ep.21 その縁談が嫌なら、より格上の男と結婚すればいい
「なんだって!?」
俺は思わず大声を出した。ファイアは興味深そうに目を細めた。
「女王は恐らく、シエン王女が自分の姻戚になるなら、結果相手の男は誰でもいいはずです。最悪、赤の国の貴族なら誰でもありでしょう」
「ほお?」
「であれば、ソルティア辺境伯よりも女王と近く、辺境伯より地位の高い赤の王族男と結婚してしまえばいいんですよ。辺境伯をも黙らせるような男とね」
「は? そんな男がいるわけ……いや、まさか!」
俺ははっとした。すると、ファイアが俺に聞いた。
「いるのか? 誰だ?」
「……いる。赤の女王のいとこで、赤の国の大公で魔油王のドキュラ=アーガストだ!」
魔油とは、食べられる石油のようなものだ。
食用油にもなるし、燃料にもなる万能資源。
アーガスト大公領は、この大陸の魔油の3割を産出している。
ちなみに、この世界には石油はない。燃料になる油は魔油のみだ。
「アーガスト? 聞いたことがある。確か魔油の一大産地じゃないか?」
ファイアが呟くと、リドルが頷いた。
「そうです。そもそも、ソルティア辺境伯と結婚したくない理由はなんですか?」
「俺が男だからだよ! 男と結婚なんてまじ勘弁。結婚したら、後継ぎ産めとかも言われるしな!」
「そうです。しかし、アーガスト大公は後継者を甥に使命しています。彼は両親を亡くした3歳の甥を引き取ってますからね。
本人は結婚する気ゼロ。娼婦とだけ戯れる酔人です」
「何そいつ? 大公なのに結婚しないの?」
ファイアが聞くと、リドルは頷いた。
「ええ。アーガスト大公は女遊びが大好きな女嫌いなんです。だから、結婚しても後継ぎ問題は無し。女嫌いだから、ほっといてくれますよ」
「おいちょっと待て! 結婚する気ゼロの男とどうやって結婚すんだよ!」
ファイアが突っ込むと、俺はため息をついた。
「アーガスト大公とは、外交と会談で何度も関わったことがあるよ。頭の切れる男だ。攻略は難しそうだな」
「そこでです! 自分は男だと、呪術の入れ替わり事情を正直に打ち明けてはいかがでしょう?」
――はあ?
「私とアーガスト大公は友人です。私が連絡石で、彼に事情を話します。その上で、こうすればいいのでは?」
リドルの話をじっくり聞いた俺とファイアは、頷き合った。
「名案じゃないか! それでいこう!」
ファイアがそう言って笑うと、リドルは急に気まずそうな顔をした。
「話は変わるのですが……コラン様に重大なお話があります」
「なんだ? 言ってみろ」
「実は、牡丹の妃が懐妊されたのです。懐妊されたのは3月末頃……。つまり、シエン王女とコラン様が入れ替わった後です」
「……はあ?」
俺が絶句すると、ファイアがぎょっとした顔で口を開いた。
「牡丹の妃って、5人いる紫の国王の妃の内の1人だろ。つまり、シエンがコランの体で、女と子どもをつくったってことか」
「……まじかよ。それって、俺の子どもなのか?」
生物学的な父親は俺だ。だが、コランの体に入っているのはシエンだ。
――俺の子どもなのに、俺の子どもじゃない……?
リドルは慎重な声で言った。
「まだお生まれにすらなっていませんし……。ひとまず様子を見ましょう」
「もし産まれたのが男子なら厄介だな。牡丹の妃って、シエンとグルになってコランに呪術をかけたデド公爵の妹だろ? デドの権勢が増すぞ?」
ファイアの言葉に、リドルは表情を曇らせた。
「国王は牡丹の妃ばかり寵愛してます。他の妃のところへはほとんどお渡りになりません。
他の妃が懐妊しなければ、次期国王は牡丹の妃の男子で決まりです。男子が産まれればの話ですが……」
「そういえば、宰相の姪で、コランが好きだった女っていう朝顔はどうしてんの?」
ファイアが聞くと、俺も身を乗り出した。
「そうだ。朝顔が心配だ!」
「朝顔の妃の宮へは、昼も夜も国王はお渡りになりません。ごくたまに、国王……シエン様は夕餉を朝顔の妃とご一緒されますが……。それだけです」
「はあ? なんでシエンは朝顔ばっかり冷遇するんだよ!」
俺は歯ぎしりした。
――体を取り戻したら、すぐに朝顔を寵愛するのに……! 朝顔は優しくて可愛いし、リドルとの友好を維持するためにも、大切な女だ!
「ひとまず、私も働きかけてみます! 牡丹の妃は様子見。まずは、アーガスト大公攻略が最優先です!」
◇◇◇
次の日、4月28日の昼頃――。国王の執務室にて――。
「なんだって? ドキュラ=アーガスト大公がシエンと火竜を自邸に招待しただと!? なぜ!?」
「そうなんですよ、陛下。実は、火竜は魔油が好物なんだそうです。
昨日、アーガスト大公と連絡石で長通話していたときに彼にその話をしたら、ぜひアーガスト領に来て、採れたての魔油を振る舞いたいとのことでした」
「はあ? ソルティア辺境伯との婚姻を議論しているこの時期に、赤の国の大公領に遊びに行くってことか?」
――今度は何が目的だ?
私が片眉を跳ね上げると、宰相は思案顔で言った。
「シエン様は王女ですから結婚の決定権がありません。辺境伯との婚姻は、臣下と国王陛下が決めることです。
どうせ紫の国にいても何もできませんし……。大公からの招待に応じさせてはいかがですか?
赤の女王に連絡石で確認したところ、赤の貴族とシエン王女と火竜が親しくしてくれるなら嬉しいと喜んでおりましたし」
――くそっ! 反対する理由がない! カラブルの温泉街のときと同じだ! 絶対になんかありそうなのに!
「そうか。なら、行かせなさい。空を飛んで行くんだろ? 空路なら、大公領まで2日か? 早くていいな」
私は内心の動揺を押し隠して、微笑んだ。
◇◇◇
4月30日の夕方――俺とファイアはアーガスト邸に到着した。
「ようこそアーガスト領へ! シエン王女様! 火竜様! 自分の家だと思って寛いでください!」
アーガスト大公は大勢の使用人と共に、俺とファイアを出迎えた。
「長旅でお疲れでしょう? 少し早いですが、まずはお食事を召し上がってください」
彼は、俺とファイアをまずは食堂へ連れて行くと、豪勢なごちそうを振る舞った。
そして、食事が終わると、食堂から使用人全員を下がらせた。
使用人たちがいなくなり、俺とファイアとアーガスト大公だけになった瞬間、彼の身にまとう雰囲気ががらりと変わった。
その瞳が、鋭い光を帯びた。
「久しぶりですね。コラン様。まさか、呪術で王女になってしまうとは。おいたわしいことです」
◇◇◇
ドキュラ=アーガスト大公。翡翠色の髪と瞳を持つ美男。
魔油王であり、赤の女王のいとこにあたる、赤の王族の一員。
莫大な資源力と経済的影響力を持つこの男は、女嫌いで結婚する気はゼロ。なのに、娼婦と遊ぶことを好む酔人だ。
「久しぶりですね。コラン様。まさか、呪術で王女になってしまうとは。おいたわしいことです」
「そうなんです。こんなことになるなんて、夢にも思いませんでしたよ」
「そうですか。それで、女王のはとこのソルティア辺境伯と結婚したくないから、私と結婚して大公妃になりたいと聞きましたよ? 大
公妃って、王妃に次ぐ地位なんですけどね。そんな理由で至高の地位に昇るおつもりで?」
――……なんだと?
「現在、どの国の国王も既婚者です。王妃の座は空いてない。大公は公爵より上の地位。
つまりあなたが欲しい大公妃の地位は、現時点で最高峰の女性の地位なんですよ。言ってる意味、分かります?」
「随分な言い方だな。シエン王女は紫の国の王族だぞ。大公妃の地位に十分相応しいじゃないか?」
ファイアが冷静な声で言うと、アーガスト大公はふっと笑った。
「私も赤の国の王族です。それに、王女様と違って、結婚相手を選ぶ側です。あなたは選ばれる立場なんですよ」
――相変わらず性格悪いなこいつ。
アーガスト大公だから成立するセリフだ。加えて、こいつの美貌がなくては許されないほどの上から目線っぷりだ。




