ep.19 王女とドラゴンの本性
◇◇◇
相談すると、赤の女王は困った顔をした。
「すまないが、説得は難しいな」
「なんでですか!」
「どうして!?」
俺とファイアが食い下がると、女王は少しだけ申し訳なさそうな顔をした。
「ソルティア辺境伯が献上すると言っている駿馬と黄金は、ソルティア家の財産だ。
ソルティアは駿馬の名産地だが、その駿馬はレッド王家の私財ではない。黄金もだ。女王といえど、他家の財産の使い方にまで口出しはできないよ」
――なんだって!?
「辺境伯の財産は、私の持ち物ではないんだ。シエン王女と火竜が縁談に乗り気ではないというのは、私から連絡石で紫の国王に伝えておこう。すまないな」
――くそ! これ以上頼んでも無駄か……!
「分かりました。ご配慮痛み入ります」
内心の苛立ちを押し殺し、俺は礼儀正しく頭を下げた。すると、ファイアが口を開いた。
「このことについて、宰相と話し合いたい。まだ特別司令官の詳細は決まっていないが、一旦帰国させてもらいます」
「分かった。レッド王家の馬車を用意しよう。シエン王女が赤の王家の紋章入りの馬車で帰国してくれれば、友好の証になるからな」
女王が笑顔で言うと、ファイアは几帳面に頭を下げた。
「すみません。俺とシエンは空を飛んで帰国します。空路なら、三日で紫の国に着きますから。紫の国王にもそうお伝えください」
女王は快く了承した。俺とファイアは一時帰国することになった。
◇◇◇
「コランお兄さま! お前の体は頂いたわ!」
目の前には、そう言って笑う俺がいた。
いや、違う。俺の姿をしたシエンだ。
シエンは俺の姿で、デド公爵と牡丹の妃と幸せそうに笑い合っている。
――俺から奪っておいて、なんで笑ってるんだよ!
「シエン! 俺の体を返せ!」
俺はシエンに掴みかかった。
だが、幽霊になってしまったかのように、俺の手はシエンの体をすり抜けた。
「くそ! シエン! なんでこんなことをしたんだよ!」
急に、視界からデド公爵と牡丹の妃の姿が消えた。
目の前には、少女姿のシエンがいた。
シエンはすすり泣いていた。
「お兄さま……。なんで、お兄さまばっかり大事にされるの? 私も国王になりたい。
龍の舞や剣舞もしたい。なのに、なんで私には結婚しか許されてないの! ねぇ! 教えてよ!」
叫ぶと、シエンは腰にさしていた短剣を抜いた。
そして、俺を睨んだ。
「私の苦しみを、女として生まれた苦しさを思い知りなさい!」
シエンは俺に突進すると、俺のみぞおちに短剣を突き刺した。
鋭い痛みに、俺はうずくまった。
「シエン……! 俺から奪って、ただで済むと思うなよ!」
俺はファイアに言った。
「体を奪われたことは許せない。でも、シエンとちゃんと話し合いたい。俺にとっては愛する妹だから。シエンの悩みをなんとかしてあげたい。妹との仲直りに協力して欲しい」
そう……俺は言った。だが……それは嘘だ。
「ふざけんなシエン! 俺から体を奪い、地位を奪い、朝顔を奪った! 女だから王になれない?
男の俺より冷遇されて苦しかった? それが、俺から体を奪っていい理由になんのかよ! ああ!?」
俺はシエンを睨んだ。そして、みぞおちを押さえながらシエンの頬をぶって張り倒した。
シエンは頬を押さえて倒れた。憎しみに満ちた目が、俺を見上げた。
「思い知らせてやるよ! 俺こそが国王に相応しい! お前は国王なんかじゃない! 王女なんだよ! それは俺の体だ! 王は俺だ!」
夢の中だからだろうか。いつもの人当たりの良い仮面を、俺は脱ぎ捨てていた。
「絶対にお前を許さない! 仲直りなんかしない! 元の体に戻ったら、お前を処刑してやる! デド公爵家も道連れだ!」
そうだ。俺はずっと怒っていた。怒りを押し隠していた。
だが、もう隠せない。
ファイアは俺に言った。
「ちゃんと妹も貧民も救えよ。できなかったら、契約は破棄だ」
――契約破棄? 上等だよ!
貧民は救う。俺は王族だから、民を救うのが使命だ。
だが、シエンは救わない。
――元の体に戻れれば、俺は国王だ。火竜に契約を破棄されようが、俺は紫の国のトップだ。
火竜との関係が切れるのは痛い。だがな、玉座の方が魅力的だ。
体を取り戻し、玉座を取り戻し、シエンに鉄槌を下す。
呪術解除の方法を模索しながら、国王を超える力を手に入れる。シエンに俺の実力を見せつけた上で、処刑してやる!
「俺から玉座を奪って、国王になったつもりか? 性別なんて関係ない。どっちが高みに昇るべきか、思い知らせてやるよ!」
――ファイアとは、それまでの関係だ。シエンは思い知らせた後、潰す。
俺は叫んだ。そこで、目が覚めた。
◇◇◇
目を覚ますと、ベッドの上だった。
帰国の旅路の途中で、俺とファイアは身分を隠して宿屋に泊まったのだ。
俺が身を起こすと、暗闇の中から、冷たい声が聞こえた。
「人間、やっぱり嘘をついていたのか」
冷え切った声に、俺の全身が冷たくなった。
直後、ベッド脇の机の上に、ランプの灯りが灯った。
ランプの灯りが、寝台の側に立つファイアを照らした。
「俺は夢見の術でな、人間に夢をみせることができる。その夢をのぞいて、本音を聞くことも可能さ。夢見の術の中では、人間は嘘をつけない」
俺は絶句した。ファイアは淡々と続けた。
「お前は普段から、人当たりが良くて礼儀正しくて、優しい人格を演じているようだな。だが、ドラゴンは嘘を見抜くのが得意だ。お前の目には憎しみがあった」
俺は頭を抑えると、乾いた笑い声を上げた。
「……ハハハッ。バレてたのか。妹を処刑したいって? 仲直りする気なんてないって?」
「そうだ。俺はな、"お前の人格が気に入ったから契約した''なんて一言も言ってない」
「……なんだって?」
「無双王女の相棒が面白そうだから、契約すると言った。妹と貧民が救えなかったら、契約は破棄だとも伝えたな?」
「ああ……」
俺が毛布を握りしめると、ファイアは笑みを浮かべた。
「俺たちドラゴンはな、感情を食べるんだよ」
「感情を食べる?」
――急に、なんの話だ?
「俺の好物は絶望。青の王フェルと建国したときは最高だった。建国には、多くの犠牲と血みどろの内部争いがあった。
フェルは血塗られた玉座に座った。その過程で俺は、極上の絶望を大量に味わった」
ファイアは恍惚とした笑みを浮かべた。
「お前の話を聞いて思った。シエン王女の絶望は深そうだと。体を奪うくらい、辛かったんだろう?
だがな、体を奪った後に、兄が女の体で無双したらどうだろう? 彼女は悔しがるんじゃないか? その上で処刑されれば……最高の絶望が食えそうだ」
「なんだと……」
「俺はね。冷酷なくせに、善人のふりをする実力のある奴が好きなんだ。フェルはそういう男だった!
それに、お前の龍の舞は最高だった! まるで、フェルが舞っているみたいだった! 俺の目の前に、またフェルが来てくれたって思ったよ!」
ファイアはうっとりと笑った。俺は背筋が寒くなった。
「まさか……俺が初代青の王フェルに似てたから、契約してくれたのか?」
「ああ! そうだよ! お前の善人っぷりをじっくり観察したかった! だから、今日まで知らぬふりをしてきた! お前の本性をな!」
俺はふっと笑った。もう、遠慮する必要も、優しいふりをする必要もないだろう。
「そうかよ。悪趣味だな。じゃあ、なんで妹を救えなんて言ったんだよ」
「だって、救うって頷けば、コランは善人のふりをしてるのが確定する。
それに、救えって言われたときのお前の憎しみに満ちた目は面白かった。絶対救わねぇって、お前の目は言ってた。アハハハッ」
――最低。俺はこいつの手のひらの上かよ。
「でもな、約束は約束だ。お前が妹を見捨てたら、お前とは契約破棄だ。契約破棄上等なんだろ?」
「ああ。それまで、仲良くしようぜ。絶望を味わわせてやるから。それまで契約破棄すんなよ」
俺がにやりと笑うと、ファイアは楽しそうに笑った。
「ハハッ。お前の黒い笑みはフェルそっくりだ。フェルが俺の元に帰ってきた! 知ってるか? フェルもコランと同じで金色の瞳をしてたんだよ」
「知ってるよ。肖像画で見た。外見がお前の思い出の人間と似ててラッキーだな」
――俺は最高の相棒を手に入れたかもしれない。
「王女の身で国王を超える。それで、シエンに思い知らせてやる。王冠を手に入れるだけじゃ不十分だってな。
その上で、シエンとシエンの協力者は処刑だ。俺は王に返り咲く」
「いいねぇ。具体的な策を一緒に考えようぜ!」
俺とファイアは笑い合った。
それは、黒くて暗い笑みだった。




