ep.22 性悪大公との婚姻交渉成立
「この婚姻は、アーガスト大公にもメリットがあると思いますが?」
「ほお? コラン様がそう考える理由は?」
「アーガスト大公は今年で34歳。赤の女王はあなたを結婚させたがっていると聞きました。お相手は、銀の国のメビラ王女とか?」
俺が微笑むと、アーガスト大公は少しだけ苦い顔をした。
「……そうだ。銀の国は魔油の産出量が少ないが木材の産出量が多い。赤の国は木材の産出量が少ないが魔油の産出量が多い。この婚姻が成立すれば、いい取引が生まれそうだからな」
「ですが、メビラ王女と結婚したら、娼婦と遊べなくなりますよ?
王女を放って娼婦と遊んだりしたら失礼ですし。銀の王はメビラ姫を溺愛しています。結婚後も娼婦遊びなんかしたら、銀の王は激怒します」
「だろうな。まったく面倒くさい縁談だ」
「でも、赤の女王はあなたとメビラ王女を結婚させたがっているんでしょう?」
「……そうだ。だが断っている!」
アーガスト大公が顔をしかめると、俺はにやりと笑った。
「シエン王女と結婚すれば、大好きな娼婦と遊び放題ですよ?」
「……はあ?」
「俺は女の体になっても男ですからね。男とそういうことをする趣味はありません。
結婚したら、俺のことは放っておいてください。だから、娼婦といくら遊んでもいいですよ?」
「ほお?」
アーガスト大公の瞳が、初めて興味深そうに光った。
「それだけじゃありません! 俺はアーガスト大公とリドル宰相と重婚になる!
その場合、俺はリドルと紫の国で暮らす! つまり、別居妻だ! これでどうだ!」
「アーガスト大公はシエン王女と結婚することで、メビラ王女との結婚を回避できる。
別居妻だからめんどくさくないし、娼婦と遊び放題。魅力的な条件じゃないか?」
「確かに面白い条件だが……。だがな、女王が嫌がりそうな縁談だな。
銀の国のメビラ王女との婚姻による、木材と魔油の経済同盟の機会を失うことになる」
「なら、それ以上のメリットを提案するまでですね」
「それ以上のメリットだと?」
「大公が俺と結婚してくれるなら、ファイアを年に10日、女王と大公にそれぞれお貸しします」
「はあ!?」
「パーティーに連れて行って見せびらかすなり、一緒に空を飛ぶなり、ご自由にどうぞ。
戦場以外でなら、どんな用途に使っても構いません。なあ、ファイア?」
俺が目配せすると、ファイアは微笑んだ。
「よほどの無理難題以外、聞こうじゃないか」
アーガスト大公はファイアから目を逸らした。まるで、誘惑に負けたくないとでも言わんばかりに。
「だがな……結婚式なんてめんどくさい!」
「俺も同感だ! 結婚式ではコルセットをつけなきゃいけないからな! しかもハイヒールで足が痛くなる! 書面だけの結婚で良い!」
「なんだと……!」
アーガスト大公がぎょっとすると、ファイアはにっこりと笑った。
「赤の国は、木材が少ないんだろう? 元々森林より更地が多いからな。そんな赤の国に提案だ。広い土地を用意してくれたらな、俺が木竜を呼んでやる」
「木竜?」
「そうだ。木竜の降らせる魔法の雨は、その土地に合った木を生やさせることができる。
木竜が雨を降らせた土地には、五年あれば大樹が育つ。一度形成された木竜の森はよほどの干ばつがない限り枯れない。夢みたいな話だぞ?」
「なんだって!? 魔法の雨を降らせてくれるのか!?」
「そうだ。シエン王女と結婚すれば銀の王族との結婚回避。しかも、俺を10日間使える。
さらには、森林までついてくる。どうだ? 結婚したくなって来たか?」
「悔しいが……なってきた! 詳細な条件を話し合おうじゃないか! その上で検討しよう!」
アーガスト大公は本当に悔しそうに唇を歪めた。だが、その翡翠色の瞳は爛々と輝いていた。
◇◇◇
5月4日。俺――ソルティア辺境伯は、赤の女王とアーガスト大公から、赤の王城の一室に呼び出されていた。
「アラン=ソルティアが参上いたしました。女王陛下と大公閣下に挨拶いたします」
ソファに並んで腰掛ける女王とアーガスト大公に俺は一礼した。
すると、女王が向かいのソファを手で指し示した。
「まあ、かけなさい。ソルティア辺境伯。今日はな、私たち赤の王族同士3人、遠慮はなしだ」
遠慮はなし。その一言に、俺はなんだか嫌な予感がした。女王は微笑んでいるのにもかかわらずだ。
俺が腰掛けると、アーガスト大公が楽しそうに口を開いた。
「いきなり本題で悪いけどね。私がシエン王女と結婚するよ。格下の君は引っ込んでな。シエン王女との結婚は諦めろ」
「……はあ!? なんてお前が出しゃばってくる!」
俺が目を剥くと、アーガスト大公は意地の悪い笑みを浮かべた。
「君は辺境伯。俺は大公。爵位は俺が上。経済力でも上。当然、外見の魅力も上。君は女王とはとこだけど、俺はいとこ。
アーガスト大公家は過去に何度も王女と王子の降嫁を賜る超名門。ソルティア家出身の君より、この俺が英雄王女にふさわしい」
「……何を言ってるのかさっぱり分からないな」
「私も君が何をしてるのか分からないよ。シエン王女にふられたのに、しつこく求婚して。性格の良さでも私が上かな?」
「俺を侮辱するのか!」
俺が声を荒げると、女王がたしなめた。
「まあ落ち着け。2人とも。実はな、アーガスト大公も紫の国王に、シエン王女との結婚を申し込んだ。どちらを夫にするかは、紫の国王に決めてほしいとな」
――なんだと! なんでアーガスト大公が出しゃばってくる!? 結婚する気はないんじゃなかったのかよ!
「アーガスト大公はな、シエン王女と結婚できるなら、駿馬300頭、黄金の延べ棒50本、それから魔油についての権利を付与すると紫の国王に申し出た」
「魔油についての権利……?」
アーガスト大公は頷くと口を開いた。
「そうだ。紫の国は、赤の国から魔油を輸入している。紫の国が毎年輸入する魔油の30%は赤の国産だ。
私は紫の国王に言った。『シエン王女と結婚したあかつきには、今後5年間は魔油の値段を5%割り引く。これを機にぜひ沢山輸入してください』」
「はあ!?」
「君は駿馬500頭と黄金を1kg提供するらしいけどね。それらは消耗品。魔油は生活を支える必需品だ。ねぇ、女王陛下?」
「そうだな。私からもすでに紫の国王に伝えたよ。結婚相手はせび、アーガスト大公にしてやってくださいってな」
「なんですって!? 女王陛下、俺を応援してくださっていたではないですか!」
「私は言ったはずだぞ? 私は赤の国にシエン王女を取り込みたい。赤の国の男なら誰でもいい。
ソルティア辺境伯は親戚だし調度良いってな。
だがな、"赤の男なら誰でも良い"んだ。アーガストの方が血縁的にも私に近いし、未婚男が片付いて良いじゃないか?」
「女王陛下! あんまりです!」
俺が叫ぶと、女王は視線を鋭くした。
「それだけじゃない。アーガスト大公と結婚した場合、シエン王女は私と彼に、年間10日ずつ火竜を貸してくれるんだ。きっちり240時間だ。魅力的な条件だろ?」
「……え?」
「しかもな、木竜まで呼んで、森林形成の雨を降らせてくれるそうだ。林業では森林が完成するまでに数十年かかる。
だがな、木竜の森は5年で完成する! そしたら、我が国は自力で木材不足を補える可能性がある!」
「ちょっと待ってください! なんで他の竜が出てくるんですか!」
「火竜と木竜は同じドラゴン窟の友人らしい。アーガスト領に来る前に、シエン王女と火竜がカラブルのドラゴン窟に寄って雨を頼んだらな、木竜は快く頷いたそうだ」
「そんな馬鹿な……」
俺が呆然と呟くと、アーガスト大公はにやりと笑った。
「お前、ティータイムでシエン王女に言ったんだって? 『シエン王女様と結婚させてくださるなら、駿馬500頭と黄金を紫王家に献上しますと紫の国王に頼みます。それでも断られたら諦めます!』ってな」
「それがなんだ?」
「男なら、自分の言葉は守れよ。紫の国王が私を選んだら、お前は断られたことになる。シエン王女のことは潔く諦めろ」
「……くっ!」
俺が詰まると、女王は急に冷たい声で言った。
「お前との婚姻より、アーガスト大公との婚姻の方がメリットがある。だから私はアーガストを推す。今回は諦めなさい」
「陛下!」
「潔く引け! 政治とはそういうものだろう? お前は条件で負けたんだ!」
女王の鋭い一喝に、俺は拳を握りしめた。
――女王に叱責されても退かないなら、不敬に当たる……。
「かしこまりました。今回は諦めます」
女王はにっこりと笑った。
「そうかそうか。安心しろ。お前には、私が直々に、別の可愛い花嫁を見繕ってやるからな」
「……ありがたき幸せです」
「またモンスターが攻めてきてもな。戦場ではな、シエン王女と仲良くするんだぞ?」
「もちろんでございます。仕事と恋愛は別です」
俺が頷くと、アーガスト大公が女王に微笑んだ。
「陛下。銀の国のメビラ王女とソルティア辺境伯を結婚させてはいかがでしょう?」
「は? それはお前の結婚相手候補だろ!」
俺が突っ込むと、アーガスト大公は冷たく笑った。
「俺はね、銀の国との縁談の可能性を完全に潰したい。だからお前にメビラ王女を押し付けてんの。分かんない? 不細工同士お似合いだろ?」
「お前! 性格の悪さもいい加減にしろよ!」
俺が怒鳴ると、女王がたしなめた。
「まあ落ち着け。こいつの毒舌は今日に始まったことではない。同じ王族同士、遠慮がなくなるところがあるんだ。
アーガスト大公は私にも生意気を言うぞ?」
「女王陛下! アーガスト大公を甘やかしてはいけません!」
「なんでメビラ王女が嫌なんだよ? やっぱり顔か?」
「……そうだ! 私は面食いだ!」
「ハハハッ。お前、メビラ王女に失礼だぞ。今のセリフを銀の王に教えてやろうか?
てか、どうせシエン王女の顔と若さが好きなだけじゃない?」
「いい加減にしろ!」
「これこれ。アーガスト大公とソルティア辺境伯はちょっと落ち着け」
女王はたしなめながらため息をついた。




