ep.17 王女は食料と役職を売り込み、女王は結婚で王女をがんじがらめにする
◇◇◇
翌日、4月23日。赤の城の会議室――。
「それで、モンスターが再び攻めてきた場合の話とはなんだ? 私と火竜とシエン王女だけで話したいような内容なのか?」
女王に聞かれ、俺は頷いた。
「はい。単刀直入に言います。私を赤の国の特別司令官に任命してください」
「特別司令官!? なんだその役職は!?」
女王が目を見開くと、ファイアが続けた。
「赤の国の王城騎士団に、そういう役職を新設するんです。
特別司令官の権限は、いつでも国境を越えられること。
非常時の際の魔法連絡石による辺境伯騎士団・王城騎士団との連携。
単独・独断での火炎の使用です」
「ほう……」
女王は興味深そうに目を細めた。
俺は真剣な顔で口を開いた。
「紫の国では、王女は連絡石を使って通信ができません。これでは非常時の際、情報伝達に遅れが生じます。
また、非常時ではなくとも、連絡石の私的利用を許可して頂きたいのです」
連絡石とは、声で通信できる魔石のことだ。
魔石同士は、特殊な魔法を使うことで交信できるようになる。
連絡石を持てるのは、国王、親王、高位官僚のみだ。
「分かった。いいだろう。連絡石は1つでいいか?」
「ファイアにも持たせたいので、2つ頂けますか?」
「ああ。では、2つ用意しよう」
――よっしゃあ! これで高速連絡手段ゲットだぜ!
普段、遠方で連絡を取り合う際は高速連絡鳩を使う。だが、連絡石なら情報伝達は一瞬だ。
「ありがとうございます!」
「こちらとしてもありがたい。またモンスターが来たら、連絡石でシエン王女に連絡すればすぐに飛んできてくれるのか?」
「もちろんでございます!」
「そうか。たが、特別司令官という役職がわざわざ欲しいのはなぜだ?」
「高位官僚であれば、連絡石の所持が許可されます。ですから、高位官僚になりたいのです。そのための役職が特別司令官です」
「なるほどな」
「しかし……それはある意味建前でもあります」
「……は?」
女王が驚くと、俺は微笑んだ。ファイアはふっと笑った。
「実は私、女性権力者の女性陛下に憧れています。紫の国では女性は活躍できませんが、私は活躍して影響力を持ちたいのです。だから、特別な役職が欲しいのです!」
「何だと……!?」
「赤の国では女性が活躍できます。だから、赤の国でまずは力を発揮したいのです!」
女王は少しの間言葉を失っていたが、急に可笑しそうに笑い出した。
「ハハハッ。女の身で男性権力社会に挑戦するつもりか?」
「一度に全てを変えるのは難しいでしょう。しかし、少しでも改革の風穴をあけたいと思っています。そのための先駆者が私です」
「面白い。シエン王女に赤の国の特別司令官の役職を与えよう。赤の官僚や騎士団たちは説得してあげよう。
外国人が高官になるなんて異例だがな、ドラゴン付き王女となれば話は別だ」
「ありがとうございます!」
女王に頭を下げると、俺とファイアは笑顔で頷き合った。
「特別司令官についての詳細は、赤の官僚と騎士たちと話合った後に、再度詳しく話そうではないか。それで、シエン王女の話は以上か?」
「いいえ」
「ほお……まだあるのか?」
「はい。そろそろ来るはずなのですが……」
「来る? 何が?」
女王が怪訝な顔をすると、コンコンと扉をノックする音がして、扉の向こうから声が聞こえた。
「女王陛下、シエン王女様、火竜様、頼まれたものをお持ちしました」
「は? 頼まれたものだと? 入りなさい」
女王が命じると、給仕が銀のトレーを持って入室してきた。
トレーの上には湯気を立てる深皿と、スプーンが2本、取皿が1枚乗っている。
給仕は机の上にトレーを置くと、一礼して退出した。
「これは……真っ赤な米? これは粥か? 赤い米なんて見たことないが?」
俺はにっこりと笑った。
「私が毒見いたしますので、その後で召し上がってください」
「は? 王女に毒見なんてさせられるわけがない」
「なら、ドラゴンの俺が毒見しましょう。ドラゴンは毒の影響を受けづらいので。毒を食らっても軽症で済みます」
言うなり、ファイアはスプーンを手に取って、取皿に粥を取り分けた。
そして、一口すくって食べてみる。
「何これ……美味……」
ファイアは目を見開いた。完全に、素の反応だった。
ファイアはあっという間に平らげると、女王に言った。
「毒は入っておりません。さあ、どうぞ」
「分かった。いただこう」
女王は好奇心に瞳をきらめかせながら、スプーンですくって粥を口に運んだ。
「ほお! 甘い粥だな! 子どもや女性が好きそうな味つけだ!」
俺は微笑んだ。
「実は、その粥は砂糖で味つけをしていません。塩を少々使っただけです」
「何!? それでこんなに甘みが強くて美味いのか!」
「はい。そうなんです。その米は、ルビー米という新種の米なんです。しかも、地下に下向きに生える米なんですよ。だから、虫害や干ばつに強いんです」
「なんだその品種は!? そんな凄い米があるなんて聞いたことがないぞ!」
俺はあえてにっこりと笑った。
「はい。実は、最近売り始めた米なんです。販売しているのは紫の国のレッドムーン商会です」
「ああ。聞いたことがある。医薬品や、紫の社交界で人気の染髪油を売っているとか……」
「はい。最近、ルビー米の種もみも売り始めたんですよ。なんてったって、ルビー米はレッドムーン商会が開発した商品ですから。それで、私は商会の代表と知り合いでして……」
「シエン王女が代表と知り合い!? そういえば、染髪油はシエン王女の紹介がないと買えないとか……。そういう繋がりがあるのか」
「ええ。ところで、辺境伯領はモンスターたちのせいで、米や農作物が踏み荒らされたと聞きました。
ですので、私が商会代表に取り合いましょう。種もみを赤の国にいくつか贈呈させてください!」
「なんだと!?」
「ルビー米は地下に生えますからね。またモンスターに襲撃されても、踏み荒らされずに済みますよ。
陛下と辺境伯さえ気に入ってくだされば、ぜひ、ルビー米を追加で購入してくださいませ」
「贈呈とはありがたい! ルビー米については、辺境伯と相談の上で購入させて頂こう!」
「ありがとうございます! ルビー米の詳細や育て方については、レッドムーン商会の商人と話し合ってくださいませ。
商会に要請を出せば、ルビー米に詳しい商人がすぐに赤の国に参ります」
「相分かった。すぐに要請を出そう」
「要請には、シエン=パープルの名も添えてくださいませ。種もみの購入の際、割引してもらえます」
「そうか……感謝するぞ。シエン王女。赤の国にここまで貢献してくれて……。そんなお前にな、良い話があるのだ」
女王はにっこりと笑った。
俺とファイアは顔を見合わせた。
「シエン王女。そなた、ソルティア辺境伯と結婚しないか?」
「……はい?」
俺は絶句した。ファイアは急に視線を鋭くすると、女王に聞いた。
「シエンは紫の国の宰相、リドル=ユゴー侯爵と婚約中だぞ? それは強引すぎないか?」
女王は俺とファイアに微笑んだ。余裕のある笑みだった。
「ソルティア辺境伯はな、祖母が王女だから私の親戚。遠縁だが、彼が赤の王族の一員なのは知っているか?」
「ええ。存じ上げております」
俺が頷くと、女王はにっこりと笑った。
「そうか。では、赤の王族の女が複数の夫を持つことが許されていることは知っているか?」
「……ええ。もちろんです」
俺がこくこくと頷くと、ファイアははっとした顔をして言った。
「赤の王族のソルティア辺境伯と結婚すれば、シエンは赤の王族になる。だから、複数の夫を持てる……。そういうことですか」
――なんだとー!
「そうだ。過去には、赤の王族に嫁入りした銀の国の王女が、3人の夫を持った前例がある。他にも、少ないがいくつか前例がある。だからな、ソルティア辺境伯と結婚しても、宰相と結婚できるぞ?」
「はあー!?」
俺は思わず、叫び声を上げた。
――いやいや! ちょっと待て! なんでソルティア辺境伯と結婚するんだよ!
そもそも、俺は男だ。体が女になったからといって、男と結婚などと勘弁願いたい。
入れ替わりの事情を知るリドルと婚約したのが例外だ。
――どうやって拒否する……? そうだ!
「すみません。私、リドル宰相のことが大好きなんです。彼以外との結婚なんて、考えられません」
――うん! そういう設定にしよう! ナイス発想だぜ!
女王は眉を八の字にした。
「そうなのか……? なら、すまないな。すでに今朝、紫の国王に、連絡石で連絡してしまったんだ」
「連絡? 何をですか?」
「シエン王女には、ぜひソルティア辺境伯と結婚して欲しい。リドル=ユゴー宰相と重婚で構わない。
結婚してくれるなら、結婚祝で赤の国から、駿馬300頭、絹20反、黄金の延べ棒30本、米50俵を贈るとな」
「はあ!?」
「まじかよ」
俺とファイアの声がぴたりと重なった。
「紫の国王は結婚に乗り気みたいだ。ほら、紫の国では、女は当主や父親が決めた結婚相手と結婚しなくてはいけないだろう?
紫の国王がソルティア辺境伯と結婚しろと命じれば、シエン王女は結婚しなくていけないなあ?
辺境伯は赤の国で公爵並みの地位にある。結婚できるとなれば、そなたが喜ぶのではないかと、余計なことをしてしまったな」
女王は困った顔をした。だが俺はすぐに理解した。
――この女王……! 俺を赤の国に取り込むために、先に周りから固めやがったな! なんて女だ!




