方につけたのか!
◇◇◇
後に、史書にはこう記される。
太陽暦3421年、5月30日。
紫の国のシエン=パープル王女と赤の国のドキュラ=アーガスト大公が結婚した。
本人たちの希望により、結婚式は行われず、王族史上初の書面だけの結婚となった。
アーガスト大公は結婚祝いとして、駿馬300頭、黄金の延べ棒50本、魔油についての権利を紫の国王に献上した。
魔油についての権利とは、5年間、魔油の値段を5%割り引くというものである。
シエン王女は、婚姻による友好を示すため、赤の女王とアーガスト大公それぞれに、火竜を年間10日間貸すことが決定した。
さらに火竜は、木竜を赤の国へと呼び、森林を作らせた。
その森林が今日、紅の森と呼ばれている紅木の一大産地である。
紅木は丈夫でありながら、非常に加工しやすい木であり、赤の国に新たに生まれた林業産業は多くの雇用を生み出した。
これにより、モンスター襲撃から赤の国を守ったシエン大公妃は、さらに赤の国で人気を博すこととなった。
◇◇◇
時は巻き戻り、5月10日になる。
この時点で、アーガスト大公と俺の婚姻は確定した。俺とファイアは紫の国に帰国した。
結婚式がないので、やることが特にない(手続きや外務上のやりとりを行うのは、高官と国王だからだ)俺とファイアが紫の国の王女宮に戻ると、レイティラ公爵夫人が突然王女宮を訪ねて来た。
「レイティラ公爵夫人! ようこそ!」
「おはようございます、シエン王女様。実は、仕事中の夫に差し入れを持ってきたついでに、立ち寄りました」
俺はすぐに彼女を応接室にもてなした。そして、ファイアを紹介した。
「彼が火竜のファイアだよ」
「はじめまして。レイティラ公爵夫人。紫の国の社交界の華にお会いできて、光栄でございます」
ファイアが丁寧に頭を下げると、レイティラ公爵夫人は嬉しそうに微笑んだ。
「まあ! ドラゴンって礼儀正しいのね。それに、とてもお美しいわ! 前回王女宮に来た際、あなたは不在でしたから、お会いできて嬉しいわ」
「麗しい公爵夫人にそう言って頂けて光栄です。長く生きてきましたが、こんなに美しい女性を見たのは初めてですよ」
――ファイアって、女に世辞まで言えんのかよ。
内心では突っ込みつつ、俺はレイティラ公爵夫人に丁寧に頭を下げた。
「この度の辺境伯と大公の結婚騒動では力を貸して頂き、ありがとうございました」
実は、赤の国から帰国した翌日に、レイティラ公爵夫人は俺の元を訪ねて来たのだ。
「結婚したくないのにソルティア辺境伯と結婚させられるなんて、不憫なことですわ。
私が社交界に働きかけて、レディたちの世論を変えて差し上げます。いつも染髪油を優先的に売って頂いてますし。ほんの少しのお礼ですわ」
彼女はそう言って、俺に協力してくれた。
――だが、レイティラ公爵夫人がただで協力してくれるわけがない。絶対に裏があるな。
俺は若干警戒しつつ、お喋りに花を咲かせていた。
「シエン王女様は、5月30日はアーガスト大公邸に滞在して、6月1日にすぐ帰国するんですってね。新婚なのに、いいんですか?」
「ええ。私は紫の国が好きなので。それに、リドルを一番愛してるんです。だから彼の側にいたいんです。
アーガスト大公は私の意思を尊重してくれたんですよ」
嘘設定だ。お互いにさっさと別居婚をしたいだけだ。
「まあ! アーガスト大公はシエン王女を大切にされていらっしゃるんですね。宰相にも愛されていて、羨ましいですわ」
――誤解が凄すぎて、吹き出しそうだ。
俺は万が一にも吹き出さないように、笑いを押し殺していた。
「恋って楽しいですわよね。実は、妹も恋をしているんですよ。私、妹の恋を応援しようと思っていますの」
「妹さんがいらっしゃるんですね。お名前は?」
ファイアが聞くと、レイティラ公爵夫人は誇らしそうに笑った。
「トワ=オブシディアンですわ。私にそっくりな、金髪碧眼の女の子です。1週間前に18歳になったんですよ」
俺は茶を一口飲むと尋ねた。
「そうなんですね。お相手は誰ですか?」
「紫の国王、コラン=パープル様ですわ。3年前の冬の宴で、剣舞を披露するコラン様の凛々しい姿に一目惚れしたそうです」
レイティラ公爵夫人は目を細めた。俺は茶を吹き出しそうになった。
――相手、俺じゃん!
「だから、妹を後宮に入れたいんです。後宮に入るには推薦状が必要ですからね。
すでにレイティラ公爵家とオブシディアン侯爵家から、推薦状を提出しましたわ。もちろん、両家と親しい高官たちの推薦状も頂きました」
「……そうなんですか?」
「ええ。でも、後一押し欲しいんですよね。ですので……シエン王女様にも、推薦状を書いて頂きたいのです。王族の推薦状は強力な信用がありますから」
――レイティラ公爵夫人の目的はこれか……!
オブシディアン侯爵家とレイティラ公爵家は王城では日和見派で比較的温厚だ。
彼らは敵が少ない。ならば、トワ=オブシディアンは推薦しても問題が少ない令嬢だ。
何より、シエンは牡丹の妃ばかり寵愛している。
新しい女が増えれば、風向きが少しは変わるかもしれない。
何より、社交界で世論形成に協力してもらった直後だ。これは断れない。
「分かりました。推薦状を書きましょう」
レイティラ公爵夫人は満足気に笑った。
ファイアは黙って微笑んでいた。




