ep.20 一筋縄ではいかない、紫の国王
◇◇◇
4月27日の昼頃――俺とファイアは紫の城の中庭に降り立った。
中庭では、紫の国王――シエンと臣下たちが整列し、勢ぞろいして待っていた。
ドラゴン姿のファイアが地面へ降下すると、羽が巻き起こす風が、臣下たちとシエンの衣と髪をはためかせた。
ファイアが着地して身を屈めると、俺はひらりとその背中から飛び降りた。
すると、臣下たちから拍手が沸き起こった。
俺はファイアを見あげて命じた。
「ファイア! 人の姿になりなさい」
ファイアは静かに頷いた。次の瞬間、ファイアの体が淡く白い光に包まれる。そして、ドラゴンの姿が煙のように揺らいだ。
揺らぎが収まったとき、そこには黒髪赤目の美男がいた。
臣下たちがどよめく中、俺とファイアは目の前に立つシエンに一礼した。そして、まずはファイアが口を開いた。
「紫の国の若き国王陛下に挨拶いたします。俺は火竜のファイアと申します」
間髪入れずに、俺も口を開いた。
「コランお兄さま。私、シエン=パープルが帰還いたしました。この度、赤の国を救う名誉に預からせて頂きました。
緊急事態だったため、事前の連絡なく赤の国に行ったことをお許しくださいませ」
俺たちが顔を上げると、シエンは微笑んだ。
「赤の国が大事なくて何よりだ。功績に免じて、勝手な行動について罰を下すのはやめるとしよう」
「ありがとうございます」
俺が優雅に一礼すると、シエンはファイアにも微笑んだ。
「そなたが、初代青の王フェル=ユースのドラゴンか。我が国の王女と契約してくれてありがとう。礼を言うよ」
「俺こそ、愛するシエン王女と契約できて嬉しいですよ。ところで、シエン王女にソルティア辺境伯から縁談の申し込みが来ていますが、陛下はどうお考えですか?」
ファイアが冷たい微笑みを浮かべると、臣下たちが一斉に騒ぎ出した。
――ファイアナイス! 計画通りだぜ!
この場には大勢の高位臣下がいる。まかり間違っても下手なことは言えない。
公衆の面前で単刀直入に切り出す。それが狙いだ。
「それについては、私は縁談に好意的だ。
ソルティア辺境伯は王城でも影響力のある赤の王族だし、シエンの結婚相手として申し分ないのでは?
それに、紫の王城騎士団は昨年、流行病で騎馬を200頭ほど失ったんだ。
ソルティア辺境伯は、結婚できるなら駿馬を500頭献上すると言っている。ソルティア領は名馬で有名な産地だ。
この結婚は国益になるよ。国王として反対する理由がないな」
シエンが嬉しそうに笑うと、ファイアが突っ込んだ。
「ですが、俺もシエンもこの結婚には反対です。感情的に嫌なのです。その点をご考慮ください」
シエンは困った顔をした。
「もしかしたら、ドラゴンのそなたは知らないのかもしれないが……。王女というのは国益のために結婚するものなんだよ」
――はあ? こいつ、俺を結婚させる気か!?
シエンは労うかのように俺の肩を叩いた。
「シエン、分かってくれるかい?」
そして、シエンは俺の耳元に顔を近づけると、俺にだけ聞こえるように囁いた。
「無理やり結婚させられる女の苦しみを思い知るといいわ」
シエンは耳元から口を離すと、何事もなかったかのように微笑んだ。
「ソルティア辺境伯はお前に心底惚れてるらしい。きっと、大事にしてくれるよ。彼にならシエンを任せてもいいな」
――この野郎!
頭にかっと血がのぼりそうになったときだ。
「お待ちください! 国王陛下!」
――この声は……!?
俺とファイアは振り返った。すると、すぐ近くの列からリドルが進み出てきた。
臣下たちがざわめく中、リドルは一礼すると口を開いた。
「宰相、リドル=ユゴーが発言いたします。私はシエン王女様の婚約者です!
赤の国との友好と国益のためには、シエン王女様と私とソルティア辺境伯の重婚を認めるべきでしょう」
「そうだな」
シエンが頷くと、リドルは厳しい声で言った。
「しかし、制度が重婚を許すことと、感情が重婚を許すことは別です。
愛する女性を他の男と共有したくありません! 火竜は規格外の存在。別格だから、共有できるだけです」
リドルはその場に跪くと続けた。
「私は先代の御代より国王をお支えしてきました。宰相になって、十年目です。
十年の忠誠心に報いて、私の感情を尊重し、ソルティア辺境伯との婚姻はご容赦ください。それとも、私の忠誠心は馬に劣りますか?」
シエンは一瞬詰まると、おっとりと微笑んで言った。
「そんなことはない。リドル=ユゴー宰相は素晴らしい忠臣だ。だがな、馬の価値と忠誠心は別問題だ。
そなたの意思も国王としては尊重したい。しかし、国王としては自国の利益と他国との友好を考えなくてはいけないのも確かだ」
そう言うなり、シエンは声を張り上げた。
「誰か! 俺の考え方が間違ってると思う者はいるか? いるなら、挙手して教えてくれ! 俺という若王に、国王のあり方というものを教えてくれ!」
臣下たちは一気にどよめいた。だが、誰も挙手する者はいなかった。
リドルは少しだけ悔しそうに顔を歪めた。
シエンは優しく微笑むと、リドルの手をとって立ち上がらせた。
「この件はな、重大な外交問題だ。この場ですぐに決めずに、じっくり話し合おうではないか」
「……かしこまりました。陛下」
リドルは几帳面に一礼した。しかし、その瞳は明らかに苛立っていた。
――くそっ! シエン! 挙手なんてできるわけないだろ! 上手く嵌めやがったな!
俺は歯ぎしりした。
ファイアは目を細めたが、その瞳からは何を考えているか読み取れなかった。
◇◇◇
その後、王城では俺とファイアの帰還と契約成立を祝う宴が開かれた。
宴の最中はもちろん微笑んでいた。しかし、先ほどの屈辱的な出来事が忘れられない俺は、内心では苛立っていた。
――最悪だ! 結婚に関しては、王女の立場じゃあ、まじで何もできん!
リドルやファイアが反論してくれなければ、俺の反対など、王女の感情的なわがままだと一蹴されて終わりだ。
――俺は男なのに……。男の力を借りないと何もできない立場になるなんて……!
俺はごちそうを頬張りながら、必死で怒りを押し殺していた。
この日のメイン料理、牛肉のステーキは、やけに生臭い味がした。
◇◇◇
宴が終わると、俺とリドルとファイアは王女宮の応接室に集まり、報告会と作戦会議を始めた。
俺たちの話を聞き終わると、リドルは眉をひそめた。
「辺境伯の私財の使い方に口を出せないのは当然ですが……。女王ともなれば、求婚を取り下げるように辺境伯を説得することは可能です。
恐らく、女王は辺境伯を説得する気がありませんね」
――なんだと!?
「私の予想ですが、女王はシエン王女と赤の王族の男を結婚させて、シエン王女を自分の姻戚にしたいのでしょう。
そうすれば、ドラゴンごとシエン王女を赤の国に取り込めますから」
「ハッ。王女様よりドラゴンの俺が欲しいってか?」
ファイアが馬鹿にしたように笑うと、リドルは慎重な声で言った。
「赤の女王は優秀な政治家です。シエン王女が赤の王族になれば、赤の女王とシエン王女は当然、親密な関係になります。
ドラゴンはシエン王女の言う事しか聞かないとはいえ、シエン王女が命じれば、絶対ではなくても命令に従うのでしょう?」
「そうだ」
「なら、赤の女王がシエン王女と辺境伯の婚姻を望むのも分かります。
夫や女王の頼みとあれば、シエン王女は断りずらい。
結果的に、婚姻すれば、辺境伯も女王もシエン王女を通じて、ドラゴンに影響力を持てます」
俺はため息を吐くと、口を開いた。
「で? リドルはこの状況に打開策を持っているのか?」
「はい。あります」




