ep15 王女だけど、戦場で英雄になる
シエンは誕生日の宴で、どんな表情をしていただろう。なぜか、思い出せない。
「シエンの家庭教師は? 今はどこで何してんの?」
ファイアの声に、俺ははっとした。
「侍女から聞いた話だと……。半年前に辞めてる。家庭教師は元々、デド公爵に勉強を教えていたらしい。デド公爵家に帰ったって聞いたよ」
「ふーん。そうか」
俺はしばらく黙っていた。ファイアはそんな俺を、じっと見つめていた。
「あのさ、俺……。やっぱり元の体に戻りたい。体を奪われたことは許せない。でも、シエンとちゃんと話したい……。俺にとっては愛する妹だから」
「……それで?」
「でも、シエンには何回か面会を頼んだけど、忙しいって拒否された。俺と話したくないのかも。
俺もシエンに怒りはあるし……。でも、制度とかシエンの悩みとか、なんとかしてあげたい。
それに、ファイアから聞いた貧しい子どもたちのことも、なんとかしてあげたい」
「ほお?」
ファイアは興味深そうに目を細めた。
「だから……。新しい国造りに協力してくれないか? 建国じゃない。より良く国を創り変える。そのワクワクが、ファイアのメリット」
ファイアはじっと俺を見つめた。俺もファイアを見つめ返した。
「多分、元の体には戻れない。だったら、王女の身で無双してみせる。それで、権力者になって国を変える。
しかも、王女でもこんなことできるからなって、シエンに見せつけることができる! ……どうかな?」
「やっぱり妹をぎゃふんと言わせたいんかい! てかそれ、メリットなの?」
ファイアは吹き出した。
「うっ! えっと……。なんかもう妹との仲直りに協力して欲しいっていうか……。俺、何言ってんだろ」
「契約してやってもいいぜ。無双王女の相棒とか、面白そうだし」
「嘘! まじで!? いいの!?」
ファイアは急に真面目な表情になった。
「ああ。ただし、ちゃんと妹も貧民も救えよ。できなかったら、契約は破棄だ」
「お願いします! 契約してください!」
俺は頭を下げた。ファイアは頷いた。
「俺の本名は、ファイア=ファル=ウッカ。分かったか?」
「……え?」
俺が顔を上げると、ファイアは冷たく笑った。
「本名教えたから、今ので契約終了。俺のフルネームは誰にも言うなよ。ひとまず、作戦会議だ。赤の国に攻めてきたモンスターをぶっ飛ばすんだろ?」
「お……おう!」
――やった! 夢みたいだ! 契約成立なんて!
「それが終わったらな、ひとまず旅館に帰れ。侍女が泣いて帰りを待ってるぞ。
旅館で一晩寝て休んだらな、荷物をまとめてもう一度このドラゴン窟に来い。赤の国に出発だ!」
◇◇◇
「辺境伯様! モンスターの群れがさらに続々と押し寄せてきました! もう、騎士たちの魔力も限界です! 倒しても倒してもきりがありません!」
――もはや、ここまでか……!
4月5日にモンスターの大群が攻めてきた。
先鋒部隊だけで3万。あとの数は不明。
紫の国から応援が来てくれる予定だが、紫の王城騎士団がこの赤の国の辺境に着くのは、5月5日頃になるだろう。
彼らは宿駅で馬を交換しながら赤の国の辺境まで来るのだから。
今は4月17日の夕方。5日まで、持ちそうにない。
赤の国の王城騎士団と辺境伯騎士団で力を合わせたが、次々と押し寄せるモンスターたちに、俺たち騎士の体力と魔力は限界を迎えていた。
「辺境伯様! 大変です! 毒巨大ヤモリモンスターの軍勢が攻めてきました! 毒息によって、騎士たちが次々と倒れています!」
部下が作戦テントに駆けこんできた。
「ひとまず、退却だ!」
俺たちがテントの外に出ると、近くから騎士たちの悲鳴が聞こえてきた。
はっとしてそちらを見ると、巨大な毒ヤモリがいた。
彼らは真っ黒な体をしていて、紫色の息を吐いている。
その内の一体と、目が合った。
獲物を見つけた目つきだった。
――ああ! もうおしまいだ!
死を覚悟した瞬間だった。
「焼き払え!」
空から、女の子の愛らしい声が響き渡った。
俺はぎょっとして、こんな状況なのに空を振り仰いだ。
「嘘だろ……」
なんと、頭上10メートルほどの地点に、真紅の鱗を持つドラゴンが飛んでいた。
その体は夕焼けのオレンジ色の光に染まり、あまりにも幻想的だ。
――ちょっと待て!? 背中に少女!?
俺はさらにぎょっとした。ドラゴンの背中の上には、紫紺色の髪を風になびかせる美少女がいたからだ。
立ち尽くしていると、ドラゴンは口を大きく開き、火を吹いた。
「……!?」
炎は地面に一気に広がると燃え上がり、ヤモリを焼き、テントを焼き、俺たちの体を焼いた。
モンスターも俺たちも悲鳴を上げた。
だが、しばらくして気づいた。
体が、焼けていないのだ。熱くもない。テントも焼けていない。
だが、ヤモリたちは絶叫を上げながら体が焼かれている。
彼らの体はまたたく間に黒く焦げていく。
やがて、ヤモリたちは声を出さなくなった。後には、灰と煤が残っていた。
ヤモリたちを焼き尽くすと、炎は役目を終えたかのように消えた。
俺たち騎士は、その場に呆然と立ち尽くしていた。
先ほどまで炎の中にいたのが信じられなかった。
その間に、ドラゴンと少女は前線に向かって飛んで行った。
ドラゴンは口から火を噴き、モンスターたちを焼き払う。モンスターたちは次々焼かれていくが、騎士たちが炎で焼けることは決してない。
やがて、モンスターたちが退却を始めた。
その様を、俺たちは丘の上の作戦本部から黙って見ていた。
誰も、言葉を発しなかった。
モンスターたちの姿が遠ざかり、小さくなってしまうと、周囲から歓声が上がった。
「ドラゴンだ!」
「救世主だ!」
「モンスターたちが退却したぞ! もう大丈夫だ!」
歓喜の中で、騎士たちが抱き合っていた。
すると、ドラゴンと少女はこちらに飛びながら近づいてきた。
しかも、ドラゴンは俺の目の前に降り立ったのだ。
俺たちはその場に即座に跪いた。
すると、ドラゴンが身を低くかがめた。そして、少女がひらりとその背中から降り立った。
――彼女は、聖女か!?
だが、俺はなんだか違和感を覚えた。
少女の顔に見覚えがあったからだ。
まじまじと少女の顔を見つめていると、少女は口を開いた。
「皆、襲撃の中で大変だったな! もう大丈夫だ! 私の火のドラゴン、ファイアがお前たちを守ってくれるからな!」
「……あなたは、何者ですか?」
俺が恐る恐る聞くと、少女は誇らしそうに笑った。
「私の名前はシエン=パープル! 紫の国の王女だ!」
騎士たちが一斉にどよめいた。




