ep.18 王女への強引な求婚
「……お気遣い痛み入りますが、私はリドルとだけ結婚したいのです。結婚話は撤回していただけますか?」
「それが、もう特使も派遣したんだ。紫の国王には、私からの正式な願いだと連絡をいれてしまった。
今朝申し込みをして、今日中に取り消すのは少々気まずいな」
――つまり、取り消す気はないんかい!
俺の笑みが引きつると、ファイアが厳しい顔で口を開いた。
「それは困ります。俺もシエンを愛しているので。辺境伯は強い男ですが、俺は嫉妬深いので、他の男は認められません。俺が認めたのはリドル=ユゴー宰相だけです」
――おいちょっと待て! ファイアは何を言ってるんだ! いや、違う!
俺ははっとした。ファイアはソルティア辺境伯との婚姻から俺を守ろうと嘘をでっちあげているのだ。
「なんと! 火竜とシエン王女はそういう関係だったのか!?」
――なんか、物凄い誤解が生まれてる……!?
「辺境伯との婚姻は、女王陛下から取り下げてください。でなきゃ、辺境伯を嫉妬の炎で灰にしてしまうかもしれません」
ファイアは怖い笑みを浮かべた。
女王は少しぎこちなく微笑んだ。
「分かった。私から、火竜が反対しているから婚姻を取りやめたいと紫の国王に伝えよう」
俺はほっと胸を撫で下ろした。そして、目線でファイアに全力の感謝を送った。
――ファイア! まじでありがとう!
ファイアは俺に微笑むと、女王に頭を下げた。
「ありがとうございます」
「いやいや。私が先走りすぎたな。だがな、ソルティア辺境伯はシエン王女に想いを寄せているらしい」
「……はあ?」
俺は変な声を出してしまった。ファイアは視線を鋭くした。
「せめてな、ソルティア辺境伯と茶だけでも一緒に飲んでやってくれないか? もちろん、火竜も同席してくれて構わないよ」
――これは断りずらいな……。
「分かりました。お茶だけなら」
俺が微笑むと、女王は嬉しそうに笑った。
ファイアだけが、片眉を跳ね上げた。しかし、何も言わなかった。
◇◇◇
――時は少し遡り、紫の国王の執務室に移る――。
「コラン! 聞いたか!? シエンがドラゴン使いになって、モンスターを撃退したって!? 赤の国でシエン王女は英雄だ!」
「ああ。聞いたよ……。シエン……いや、コランめ。やってくれたな!」
デド公爵が血相を変えて執務室に駆けこんできた。
私――シエンは執務机を荒々しく叩いた。
――カラブルの温泉街に行ったのは、ドラゴンと契約するのが目的だったのか……! 勝手なことを!
「せっかく体を乗っ取ったのに……してやられた気分だ!」
私が歯ぎしりすると、デド公爵は安心させるように微笑んだ。
「大丈夫だよ。あいつはドラゴン使いになったとはいえ、紫の国王はコラン……いや、シエンだ。この国の頂点に君臨しているのは君なんだ。
コランは今、王女なんだから、ドラゴン使いといえど国王の命令を聞くしかない立場さ」
「だがな、赤の国でも紫の国でも、ドラゴン使いシエン王女の人気は急上昇だ。そもそもドラゴン使いを無下にはできん!
ああ! お兄さまに身の程を思い知らせてやろうと思ってたのに!」
「落ちついて。ひとまず今後のことを考えよう。ドラゴンは軍事力だからね。あいつがドラゴン使いになってくれたおかげで、紫の国の軍事力はアップさ」
「それもそうだ。王女が戦力なんて異常事態だけどな」
「ああ。それに、あいつが目障りになったら、俺が呪術で消してあげるよ。すぐにあの世行きさ」
「……ひとまず殺す予定はないよ。まずは私の味わってきた苦しみを思い知らせてやるんだからな!」
私がそう言ったときだ。
「国王陛下。牡丹の妃付きの女官がやって参りました。お通ししますか?」
側仕えが慌ただしく報告に来た。
牡丹の妃はデド公爵の妹だ。入れ替わりの日以来、失寵してしまった朝顔の妃とは対照的に、現在は紫の国王の寵姫である。
私は側仕えに微笑んだ。
「そんなに慌てて。用件はなんだ?」
「実は、牡丹の妃が懐妊されました! 大医が確認したところ、ひと月前に妊娠されていたそうです!」
――なんだって!?
私とデド公爵は笑顔で顔を見合わせた。
「陛下! おめでとうございます! 初めてのお世継ぎの誕生です!」
「ありがとう! デド公爵家にとってもめでたいことだな!」
――体は違うが、私の子どもだ! それに、これでデド公爵家と王家の結びつきを強められる!
「すぐに牡丹の妃に会いに行く! 祝の品を用意しろ!」
◇◇◇
時は巻き戻り、コランとファイアの視点に戻る。
4月23日の夕方――赤の城の庭園の東屋にて。
「シエン王女様と一緒にお茶ができるなんて、光栄です」
「そんなにかしこまらないでください。ソルティア辺境伯とお茶ができるなんて、私とファイアにとっても名誉なことですわ」
俺とファイアとソルティア辺境伯は、ティータイムを楽しんでいた。
いや、俺は楽しんでいるふりをしているだけだ。
万が一にも、こいつと結婚するようなことがあってはいけない。
笑顔を保つのは最低限の礼儀だ。
「シエン王女様は本当にお美しいですね……。特に、紫紺色の髪が素敵です」
「……ありがとうございます」
男が俺を好きで外見を褒めている。なんだかぞわぞわする。最高に笑えない。
お茶を飲みながら当たり障りのない世間話に花を咲かせていると、急にソルティア辺境伯が真剣な顔で切り出してきた。
「実は、俺はシエン王女様が好きなんです。戦場での凛々しいお姿に惚れました!」
――いや! 俺は男だから!
だが言えるはずもない。最高に気まずい。
「縁談の件、前向きに考えていただけないでしょうか?」
俺は必死で微笑みを作った。ファイアは黙って俺たちを見つめているが、その視線は鋭い。
「……すみません。私はリドル宰相が好きなんです。彼以外との結婚は無理です」
「リドル宰相は魅力的ですが……。俺にも辺境伯という爵位と社会的地位があります。
モンスターとの国境地帯の広大な領地を所有していますし、女王からも信頼されています。結婚後は素晴らしい待遇をお約束します。不自由させません」
「いえ……感情的にちょっと……」
「でしたら、せめてお試しで付き合って頂けませんか? 特別司令官の役職の詳細が決まるまでは、赤の城に滞在するのでしょう? その間だけでも、俺と交流してください」
――いや、それもちょっと……。
「毎日短時間お話するだけで、構いません!」
――うわ……。微妙に断りづらい。
なんて返答するか詰まったときだ。ファイアが口を開いた。
「おい。シエンがお前に気がないのが分からないのか? シエンは俺の女だ。戦場以外では引っ込んでな」
ソルティア辺境伯はすっとファイアを睨んだ。
「俺はシエン王女様と話してるんだ」
「は? 俺はシエンの恋人だ。俺抜きで話すなよ!」
ソルティア辺境伯とファイアの間に火花が散った。
――まじで何なの! この状況!
男と男が俺を取り合っている。
ソルティア辺境伯は俺を女だと思っている。
ファイアは全力で演技をしている。
――もう、ファイアと演技で恋人のふりして乗り切るしかない! てか、辺境伯も諦めろよな!
「お前さ、シエンは18歳なんだぞ? お前は38歳のおっさんだろ? ロリコンか? 引けよ!」
「ドラゴンの君こそ高齢だろ? リドル宰相なんて、40歳だぞ?」
「は? 宰相は20代に見まがう美形だ。お前は不細工だ。俺はイケメンしか認めない!」
――いや、ちょっと待て! その言い方は流石にまずくないか? ……だがもう、乗るしかないな!
「ソルティア辺境伯! 私は面食いなんです! 申し訳ないけど、あなたはタイプじゃありません!」
――うん! もう、はっきり断ろう!
ソルティア辺境伯はショックを受けた顔をした。だが、急に表情を引き締めた。
「ならせめて、あなたのお兄さまに求婚させてください!」
「……は?」
「シエン王女様と結婚させてくださるなら、駿馬500頭と黄金を紫王家に献上しますと紫の国王に頼みます。それでも断られたら諦めます!」
「何を言ってるんですか! お兄さまが頷いたら、私はあなたと結婚しなくてはいけないんですよ!」
「はい。そうです。俺はあなたを諦められないんです!」
――何こいつ! 諦める気ゼロ!?
「おい! シエンの気持ちや宰相の気持ちも考えろ! お前は俺に焼かれたいのか!?」
ファイアが怒鳴ると、ソルティア辺境伯は冷たい目でファイアを見た。
「辺境伯の俺を焼き殺したりしたら、外交問題です。シエン王女様の立場が悪くなりますよ?」
「てめぇ……! いや、もういい。お前と口論しても埒が明かない。女王に抗議する。いくぞ、シエン……!」
――同感だな。
ファイアは俺の腕を掴むと、俺を立たせた。
俺たちは振り返らずにその場を去った。




